第24話『最低な男だけど』


 朝、目が覚める。

 昨日の悪夢が流れることはなかった。

 気分は晴れやか――ではなくそこそこといった感じだ。


 問題は解決したのになぜ気分が晴れ切っていないのかというと――。


「翠を泣かせちまったな……」


 昨日の教室での出来事、翠の手を振り払った件。

 彼女からしてみれば拒絶されたと思うのは当然のことだ。


「謝らないとな……」


 彼女に会ったら開口一番に謝ろう。

 謝罪を受け入れてくれるかはわからない、けれどケジメは付けないといけない。


 何故ならば、彼女のことが好きだから。

 好きな人には笑っていてほしいから。


 気は重いけれど、朝の支度を終えて学校へ向かうのだった。



 ――


 学校へ着く、今日も風紀委員会は挨拶活動を行っている。

 翠の姿は――あった。

 

 彼女が挨拶をしている場所へと向かっていく。


「おはようございます!――あっ」

「おはよう翠」

「ウサ、先輩……」


 翠の表情は思わしくない。理由は当然昨日のことだろう。

 早く謝らなければいけない。


「翠、昨日は――」

「――っ!」

「あ、翠!?」


 謝罪の言葉を口にするよりも早く翠は走り去っていってしまった……。

 周囲の風紀委員たちも呆然としている『君らなにかあったの?』といった様子で。


 彼らには曖昧に返事を返し、翠の後を追った。


 けれど結局翠を見つけることはできなかった。



 ――


 その後も……。


「翠」

「――っ!?」


 休み時間の度に彼女の元へと向かうが逃げられてしまう。結局昼休みに至るまで翠と会話をすることすらできていない。


「はぁ……」

「そう落ち込むなよウサちゃん」

「今は彼女も気まずいだけだからさ、その内機会は巡ってくるからあきらめちゃダメだよウサちゃん」

「ウサちゃん言うな……」

「よしよし」


 いつものウサちゃん弄りも元気に反抗する余裕はない。

 翠に避けられてるという事実がショックなのだ。

 碧依が慰めるように頭を撫でてくれる、健気な子だよ……。

 

 もちろん昨日俺に拒絶された翠の方が傷をついていることは重々理解している。

 だからこそ早く彼女に謝りたい。また『ウサ先輩!』とあの笑顔で呼んでほしい。


「へっ、妹ちゃんに夢中じゃん」

「自覚した途端これだよ、あーあー羨ましいね」

「うっせ」

「羨ましい、わたしのことも見て? キスする?」

「あ、碧依さん、教室ではその、勘弁して?」


 彼らの揶揄いに適当に返事を返す、自覚はしているけれど弄られるのは恥ずかしいのだ。

 あと碧依がグイグイくる、君この間までとキャラが違いすぎませんか?


 しかしそんな俺らに対し一人険しい表情をした男が迫ってきていた。


「帝」

「ん……?」


 顔を上げるとそこに立っていたのは無地来だった。


 ……こいつ俺のこと呼び捨てだったっけ?


「もう翠に関わらないでくれ」

「……はぁ?」

「君は翠を傷つけた。妹を泣かすような男が翠へと近づくなと言ってるんだ。それに翠のことを叩いただろう、よくもそう平然としていられるな!」


 ――叩いた?

