第29話『ずっと一緒に、ずっと傍に』


 自分たちの部屋へ戻ったのは早朝だった。

 侵入がばれないようにさりげなく戻ろうとするも――。


 パッと部屋に明かりが点く。


「昨晩はお楽しみだったようで?」

「ずいぶん遅いお帰りだねぇ?」

「ちくしょう」


 親友二人がニヤニヤした顔で待っていた。


「ひどいなぁ~ウサちゃんは」

「ボクたちせっかく待ってたのに」

「大人しく寝てろよ」

「いやいやせっかくウサちゃんが大人になったんだからさ」

「その喜びをオレたちに教えて欲しいとおもってなぁ」

「そのニヤニヤ笑いを止めやがれ……」


 なおも『どうだったんだウサちゃん?』『ちゃんとイケた? 早すぎなかった?』と揶揄われ続ける。

 ウサちゃん言うな、死ね。


「実際の所いつまでヤッてたんだよ」

「言わなきゃダメか?」

「待ってたボクらには聞く権利がある」


 寝ていてよかったのに。そう思わずにはいられなかった。


「……3回から先は覚えてない」

「3回から?」

「最初はベッドでシて……終わった後ベッドで喋ってたらまたそのムラッてきてシて、一旦二人で風呂に入ったんだけどそこでまたスイッチが入っちまって……、あとは戻ってからもまた……」


 二人の顔が段々とニヤつきから訝しむような表情へと変化していく。

 

「もしかしてよぉ」

「さっきまでヤッてたの?」

「……はい」


 二人は開いた口が塞がらないといった顔へと変わる。

 

「絶倫かよ」

「炎珠さんよく持ったね」

「最後の方は朱奈が離してくれなかったんだ……」

『さすがエロゲヒロイン』


 二人はもはやドン引きである。

 けどあの時の朱奈は本当に可愛かった。


『……エッチな子はウサくん嫌い?』

『超が付く程大好きだ』

『よかったぁ、あのねウサくんのこと考えてるとずっとそのここがキュンキュンしちゃって……今もほら濡れちゃって……』


 という感じで何回も致したというわけだ。

 とにかく朱奈は滅茶苦茶可愛かった。


「ん~、朝ぁ?」


 モゾッと俺のベッドから誰かが起き上がる。

 それはアオだった。


「あぁごめん起こしちまったか」

「……ウサぁ」

「悪いな、もうちょっと寝てて大丈夫だぞ」

「……くんくん、エッチした後のにおいがする」


 なんだそりゃっ!?

 おかしいな、ちゃんとシャワー浴びたんだが。

 

「童貞卒業おめでとう、でも悔しい」

「その……なんていうかさ」


 照れ臭さもあるが、それ以上に――。

 彼女への申し訳なさで目を合わせることが出来なかった。


「大丈夫」


 彼女に頬を手で挟まれる。

 その表情はとても優しく全てを許すような安堵感を与えてくれる。


 そして彼女は優しく囁きかける。


「ウサがわたしを愛してくれているのは、わかってる。そしてこれからもずっと……違う?」

「……もちろんだ、アオのことを俺は本気で想っているよ」

「なら、いい。これからもきっと機会はある。貴方の初めてはもらえなかったけど、わたしが初めて愛を込めてする……本気で身も心も貴方を愛するセックス――覚悟して?」


 胸元で見上げるアオの妖絶な表情に思わずゴクリッと喉を鳴らす。

 

「それとも――今からする?」


 二つ返事で乗ってしまいそうになるが……さすがに早朝であり、あれだけ朱奈と致したことの疲労感が俺を踏み止まらせた。

 

「いやちょっとさすがに今は――って、んむっ!?」


 有無を言わさない、といった速さで口を塞がれる。

 ちょ、ちょっとアオの手が俺のアレを撫でてくるっ!?


 あの、今はマジで止めよっ!?

 俺こんな流れでアオとのセックスは望んでない――!?


