第26話『恋を自覚して散る』


 結局あの後も休憩することなく回り続け、気づけば集合時間となりホテルへと戻っていった。

 

 大都市を堪能し尽くした親友たちは非常に晴れやかであったが、一方の俺は疲労で魂が抜けホテルのベッドへと倒れこんだ。そんな俺へアオがぎゅっと抱き着いている光景は端から見れば非常にシュールだったであろう。


 そんなわけでクタクタになっている。

 今は夕食の時間まで自由にしていていいという訳だ。動けねぇ……。


 ソーマとユーリは何処かに行っている。気づいたら居なかった。

 

 やっぱりお前たちってそういう……。

 気づかなくてごめんな。

 

 そんなわけで今はアオと二人きりなのだが……。


「んー、ウサぁ」

「あ、アオさぁ、ちょっとくっつきすぎじゃないかなぁ?」

「んふふ、ウサを思いっきり堪能できる、外ではほんのちょっとしかくっついていられなかった」

「え、アレでほんのちょっとなの? 実は俺さぁもう疲れ切っちゃってさぁ動けないんだ、だからごめん休ませて」

「寝てていいよ、ウサを好きにしてるから」


 ――眠れるかぁ!


 頬擦りまでしてくる美少女が横に居て眠れる奴なんかいないだろ。

 タガが外れたアオは恐ろしい娘である。


 彼女は幼い頃よりお母さんから相手にしてもらえなかった。愛情というものを得られなかったと彼女自身が話してくれている。

 受けたのは自分よりも倍も離れた男たちの性欲だけだと。


 故に彼女は純粋な愛というものを求めている。

 だからこれほどまでにくっつきたがるのはそのあたりが影響しているのだろう。


 ……とはいえ俺の理性が持つかどうかはかなり怪しい。


「我慢なんてしなくていいよ」

「あのアオ、さすがにさ……」

「ウサになら何されてもいい――いや、違う。貴方が欲しい。貴方に求められたい。わたしのすべてを貴方に求めて欲しい」

「あ、アオ……」


 彼女の囁きと共に滑らかな手が俺の下腹部へと伸びる――。


 


「戻ったぞー」


 ソーマたちの帰還と同時に俊敏に身を翻し彼女から距離をとった。

 アオは頬を膨らませとても不服そうである。


 た、助かった……。

 ……いや、残念だったのかもしれない。


 もうどう思うのが正解なのかわからなかった、疲れてるんだろう。

 

「むぅ、チャンスだったのに」

「盛りすぎだろ」

「セックスするなら一声かけてね、席くらいは外すから」

「じゃあ今すぐするからどこか行ってきて」

「するわけないだろ!? あの碧依さんボタンを外そうとしないでください勘弁してください」

「……ウサはわたしとシたくない?」

「いや、そんな潤んだ目で見つめるのは反則だって、もちろんアオは魅力的だし、シたくないかと言われればさぁ……。でも俺は初めてエッチする時はイチャイチャしながらこう、ね? 色々願望があるんですよ」

「まだ足りない? ふふ、ウサは欲張り。いいよもっとキスしよ」

「違う、そうじゃな――っ」

「こいつ無敵か?」

「コミュ障兼肉食系女子ってヒロシが好きそうなジャンルだよね」

 

 もう慣れたと言わんばかりにやれやれと二人は自分たちのベッドへ座った。

 お願いします助けてください。


「そういやアオはこっちで寝るのか?」

「うん、荷物も持ってきてる」

「用意がいいねー」

「あの、ベッドはどうすれば……」

「お前のベッドに決まってんだろ」

「ウサが一緒に寝る以外ありえる?」

「そういうこと、ウサ一緒に寝ようね」

「……知ってた」


 自分たちの寝床に男女同じベッドで寝る奴がいることに少しは疑問を持ってくれよ。

 二人とも順応が早すぎるって、もはや俺が異端みたいじゃねーか。


「――ウサを独り占めできるのは今の内だし」

「なんだって?」

「なんでもない、貴方はとても魅力的だから。ん、大好き」


 もう何度目になるかわからない程アオとキスを重ねる。

 散々受け身になっているがアオとキスをすること自体は嫌でもなんでもなく、こっちも幸せな気持ちに満たされる。ただ彼女に押されっぱなしなだけで求められることに嫌なことは何ひとつとしてない。


