第28話『これから先いつだって君とキスを』
「ここ何処だよ」
「わかんない」
「一条が連れて来たんじゃん」
「そうなんだけどね」
一条へと連れられてやってきたのはホテルの最上階、いわゆるスイートルームという部屋だ。
「そもそもこんな所に入って大丈夫なのか?」
「大丈夫らしいよ、小田桐君たちが『スポンサーからの指示だ』って言ってたから」
「スポンサー?」
ソーマたちが言うスポンサーって、それ完全にヒロシの事じゃね?
なんでヒロシが……?
疑問に思っていると扉がノックされる。
「おまたせ~」
「多谷?」
多谷まで何故ここに……。
だが疑問に思うのも束の間、その後ろに着いて来たのは――。
「――朱奈?」
「ウサ、くん……?」
朱奈が多谷に連れられてやってきた。
俺と朱奈がお互い何故ここにと驚き呆然としてる中。
「じゃ、私たちはこれで」
「ごゆっくり~、あ、戻る時は気を付けてね。無地来君に見つかったら面倒だから」
「いや、ちょっ」
パタンと扉が閉められる、朱奈と二人部屋に取り残される形となった。
「と、とりあえず座るか……?」
「そ、そうだねっ」
近くのソファへ朱奈と向き合う様に腰を降ろす、最上級グレードの部屋である為か、ふかふかで今まで味わったことのないような座り心地だ。
「なんか、クラスではいつも顔合わせるのに、久しぶりに会ったような感覚だな」
「そうだね、最近はずっとその……白がね」
「ははっ、今日なんか手振ったくらいで咎められちまったな」
「ほんとっ、それぐらい許してよってね」
久々にこうして朱奈との会話ができている。
同じクラス、教室にいるのにずっと会えていなかったような気分でなんだか不思議な感じだ。
「最近はどうだ?」
「なにそのお父さんみたいな質問」
「いや実際どうしてんのかなって」
「ふふっ、変わらないよ。美桜と陽葵と一緒。そこに白が加わったって感じかな」
「一条の奴心底うざそうにしてんだろ」
「よくわかったね、美桜が『勘弁してよ……』って嘆いてるんだ」
「やっぱ、あいつクソ度胸だわ、ある意味尊敬するよ」
今日も朱奈目的とはいえ女子グループに無理やり加わったんだからな。俺でも出来やしねーぞ。
「ウサくんは……最近氷音さんと一緒にいるね」
「大分馴染んでくれてさ、ソーマとユーリを相手にしても昔から友達だろってくらいに打ち解けてるな」
「そうなんだ……。でも……」
そこで朱奈は一度言葉を止める。言うかどうか迷っている。そんな印象を受けた。
「氷音さんとは、随分仲が良いよ、ね?」
「あ、あぁ……そうだな」
「氷音さんずっとクラスでも言ってるよね『ウサのことが好き』って」
「……うん」
なんだろう、この……。
ジワジワと追い詰められていくような感覚は……。
「今日……キスしてたよね」
「――っ!?」
「ずっと恋人のようにくっついて、何度もキスしてたの……見たよ」
見られてた、のか……。
キスをしていたことは事実である為何も返す言葉が出ない。
「二人とも付き合ってるん……だよね?」
「……いや、アオのことは好きだけどまだちゃんと答えてはいないんだ」
「なによそれ、本当のことを言ってよ!」
朱奈は声を張り上げる、その目には涙も浮かんでいた。
「ちゃんと付き合ってるって言ってよ……。私に希望を持たせないでよ……」
「朱奈、これは本当なんだ。まだ俺はアオにちゃんと返事を出来ていない」
「なんで!? そんなのおかしいよ、じゃあウサくんは付き合ってもいない人とキスできちゃうの!? そんな最低な人だったの!?」
「……そうだな、俺は最低な奴なんだよ」
「わかんない……意味わかんないよぉ……」
ポロポロと涙を流している。
朱奈からすれば意味わかんないよな。
付き合ってると言い切れない女の子とどうしてキスをしてんだよってなるよな。
「ウサくんは……付き合ってない女の子とキスできちゃうんだっ、サイテーだよ」
「あぁ、最低だな。最近は翠にも言われたよ」
「サイテー、サイテーだよっ! この女たらし!」
「ははっ……」
甘んじて朱奈の言葉を受け止める。彼女の言っていることは事実だからだ。
「ぐすっ……さいてぇ、くずっ、おんなのてきぃ……っ」
「何とでも言ってくれ、クズ野郎だってのは自分でもわかってる」
「じゃあっ、誰とでもキスできるって言うならっ」
