第27話『兎月と朱奈の逢引き作戦』
「相談があるの」
時は戻り自由時間。
兎月と碧依が部屋で過ごしている頃、ホテルのロビーで四人の男女が向かい合う様に座っていた。
片側には小田桐宗真、佐貫川唯莉。お馴染みである兎月の親友たち。
そして反対側の席には一条美桜、多谷陽葵。こちらは朱奈の親友の女の子たちだ。
「相談ってのは?」
「朱奈が参っちゃってるのよ」
「炎珠さんが?」
「うん、この間の件からずっと無地来君が付いて回ってて……」
「そうだな、ウサも声を掛けたいけど無地来がべったりすぎてタイミングがないってぼやいてたな」
新幹線の中でも手を振り合うことすら制された様子を思い出した。
まるで物語のように想い合う主人公とヒロインが、踏み台役によって邪魔されているような感じだ。
「とくにさっきは酷かったわ」
「さっきって?」
「大都市回ってたでしょ? あの時私と陽葵がちょっと気になるお店あったから朱奈が外で待っててくれてたんだけど、合流した時の様子が変だったの」
「変とは?」
「まるで……失恋したかのように」
「朱奈隠してたけど泣いてたよね。てっきり無地来君が何かしたんだと思ったけど」
「彼はトイレに行ってたしね、途中に食べたアイスでお腹を壊したとか何とかで。結局彼にも待たされてあの後全然回れなかったのよ、最悪っ」
美桜はイライラした様子を見せたがそんな彼女を宥めるように陽葵が隣から声を掛ける。
一方でソーマとユーリは何かに思い当たるように身を寄せて。
『……もしかしてよぉ』
『アレ、見られてたんじゃない?』
『だよなぁ』
思い出すのは兎月と碧依がイチャイチャしていたあの時の事。
彼らは二人きりにさせてあげようと秘密裏に作戦を立てていたのだ。
――ちなみに兎月が気にしていた『カップル限定特製いちごパフェ~あまーいひと時をいかが?』と幟が掲げられていたお店には本当に入った。
途中幟に気付いたソーマは『嫌だ!』と抵抗したが『今更二人の所へ戻れないでしょ?』と抵抗空しく二人でパフェを突いた。
あの時ユーリの策士めいた表情をソーマは忘れない。
パフェを堪能した彼ら(ソーマは死んだ目)が見たのは余りにもイチャイチャしている二人だった。
実はあれでまだ恋人関係ではないのだという、冗談だろう。
もちろんその理由も親友たちは理解している。
だが、さすがに止めなければ永遠にキスをしあっている雰囲気もあったので早急に声を掛けた。
「コソコソとどうしたの?」
「いや何でもないよ! もちろんボクたちも協力するよ、ウサの為だしね!」
「そうそう! 炎珠も可哀そうだからな、任せとけ!」
「何か隠してる気がするけど……まぁ協力してもらえるみたいだからいっか」
何とかごまかせた。彼らの背中は冷や汗が止まらなかった。
悪いのは十中八九、兎月なのだが。
放置してた自分たちにも非はあるし、なによりも朱奈と兎月をくっつけたいのは自分たちも同じなので協力を拒むつもりは微塵もなかった。
「それで具体的にはなにをするの?」
「夕食の後に実行委員主催のレクリエーションあるでしょ?」
「あぁ、ビンゴゲームやるんだったか、栞に書いてあったな」
「その時に上手く朱奈と無地来君を引き離せないかなぁって考えてるの」
「なるほどね……」
ソーマは腕を組んで軽く考える。悪くない良い作戦だなと。
隣にいるユーリも同じような心境で納得しているようだった。
「いいと思う。炎珠さんたちってレクの時は何をしてる予定なのかな」
「確か景品を渡す役とか言ってたかな」
「そうか、だったらチャンスはありそうだな」
「それに逢引きさせる場所については最強のスポンサーもいるしね」
『スポンサー?』
「気にしなくていい、こっちの話だ」
スポンサーという単語に疑問を抱いた彼女たちだったが、追及しても特に回答を得られないと考えて話を戻した。
話の途中ユーリはスマホを操作し、ヒロシへチャットを送る。
返事はすぐに『任せろ』と返って来た。本当に頼りになる男である。
その後も『兎月と朱奈の逢引き作戦』の話し合いは続き、打ち合わせも完璧に済ませそろそろ部屋に戻ろうかというタイミングで美桜から質問が飛ぶ。