「そういや、お前らどこに行ってたんだ?」

「あー、まぁちょっとその辺散歩にな」

「そうそう、この辺りは来たことないから新鮮でね」

「……そっか、ごめんな今まで察せなくて」

「……何か嫌な勘違いしてねぇか?」

「いいんだ、俺にはわかってるから」

「何もわかってねぇよな!?」


 大丈夫だ、たとえ親友が世間からはあまり受け入れられない関係だろうと俺とアオ、ヒロシは見守っていてやるから。


 ――


『さぁみんなカードは行き渡りましたか? それではビンゴゲームのはじまりだぁ!』


 ホテルの大部屋を貸し切ってのレクリエーション。

 ビンゴゲームが始まった。


 景品はレジャーランドのペアチケットや、大手音楽メーカーのヘッドフォンなど。様々なものが用意されている。


『まず最初の番号は――13番だぁ!』

『お、13あったぜ』

『ちぇ、しょっぱなから外れかよ』

『ねーねー、1等当たったら交換してくれない? 彼と夏にデートでいきたいんだよね』

『じゃあ相応の対価もらわないとね~?』

「アオ、番号あった?」

「うん、まずはひとつゲット」


 俺のカードに13はなかった。まぁまだ一個目だし、ゲームは始まったばかりだ。


「1等は無理だとしても真ん中あたりで何かしらゲットしたい所だよな」

「うん、良いの当たるといいね」


 俺としては3等あたりのヘッドフォンが欲しい所だけど、はたしてそこまでの運はもっているかな。


 ――ところで。


「あいつらどこ行ったんだ?」

「さぁ」


 ソーマとユーリの姿が見当たらない。

 夕食の時には一緒にいたのだが『ちょっとトイレ行ってくる』『ボクも』と行ったっきり帰ってこない。


 ――やっぱりそういう……。


「あいつらも色々と事情があるからな、触れてやらないほうが良さそうだ」

「ウサ勘違いしてる気がする」


 そんなことないって、俺は親友たちの事ならわかってるんだ。


「帝君」


 俺へと声を掛けてくる女の子、一条だ。

 多谷は一緒じゃなさそうだ。


「どうしたんだ一条?」

「ちょっと用があってね、一緒に来てくれない?」


 アオへと目配せする。彼女はコクンと頷き俺のビンゴカードを受け取った。


「氷音さんごめんね」

「大丈夫」


 一条は踵を返し大部屋の出口へと向かっていく。


「ここじゃ出来ない話なのか?」

「そうね、ここじゃダメ。二人きりにならないと」

「……ごめん、一条とは友達としては好きだけどそれ以上の関係には――」

「何勘違いしてんのよっ!?」


 なんだよ勘違いか。

 呆れながら彼女はどんどんと歩を進めていく。


「なぁ、どこまで行くんだ? アオを一人きりにさせちまったし……」

「大丈夫、氷音さんなら陽葵が迎えに行ってるはずだから」

「……多谷が?」


 いったいどういうことなんだろうか。

 俺の疑問を他所に一条は薄く笑い――。


「大丈夫、行けばわかるから」

 

 そうして歩みを進めた先、待っていたのは――。



 ――


 時は戻りビンゴゲーム大会が開催される少し前。


「はぁ……」


 修学旅行の実行委員として朱奈は精力的に働いていた。優等生である彼女はどういった役割であろうと手を抜かない――のだが。


「朱奈どうしたの? さっきからずっと溜息吐いてるけど。

「なんでもないよ……はぁ」


 無地来白が心配した様子で彼女へと声を掛けるが、朱奈の溜息は続いていた。

 彼女の脳裏では昼間の出来事が浮かんでいた。


 一条美桜と多谷陽葵がお店に寄っており、白がトイレに時間が掛かっている時に彼女はブラブラと周囲を散策していた。


「あ、ウサくん!……と氷音さん」


 二人が仲睦ましく腕を組んでいた。その姿を見た時、朱奈の胸にチクりと痛みが走った。


 最近クラスでも仲良くしているのを遠目から見ていることしかできない。歯痒い思いだった。

 

 先日、兎月が朱奈からしたら理由のわからない不調があり、その時心配した翠の手を振り払った。

 それを白が叩いたと勘違いして怒った次の日から兎月と話すことを遮られるようになってしまった。


 兎月へと声を掛けに行こうとすると決まって白が止めに入るのだ。


 おかげで兎月とは話すことが全くできていない。


 ――せっかく名前で呼び合うようになったのに。

 ――彼がとても大事にしているもう一人の親友の家にも入れてもらえたのに。

 ――どんどん彼と距離が縮まってきていたのに。


 それが元に戻ってしまった。


 ――でも、どうして。


「私ってどうしてウサくんのことばかり考えているんだろう……」


 疑問の答えが朱奈にはわからなかった。


 思考から意識を前へ戻す。

 今度はアイスを食べさせ合っていた。また胸に痛みが走る。


 ――羨ましい、私もウサくんと……。

 そこまでならただの嫉妬として処理が出来た。


 しかし――。


「え……っ」


 碧依の方からキスをしていた。

 声まで聞こえないが、兎月はびっくりした様子ではあるものの嫌がった素振りは見せていない。


『どうして……あの二人がキスを? この間氷音さんはウサくんを愛してるって言ってたけど二人は付き合っているの? じゃないとキスなんてしないよね。でも……そんなのっ』