涙は止まらない、けど決意のこもった目で俺の目を捉えた。
「私ともキスしてよっ、誰とでも出来るんでしょっ!?」
「……それは出来ない」
「なんでよっ、なんで私じゃダメなのっ!? 女の子なら誰だっていいんじゃっ――」
「俺がキスできるのは、好きな子だけだ。誰とでもなんて軽々しくキスしてるって思われたくないっ!」
「……っ」
朱奈は口を紡いで下を向く。
だがその肩は震えていて涙が絨毯にポタポタと流れていく。
「そうなんだ……っ、じゃあ私とキスできないってことは私のことが嫌い、なんだ……」
「違うんだ朱奈、そういうことじゃないんだっ、あぁもうなんで上手く話せないのかな……っ」
「わかんないよっ、ウサくんの言ってることがずっとわから――」
「よく聞いてくれ朱奈」
泣き叫びそうになる彼女の身体を抱きしめる。
上手く伝えられないのならハッキリ彼女へと話そう、余計なこと言って朱奈を泣かすことしないでこうすればよかったんだ。
伝える、今こそ朱奈に想いを伝えるんだ。
彼女の身体を少し離し、肩に手を添える。
「朱奈、君が好きだっ!」
「……え?」
俺の告白に朱奈は驚いたように目を丸くさせる。
その目から涙は止まっていた。
「君と会えない間ずっと苦しくて、無地来なんかに邪魔されてずっと悔しかった! ずっと朱奈って教室で呼びたかった。前みたいに一緒に話をしたかった。前みたいに君と一緒に過ごしたかった」
「ウサ、くん……」
「俺、最低な奴でさ、三人の女の子を好きになっちまったんだ。アオに翠、そして君もだ朱奈。俺がキスしたのはアオと翠の二人だけ、誰とでもキスなんかしない。俺が好きになった女の子だけキスしてるんだ。そして朱奈……君にもキスをしたい。俺の好きな女の子に、君が許してくれるならその唇にキスさせてくれ」
止まっていたはずの朱奈の目から涙が再び零れ出す。
感情が溢れるかのように彼女は俺の胸へと縋りついた。
「……ばかっ、そんなサイテーな告白ってないよぉ。しかも翠ちゃんまで加わってるなんてサイテー、サイテーだよぉっ」
「俺、最近気付かされたんだけどすっげぇ欲張りなんだよ。好きな女の子は全員手に入れたいんだ。無地来なんかに譲りたくない」
原作の俺から気付かされた本心、ある意味では俺も
――朱奈を悲しませる、朱奈を疲れさせる、朱奈の体調不良にも気付かない、朱奈の手料理を褒めない。
なんで無地来なんかに惚れこんでるんだって、だったら俺が奪って朱奈を幸せにしてやる。
気づけば気持ちが変わっていたんだ。
未だ涙の止まらない朱奈、胸元を掴むその手には透明な雫が零れ続けている。
「ばかぁっ、ばかぁっ!――ぐすんっ、でも……キスしたいよ……っ。ウサくんとキスしたいよっ! だって私もウサくんが好きなんだもん!」
「朱奈……」
その言葉が俺の心に強く響く。彼女の感情が涙とともに溢れ出し、俺を包み込む。
俺は何も言わず、ただ彼女をさらに強く抱きしめた。
「氷音さんとキスをしてるの見て悔しかった! なんで私じゃないんだろうって、私だってあなたと去年からクラスメイトだったのにっ、体育祭だって一緒に頑張ったのにっ! どうして先を越されちゃったんだろう、負けちゃったんだろうって、あなたに告白もしないで負けたのが悔しかった!」
「朱奈……」
「でも、今ウサくんの言った言葉が嘘じゃないなら――キス、して。夢じゃないって思わせ――っ」
朱奈の言葉が言い終わらないうちに唇を重ねる。
一刻も早く、彼女を安心させてあげたかった。
時間がゆっくりと流れ、俺たちはまるで世界に二人しかいないかのように、長い時間唇を重ねていた。
やがて、彼女の震えは徐々に収まり、キスに込められた温かさが彼女の涙を止めていく。
「好きだよ朱奈」
唇を離すと真っ先に彼女へ想いを伝えた。
彼女の瞳が俺をじっと見つめていて、瞳の奥には涙の代わりに優しい光が宿っている。
「……だめっ、足りない。会えなかった分足りない。……だからもっとキス、して?」
「あぁ、もちろんだ」
朱奈の要望に応えて再び唇を重ねる。
今度は短く口が触れ合う程度のキス。
それでも彼女は――。
「もっとぉ、もっとぉっ、私の中から貴方が一生離れないくらいにしてっ!」
「お安い御用さ、これからずっといつだって朱奈とキスをするよ」
「んっ……すきぃ、ウサくん大好きだよ……」