「ところで……帝君と氷音さんって付き合ってるの?」
「そもそもこの作戦、二人が付き合ってたら意味なくなっちゃうよね……。朱奈が余計に落ち込んじゃうだけかもしれないし……」
不安そうに二人は話した。
最近の碧依の振る舞いはまるで兎月と恋人同士のように二人からも感じられる。
「まぁ、そこは心配すんな」
「ちゃんと答えられないけど大丈夫だよ」
「う~ん、不安が尽きないけど」
「親友のあなたたちが言うんだから大丈夫だよね」
こうして不安の種は残されながらも『兎月と朱奈の逢引き作戦』は秘密裏に決行されるのだった。
――
「ってことでさ、頼むよ。ちょっとゲームが始まった時にトラブル起こしてくれればいいんだ」
「簡単に言うなよ……、それで台無しになったらどうするんだよ」
「まぁなんとかなるっての、頼むよ」
「そうは言ってもなぁ……」
「だから言ってんじゃん、もしやってくれたらユーリが今度デートしてやるって」
「おい」
ユーリがソーマの肩を掴む。その顔には青筋が立っていた。
「なんだよ」
「なんでボクが彼とデートしなくちゃいけないんだよ?」
「相川はお前のことが好きらしいからよ、ひとつ頼むわ」
「ぶっ飛ばすよ!?」
まぁまぁとユーリを適当に宥めるソーマ。全く意に返していない辺り微塵も気にしていないということだろう。
ユーリの怒りのボルテージがさらに上がった。
一方で相川は顔を赤らめている、何かに期待するように。
まさかとユーリは思った。
「ほ、本当に佐貫川君は僕とデートしてくれるのかい……?」
「う、うぅ……」
「ユーリよぉ、大好きなウサちゃんの為なんだからがんばれよ」
「ぐうぅ……、こいつ殺してやる」
恨みがましく視線をソーマへ向ける。相変わらずソーマは気にも留めていない。
ユーリは大きく溜息を吐いて『わかったよ……』と嫌そうに返事をした。
「よっしゃ、そんじゃ相川頼んだぜ」
「しょうがない、やろうじゃないか」
「なんか納得いかない~っ」
一人の犠牲によって作戦に支障はなくなった。後は本番に備えるだけとなった。
――
「氷音さん」
「……?」
兎月が一条に連れられ離れていったタイミングにて。
入れ替わるように多谷陽葵が碧依の元へやってくる。
「どうしたの?」
「ちょっとお願いがあって……私と一緒に来てくれないかな?」
まるで一条と同じようなことを言うと碧依は考える。
その理由は恐らく……と頭の回転が速い碧依は思い立った。
「ウサと……炎珠さんに関係すること?」
「え、えぇ!? なんでわかっちゃったの!?」
やっぱり、と碧依は息を吐いた。
それと同時に彼を独り占めできる時間は終わりかと残念そうに思った。
「いいよ、着いて行く」
「わ、私が言っておいて何だけど、ほ、本当にいいの?」
「いい、これはきっとウサも望んでいることだから」
別にこれで彼と離れ離れになるわけではない。
彼はきっと今と同じように愛をくれるだろう。
炎珠朱奈も無地来翠が加わろうと今までと変わらずに接してくれると碧依の中に予感はあった。
兎月を独り占めできないのはとても残念だが、愛する男の選択に異を唱えるつもりは碧依にはなかった。
――彼が望むことならわたしは何でもする、何でも聞く。絶対に彼が言うことはないだろが死ねと言われれば命を絶つ覚悟もある。
でもその代わりに……これからもわたしに愛をください。
一生貴方の傍にいさせてください。
貴方という光がないとわたしはもう歩くことも出来ないのだから。
――
「トラブルってのは何なんだい?」
「あぁ、よかった無地来君。なんか映像が上手く映らないんだよね」
「助かったな相川」
無地来白がゲームの映像を映している場所へ着くとそこには二人の男が。
一人は同じ実行委員会の相川だ。Aクラス所属だったのを覚えている。
だがもう一人の人物、小田桐宗真が何故ここにと白は疑問に思った。
「……なんで小田桐君が?」
「オレはこいつと友達なんだよ、困ってるみたいだから様子見てたんだけどオレじゃあどうにもならなくてな」
「……同じようなことを佐貫川君も言っていたよ」
「そうだったのか? まぁユーリも友達だしな。今度相川とユーリで遊びに行くんだもんな」