 その間にもアオは何度も求めるように、でぃーぷなきっすを繰り返す。

 

「……ボクら席外した方がいい?」

「散歩でも行くか……」

「頼むからここに居てくれぇ!」


 決死な叫びの甲斐あってか二人は留まってくれた。

 但しアオはその後も引っ付いたまま離れず、共に朝食を迎えるまで短い時間ながら眠りについたのだった。





 

 あれから少し眠り朝食の時間となった。

 ホテルの大会場に全生徒が集まりバイキング形式で各々食べたい物を選んでいく。


 そこで――。


『あっ……』


 偶然朱奈と出くわした。


「……おはよう」

「……うん、おはよ」


 互いに気恥ずかしくなり弱弱しく挨拶を交わす。つい数時間前まであんなにも愛し合っていたというわけだが、時間が経つとこうして余所余所しくなってしまう。


「身体……大丈夫か?」

「うん……ちょっと歩き辛いって感じかな。まだ、その……ウサくんのが入ってるみたいで」


 カァッと朱奈の顔が赤く火照る。おそらく俺も同じような顔になっているだろう。


「あれから……大丈夫だったか?」

「……美桜たち起きていて、たくさんいじられちゃった」

「俺と同じだな」

「ふふっ、お互いに良い友達だよね」


 彼、彼女らの作戦がなければ俺と朱奈がこうして結ばれることもなかった。

 作戦の事を部屋に戻った際にソーマから話されたのだ。

 その中にはアオも含まれている。

 

 本当に俺たちは周りの人間に恵まれている。


「今日さ、少しだけ一緒に回りたいな」

「もちろん、けどさ……」

「うん、白だよね……」


 二日目の今日は1日テーマパークで遊ぶ予定だ。

 この後はソーマたち四人で回る約束もしている。


 朱奈たちの所には当然今日も無地来が入り込んでくることだろう。


「陽葵たちが任せてって言ってたんだ。また白を出し抜くために何か考えてるみたい」

「そっか……頭上がんないな。今度は高級な化粧品でも送ろう」

「美桜が今ネットで話題になってるやつがいいって言ってたよ」

「へぇ~どれどれ……ってこれ数万もするじゃんっ! いや、安いもんか……」


 こうして朱奈と結ばれる縁をつくってくれたんだ。

 出費は痛いけどこれくらいの御礼は必要だろう。


 互いに席は離れているので食事を取った後は別々の席に戻る。

 去り際に――。


「ちゅっ」


 頬へとキスをされる。


「大好きだよ、また後でねっ」


 と笑顔で朱奈は去って行った。


「朱奈めっちゃ可愛いかったな……」

「じー……」

「あの、碧依さん。そんなに見つめないでくれると……」

「大丈夫、浮気は男の甲斐性性だから、ちゅっ」


 朱奈とは反対側の頬へ口付けをしてアオも食事を取りに行った。


 懐が深すぎる……。

 あんなに求めてくれていたのに、最初の相手を別の女の子にしてしまった最低な男なのに。


 彼女は責めることなくいつものように愛を与えてくれる。

 

 ――この先も一生アオに勝てる気がしない。

 そんな予感がひしひしと感じていたのだった。

 

 ――

 

「よっしゃあジェットコースター行くぞ!」


 朝食を終え、バスで俺たちが移動したのは有名なテーマパーク。

 数多くのジェットコースターがありよくテレビで特集されている。

 ウチの生徒の大半もジェットコースターへ乗ることだろう。


「アオは絶叫系いけるか?」

「乗ったことないけど大丈夫だと思う」

「いいね、アオならきっと大丈夫だよ」


 三人はこれからのことでワクワクしているが。

 一方で……。

 

「俺は怖くて乗りたくないんだが」


 死ぬほどテンションの低い男が1匹。

 はい、俺の事です。絶叫系はダメなんです。


 しかしそんな俺を気にした素振りもなく。

 

「ダメだ連行する」

「諦めるんだよ」

「鬼かよ」


 非情な宣告をされる。

 どうあっても絶叫系に連行らしい。はぁー嫌だいやだ。


 テーマパーク運営さんよぉ、人類全員が絶叫系得意だと思うなよ?

 俺は怖い。



 




「もうダメ、無理」

「かーっ、根性ねぇなウサちゃんは」

「ウサちゃん、アオの前でくらい格好つけなよ」

「ウサちゃん、大丈夫? お水飲んで」


 いつものようにウサちゃん呼びをされるが反抗する気力は一切起きなかった。

 それよりも連続で乗り続けるジェットコースターの恐怖が残っていて動けなくなった。


 てかアオにもウサちゃん弄りされた……。


「まだ5個乗っただけだぜ?」

「そもそも絶叫系5連発がおかしいんじゃ!」

「えー、テーマパークの醍醐味といえばこれでしょ?」


 もうちょっと別のを挟んだりとかないのかよ。

 俺の心境を見少し親友二人は呆れた様子で。

 