彼女が満足するまでいつまでも――互いの温かさを感じ合いながら、俺たちは何度も唇を重ねたのだった。
――
あれから何度も朱奈とキスをして、どれくらい経っただろう。
時間も忘れるくらいに俺たちは唇を重ね続け、ようやく落ち着いた頃、改めてソファに腰を掛けた。
もちろん最初のような距離はなく、互いに肩を寄せ合って。
「ウサくん」
「ん?」
「えへへ、呼んだだけー」
「そっか、可愛いな朱奈」
ぎゅっと彼女の肩を抱く。朱奈は抵抗することなく身を任せてくれる。
「夢みたい、ウサくんとこうしていられるなんて」
「そうだな、俺もうれしいよ」
「ね、またキスして?」
「もちろん」
彼女の要望通り唇を重ねる。ちゅっと口を合わせるだけの軽いキス、それでも朱奈は満足そうに満面の笑みを浮かべた。
「それにしても……氷音さんはともかく翠ちゃんも……。確かに時間の問題だと思ったけど翠ちゃんに先を越されるとは思わなかったなぁ」
「翠から気持ちを伝えられた時は本当にびっくりしたよ、そもそも謝り倒さなきゃいけなかったのに」
「白が叩いたって勘違いしたやつでしょ、ウサくんがそんなことするわけないのにっ」
「まぁ、それに近いことはしたし……翠を傷つけたのは事実だから」
傍からどう見えたではなく、自分のしてしまった行いに反省しなくてはいけない。だからこそあの時は謝ることで精いっぱいだった。
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
「うん?」
朱奈がモジモジした様子で尋ねる。
「ファーストキスが……氷音さん?」
「実は俺もよくわかってないんだけど、どうやらそうらしいな」
「ふーん、それで最初にウサくんからキスしたのが」
「……翠になるのかな、アオからはこの間やっと俺からしてくれたって言われたし」
「うぅ……私だけが全部最後……」
それはその……何というか申し訳ない気持ちになる。
理由のひとつとしては無地来が悪い。
俺と朱奈が会うのを悉く邪魔をしてきたアイツがそもそも悪いんだ。
「そ、その……ウサくんはさ、エッチ……したことある?」
「んん”っ!? いやないけど。ど、童貞です」
「そ、そっか……じゃあ」
意を決したように彼女は俺を見上げた。
その顔はりんごのように真っ赤に染まっている。
「わ、私の処女をあげるから、あ、あなたの童貞を私にくださいっ。ウサくんの最初をひとつ私に下さいっ」
「え、あ、あの、そのぉ……」
まさかのお誘いに言葉が詰まる。さすがにこの展開は想像もしていなかった。
「ウサくん……」
潤んだ瞳に見つめられる。
……。
…………。
アオ、翠。ごめんなさい。
いずれは誰かと最初を経験するはずなんです。
俺は……最初の相手を朱奈にしたいと思う。
「ベッド……行こうか」
「……うんっ」
その後ベッドへ移動した俺たちはナニがあったのか察してほしい。
ただ俺の夢であるイチャイチャしながらエッチをしたいという願望は叶えられたとだけ言っておこう。
――
少し時は戻り。
告白が成功しキスを重ねている頃。
「こりゃぁ部屋に帰ってこないね」
「だな、二人きりにしてやろうぜ」
『朱奈~、よかったねぇ~っ!』
「声が大きい、バレちゃう」
二人の様子を覗き見る5つの人影。
動向が気になりすぎた彼、彼女らはそっとドアから覗き見ていた。
「ここまで来てセックスして帰ってこなかったらあいつ不能だな」
「だからウサは女の子相手じゃダメなんだよ、ここはボクが一肌脱ぐしか――」
「そんなことはない、わたしはウサの勃起を見ている。わたしに欲情してくれた」
「ね、ねぇ……」
「男の人のアレってやっぱり大きいの? 帝君も本に載ってるようなアレなの?」
「あー、そういう話は部屋に戻ってからしろ」
「ボクも輪に入りたいんだけど」
「いいから帰るぞ」
ユーリの首根っこを掴みその場を後にするソーマ。
彼に続いて三人の乙女もその背中を追った。
ふと碧依は振り返り。
『ウサの童貞ほしかった――。でも、次は必ずわたしが彼とセックスする』
自分はもう処女ではないけれど。
好きな人と初めてセックスする。
彼女にとっての初めてはまだまだたくさん残っており、その時を夢見ながら碧依はその場を後にしたのだった。
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