「う、うん」
白は訝しんだ様子を見せたが、二人が嘘を吐いている雰囲気もない。相川が何故か顔を赤らめていたが気にしない事とした。
「それで、どこに不具合が出ているんだい?」
「いや、それが全然わからなくて」
「ちょっと見せてくれる?」
相川に変わって無地来がパソコンの前に座る。
特にシステム面でのトラブルは起きていない、ならば何が原因で? と。ひとつずつプログラムをチェックしていく。
「うーん、どこも不具合は出ていないね。配線トラブルかもしれないけど……そこのケーブルは繋がっているかい?」
「あぁ、繋がってるぜ」
白が顔をソーマへと向けると同時に配線を元通りにする。
元通りになっている箇所を見て『じゃあ大丈夫か……』と顔を背けたその隙に再び線を外した。
「うーん、あれ、何か一瞬接続済みに切り替わったような」
『チッ、もうバレたか』
「小田桐君?」
「いや、何も言ってねぇぜ」
パソコン関連は全く知識のないソーマである為、この辺りのごまかしが上手くはいかないだろうと考えていたがあまりにも勘づくのが早かった。
「……じゃあ他の配線がトラブルを起こしてるのかもしれないね」
「おう、ちょっとあっち側見てくるわ」
そう言ってソーマは立ち上がった。そして隠し持っていたニッパーを使い映像を出力するためのケーブルに切り込みを入れる。
「なぁ、なんかこのケーブル切れかかってないか?」
「……何処にだい?」
無地来が立ち上がり線の所を確認する。確かにソーマの言う通りケーブルに切れ込みが入っていた。
……不自然、そう考えるしかないレベルで。
ソーマの顔を睨みつけるが、彼は『どうした?』といった様子で気にした素振りもない。
嫌な予感がする、そう思った白は。
「じゃあこのケーブルを差し替えて、それで直るはずだから」
「おいおい、そんなん言われてもよぉ」
「僕は役割があるんだ! 後はそっちでなんとかしろ!」
怒鳴り彼は走り去ってしまった。
「あーあ、行っちまった」
「これで大丈夫なの?」
「おう、時間は稼いだからな。任務完了だ」
「じゃ、じゃあ約束通り……っ」
「おう、ユーリにも言っておくよ」
「ありがとう、心の友よ!」
――
「朱奈!」
「うわっ、びっくりしたぁ」
白が急いで景品渡し場所へ戻るとそこに――朱奈の姿はなかった。
「佐貫川! 朱奈はどこだ!」
「ちょっと、なにさっ、そんな鼻息荒くして」
「朱奈をどこに連れて行ったんだ!」
ユーリの肩を掴む白、しかしユーリは慌てた様子もなく冷静にしている。
それが余計にも白を苛々とさせる。
するとそこへ多谷陽葵が息を切らしてやってきた。
「お、遅くなっちゃったっ。あのね無地来君、朱奈はすこし体調が悪くなっちゃったみたいだから部屋に帰ってもらったの」
「部屋に……帰った!?」
「そういうこと、多谷さんが炎珠さんを送ってくれたってわけ」
「……クソッ!」
「あ、ちょっと!」
苦虫を嚙み潰したような表情をし、またも白は走り去った。
「……うまくいったね」
「ほんとにね、予定通り過ぎて怖いくらいだよ」
――
「朱奈っ、返事をしてくれっ!」
とあるフロアの1室、朱奈が泊まっているはずであろう部屋の前で白はノックをし続けた。傍から見ればヤバい奴である。
「……ちょっと静かにしてよ」
扉を開け部屋の中から顔をのぞかせたのは美桜だった。
もちろんチェーンロックを掛けた状態で。
「一条さん! 朱奈っ、朱奈はこの部屋にいるのかい!?」
「いるよ、陽葵たちに聞いてなかった? 朱奈は体調崩しちゃったから休んでるの。だから大きな声を出さないで」
「証拠を見せろ! 部屋の中に入れてくれ!」
「正気? ここは女の子の部屋よ。そもそも男子がこのフロアに来るのは禁止になってるはずじゃない」
「うっ、それは……っ、でも朱奈が帝の所に行ってるんじゃないかって僕は心配で……っ」
この勢いだとチェーンを壊してきそうな勢いである。もちろん壊せるはずもないが。
美桜はため息をついて白へと語りかけた。
「少しだけ扉を開けてあげる、でも絶対に部屋の中に入らないで。一歩でも入ったら先生に『無地来君が私たちの部屋に無理やり押し入った』って言うから」