 ――きっと何かの見間違いだ。ウサくんの顔にゴミが付いていてとってあげただけなんだ。位置的にキスしているように見えただけ。


 無理やりにでも今の出来事を納得させるのに必死だった。


 胸の痛みは増していくばかり、どうしてこんなにも胸が苦しくなるのだろうか。


 そして――。


「あぁ……っ」


 また顔が近づいた。しかも今度は舌を絡めるような熱烈なキス……。

 完全に恋人がするようなキスだ。


 キスをした後、碧依が朱奈の方を見ていたように感じたが、今の彼女にそのことを考える余裕はなかった。

 そして今度は――。


「ウサくんから……キス、した……」


 朱奈の何かが崩れ去る。


 ――あぁ、そうか。私、ウサくんのことが……。


 兎月に名前で呼んで欲しくなった。

 氷音碧依とは自分よりも早い段階で親しくしていたことを知って嫉妬した。

 無地来翠と距離が縮まってきているのを見て焦りのようなものを感じた。

 兎月と話すことが出来なくなって……寂しかった。


 すべて理解した。


「私……ウサくんのこと好きなんだ……っ」


 しかし――兎月への恋心を自覚したその瞬間、彼女の恋は終わりを告げられてしまった。

 争う以前に敗れてしまった、スタートラインにすら立たず終わってしまった。


 これ以上見ていられなくて、彼女はその場を去って行った。




「はぁ……」


 ため息が続く、告白もしないで勝手に失恋しただけだというのに。切り替えることが難しくて彼女はため息を吐き続ける。

 隣で白が何かを言っていたが全く耳に入っていない。


 ――するとその時。


『あれぇ? 映像が止まっちゃいましたね? おーい相川くん?』


 モニターに映し出されていたビンゴゲームの映像が止まってしまった。どうやら何かトラブルが起きたようだ。

 

「おーい、無地来ちょっと来てくれない?」


 未だビンゴゲームは再開されない。状況を見守っていると隣にいる白を呼ぶ声がした。彼を呼んだ人物は――。


「佐貫川君? 何だい?」

「なんかね裏でトラブってるみたいだから来てほしいんだって」

「あぁ、映像が止まってるね」

「そ、これの件でね」

「……でも僕らの役割はここで景品渡すことなんだよ。だから離れられない」

「とは言ってもさ実際進行が止まっちゃったわけだし、これじゃあゲームにならないよ。こういう問題に強いのは無地来でしょ?」

「……そもそもどうして佐貫川君が? 君は実行委員じゃないだろ」

「A組実行委員の相川が友達なんだよね、ちょっと困ってるってことで様子を見たらどうにもならなくてさ、無地来を呼んでくれって。景品渡すのは代わりにやってあげるからさ、頼むよ」

「……わかった、朱奈ちょっと行ってくるよ」

「うん、行ってらっしゃい」


 白はいまいち納得をしていないみたいだったが、それでも他の人が自分を呼んでいるというならば行かなければならない。朱奈へ別れを告げてトラブルが起きていると言われてる所へ白は向かっていった。


「……これで監視役はいなくなった」

「佐貫川君?」

「いや、こっちの話。そろそろ合流すると思うんだけど」

「どういうこと?」

「来た来た、おーい多谷さん」

「……陽葵?」


 ユーリが呼びかけたのは朱奈の友である多谷陽葵。

 彼の言った通り陽葵が駆け寄ってきていた。


「ごめんね、遅くなっちゃった」

「アオは大丈夫だった?」

「うん、説得も何もいらなかったよ『ウサが望んでいるなら』だって」

「さすがアオだね、とにかくこれで作戦通りに事が運びそうだ」

「二人ともどういうことなの? 作戦って何?」


 置いてけぼりとなった朱奈は二人へ尋ねる。いったいなにが起きているのか彼女は知る由もなかった。


「多谷さん後はよろしく、早めに戻ってきてね。ソーマもどこまで時間を稼げるかわからないからさ」

「うん、いこ朱奈」

「行くってどこに?」

「大丈夫、行けばわかるから」


 陽葵へと手を引かれ会場を抜け出す。

 彼女たちが向かうその先には、朱奈が今一番会いたい人の元だった。

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