「時間は限られてるしなぁ?」

「そうだよね~」


 まったく同意を得られなかった。


 クソっ、親友の癖にこういう所は全く方向性が合わない。

 二人はそんな俺に見切りをつけ。


「じゃあオレたちだけで別のジェットコースターいくか」

「いいね、全制覇しよう」

「……いってら~」


 彼らに別れを告げベンチの背もたれに寄り掛かる。


「ウサ、膝枕しよっか?」

「あれ、アオは付いて行かなかったの?」

「うん、ウサの元にいる」


 どうやら俺の元に残っていたようだ。

 さすがに俺のせいで彼女の時間が失われるのは抵抗がある。


「俺に気にせず行ってきなよ、こういう所初めてなんだろ」

「やだ、ウサと一緒がいい」

「でも俺こんなんだし」

「わたしにとってはウサと居ることにこの旅行の意味がある。それに……」

「それに?」

「これソーマとユーリの作戦。ウサをダウンさせてわたしに介抱させる……。二人きりにしようと画策してたみたい」

「あー……、あいつらならやりかねないかも」


 まるで何時ぞやの作戦である。

 結局そういう所に気が利く良い奴らなのだ。

 

 ――あれ、でも……。

 ――実は二人きりになりたかったのはあいつらなのか?


 やっぱりそういう……。


「へっ、水臭ぇな、一言言ってくれればいいのに」

「ウサはまた勘違いしてる」


 そんなことない、俺は親友のことならなんでもわかるんだ。


 そんな俺にアオは溜息を吐きながらもすぐ隣へと腰を掛け……。


「というわけでどうぞ」


 ポン、と太ももを叩いた。


 正直に言うと、めちゃくちゃ横になりたい。

 真っ白でいてスベスベな肌、女の子らしい程よい肉付き。

 最高の感触が味わえるのは間違いないだろう。

 

「……本当にいいの?」

「問題ない、わたしの太ももはムチっとして柔らかい、ウサも堪能して」

「普通そういうこと自分で言うかな……?」


 若干調子を崩されるが、彼女が『はりー』と言ってポンポン叩いているのだ。

 それじゃあお邪魔して……。


 恐る恐る横になる。


 

 

 ――なんだここは?


 

 

 柔らかな感触が頭を包み込まれる、そして女の子の華やかな匂いにも包まれ、さらに上空を仰ごうとすれば目の前にあるアオのおっぱいで何も見えない。


 これは……天国か?


「どう?」

「……最高です」

「ふふっ、よかった」


 さわさわと頭を撫でられる感触。

 これこそが人類の理想郷なのでは……っ。


 人類みんなこの理想郷へと辿り着けば戦争なんてなくなるんだ。


「ウサ」

「ん?」

「大好き」


 ニコッと満面の笑みを見せてくれる。彼女の真っ直ぐな想いはいつも俺の心を暖かな気持ちにさせてくれる。

 

 ――もうアオが傍に居ない世界が考えられなかった。


「アオ」

「んー?」

「これからもずっと一緒に居て欲しい、ずっと傍にいてほしい」


 だからこそ、彼女に想いを伝えたかった。

 

「……うん。わたしもウサから離れることを考えたこともないよ」

「三股してるクソ野郎だけどさ、それでも君を手放したくないんだ」

「うん」

「……修学旅行終わったらさ、ウチに来ないか? アオと一緒に暮らしたい」


 頭を撫でていたアオの手がピタリと止まる。

 その目は見開いていて信じられないと言いたげな表情だ。

 

「……本当にいいの?」

「あの時の夜、自分で誓ったんだ……君の光になるって。だから俺と一緒に暮らそう。もう君に不安な夜は訪れさせない、俺が一生アオを守るから」

「いいの? 本当にわたしのこと守ってくれる?」

「あぁ」


 身体を起こし、アオの目を見据える。彼女の瞳には涙が浮かんでいる。


「ずっと……この先もずっと一緒に暮らそう。これからも俺の傍にいてくれ、自分の将来なんて思い描いたこともないけど、それでもこれだけはわかる。これからも……ずっと、アオと一緒に歩み続けていたい」

「ウサっ」


 ぎゅっと背中に手を回し抱きしめられる。

 震える声が耳元でかすかに聞こえる。アオの肩は小刻みに震え、俺の胸に押し付けられたその顔から、ぽたぽたと温かい雫が染み込んでくる。

 

 俺はそっと彼女の背中に手を回して何も言わずにその細い体を抱きしめ返していた。

 彼女の涙が落ち着くまでずっと――。


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