「わ、わかったよ……」
念を押されるように注意をされて白は頷く。
さすがに朱奈のことで頭がいっぱいだが部屋に押し入ったなどと教師へ伝えられたら身の破滅が待っていることくらい今の白でも理解が出来た。
部屋の中が見える程度に扉を開放する。
3つ並ぶベッド、その真ん中のベッドには膨らみがある。
顔は見えないが間違いなく人が寝ているということだけはわかる。
「ね、見えたでしょ。ここは私と朱奈、それに陽葵の部屋だから。陽葵とは会場で会ったでしょ?」
「う、うん……けど本当にそこに寝てるのは朱奈なのかい? 顔を見せてくれないか?」
「朱奈は体調悪くて寝てるんだってば、それに
「そ、そんなつもりじゃ……っ」
彼氏でもない、という言葉が白の胸に突き刺さる。
『今は違うけど、僕と朱奈は想いあってるんだ――っ』
口に出す勇気はない、今もこの先も。
それに朱奈なら自分の気持ちを分かっているはずだ、幼い頃に結婚する約束をしたのだからと、白は心の中で思う。
「じゃあこれで心配なくなったわね。それじゃ早くフロアから出てって、他の人に見られたら大変だよ?」
「わ、わかった……」
バタン、と扉が閉じられる。顔は確認できなかったが
――もし帝と逢引きなんてしていたら。
嫉妬心に駆られギリッと歯を嚙みしめる。
とはいえ、そのような心配はなくなった。先程の美桜の言葉が脳裏に浮かぶ。
「そうだ、ここは女子フロアだ。早く移動しないと……っ」
誰にも見つからないように、コソコソとしながら白はフロアから去って行った。
「ふぅ、やっと行ったわね。もう大丈夫よ」
「ん……、暑かった」
「ごめんね氷音さん」
バサッと被っていた布団をとり起き上がる。
先程、白が寝ている姿を朱奈だと認識していたが実際に布団の中に居たのは碧依だった。
「ありがとう、これで朱奈と帝君が今頃会っているのを疑われないと思う」
「作戦成功、ぶい」
薄く笑いながらお得意のVポーズを指で作る。
美桜はその姿に『すっごい可愛いんですけど……っ』と抱きしめたい衝動に駆られたがひとつ尋ねなければならないことがあった。
「……協力をお願いしておいてこう言うのは何だけど、よかったの?」
「……多谷さんにも聞かれた。そんなに気になる?」
「だ、だって……氷音さんって帝君が好きじゃないの?」
「うん、好き、大好き、愛してる」
――なにこの娘、ハッキリ言うんですけど。
いつものような調子で淡々と愛の言葉を言う碧依に驚きが隠せなかった。
「氷音さん敵に塩を送る形になるんだよ、朱奈はその……帝君のことが好きだと思うから」
「うん知ってる。炎珠さんがウサのことを好きなことも気付いてる」
「じゃあどうして?」
美桜からの疑問に迷いながら、ボソッと碧依は呟いた。
「……炎珠さんを煽っちゃったから」
「え?」
「ん、やっぱりなんでもない」
昼間の行為、あれは朱奈の姿に気づいたが故起こした行動だった。もちろんいなくてもキスはするつもりだったが。
ふぅ、と碧依は息を吐く。
今頃大好きな彼はどうしてるだろうか、碧依は常に兎月のことを考えている。
兎月を好きな気持ちは誰にも負けない、自身に光を与えてくれた彼を手に入れるならなんだってするつもりだ。
恋は盲目という言葉がある。
男遊びに走っている母だけど、昔は自分と同じような感じだったのかもしれないと碧依は思った。
『結局わたしはあの人の娘……』
愛情を注がれた記憶はないけれど、この体に流れる血は母と同じもの。
自分も同じように男を盲目的に愛してしまっている。
『だけどわたしは違う、あなたと違ってウサに逃げられる失態は犯さない』
もしウサが離れていったならば……その時は潔く死を選ぼう。もう彼が居ない世界など考えられない。
『はぁ……早くウサに会いたい、ぎゅってしたい、キスしたい……早く彼のモノになりたい』
あれだけイチャイチャしていたというのに既にその欲求が収まらない彼女は、愛する彼を思い浮かべるのだった。
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