 あぁ、そうか。昨日のアレは傍から見たら叩いたようにも見えるのか。


「昨日のことは悪いと思ってる、だから翠に謝りたいんだよ」

「君が翠の名前を呼ぶな!」

「ちょっと白止めてよっ、ウサくんが叩いたなんてそもそも白の勘違いだってば!」


 無地来の怒りっぷりに朱奈が止めに入ってくれる。

 だがその行為も彼にとっては気に入らないポイントだったようだ。


「それに君は朱奈にも無遠慮に近づいてっ、彼女はぼくのなんだ!」

「な、なにを言ってるのよ白っ!?」

「彼女は君みたいな無神経な男が近寄るべきじゃないんだっ!」


 随分と好き勝手言ってくれている。

 だが何故か俺は、特に言い返すこともなくじっと奴の言葉を聞いていた。


「ふんっ、何も言い返せないのか、氷音さんもこいつと一緒にいるを止めておいた方がいい、君みたいな可愛い子がこんな奴に染まるべきじゃない!」


 何故か矛先が碧依の元へと移る。

 最近彼女が無地来の元から離れ俺たちの元にいるのが気に食わなかったんだろう。


 ――元々無地来の元に居たわけでなく、前の席だっただけなんだがな。


「あなたにウサの何がわかるの?」

「なっ、こいつはぼくの妹を叩く最低な奴なんだ! 君も同じようなことをされるかもしれない、ぼくの元へいた方が君のためになるんだよ!」

「あなたの言っている意味がわからない、わたしはウサのこと愛してるから好き勝手言わないでほしい」

「なっ……!?」

「うそ……?」


 碧依の言葉に無地来はもちろん朱奈までも言葉を失っている。


「……そうかっ、君は所詮その程度の女だったんだなっ! これまでせっかく気にかけてあげてたのにとても残念だよ!」

「気に掛けられた覚えがないし、いつもわたしの胸しか見てなくて気持ち悪かった」

「~~っ、朱奈行こう! こんな奴らといたら気分が悪くなる!」

「ちょっ白、引っ張らないでよっ!」


 朱奈を連れて無地来は去って行く。

 連れていかれる時の朱奈の寂しそうな顔が脳裏から離れなかった。


「何も言い返さなくてよかったのか?」

「ボクは結構不愉快だったんだけど?」

「同じく」


 3人からそれぞれ声を掛けられる。

 それに対して俺は――。


「叩いたってのは傍から見えてしまったんならそう思われてもしょうがない。翠を振り払ったのは事実なんだし」

「無神経だとかなんとかは?」

「まぁそれなりに関わった人とは仲良くやってたつもりだけど、中にはそう思ってない人もいるってことだな。勉強になったよ。それ以降のことは碧依が言い返してくれたからな、すっきりしたよありがとな」

「ん、わたしは貴方を愛してるから。貴方の味方は当然」

「氷音は何の躊躇いもなくウサを愛してるって言うんだな」

「本当のことだから躊躇う必要なんてない」

「昨日のキスがタガを外させたのかもねー、この恋愛強者っぷりを見習いたいもんだよ」

「ぶい」


 てか昨日のこと知ってんのかよ……。

 玄関口のことだし覗き見られてたのか……。


「んで、妹ちゃんのことはどうすんだ?」

「この後も謝りに行くに決まってんだろ」

「そこは言うこと聞くつもりないんだね」

「当たり前だろ、悪いことしたら謝る。人間の鉄則だからな。それに翠とこのまま話せなくなるのは嫌だからな」

「さすがウサ、好き、大好き、愛してる」

「ここぞとばかりに告白してるよこの娘」

「ひゅー、格好いいじゃん。でも氷音的にはライバルは減ってくれた方がいいんじゃねぇの?」

「そんなことない、炎珠さんも妹さんにもウサを愛してる気持ちは負けてない。受けて立つ」

「つっよ……」

「なんでこの鬼メンタルがこの間までコミュ障だったんだよ」

「ぶい」


 碧依のストレートな想いに嬉しくなる。

 今すぐにでも気持ちに応えないといけないはずなのだろうけど、そんな俺の心の中を見透かしたように『焦ってないから、時間はたくさんあるからゆっくり考えて』と碧依はニッコリと告げた。


 本当に最高の女の子だよ碧依は。


 ――


 あの後も結局翠とは会えず仕舞いで放課後になってしまった。

 ホームルーム後、無地来は俺を睨みながら朱奈を連れて行った、そういえば修学旅行の実行委員だったっけ、集まりにでも行ったのだろう。


 あいつが終始傍にいるせいで朱奈とも喋れなくなっちまったな。


 つい最近までは楽しく喋れていたというのに、朱奈に翠も俺の行いのせいで距離が出来てしまった。


 ――取り返すんだ。

 ――自分の行いは自分でケリをつけなければ。


 決意を胸に席を立つ、今日は委員会の集まりは無いと担任より聞いたので委員会室へ行っても無駄だろう。

 チャンスはまた明日だな。


 ソーマたちは既に帰って行ってしまった。碧依も一緒に行った、三人ともヒロシの家に行くらしい。

 久々に一人きりでの下校だ。帰り支度を済ませて下校口へと向かう。


 校舎を出て歩いていると校門口に見慣れた姿が――翠だ。


「……翠」

「ウサ、先輩……」


 気まずそうに、鞄を前に持った状態で立っていた。


「翠、その昨日は――っ」

「い、一緒に帰りませんか!? お話がしたい、です……」


 謝るチャンスだと思い謝罪の言葉を口にしようとするも遮られる。

 だがこの後もタイミングがあるはずだ。


 彼女の誘いを断る理由もなく一緒に帰ることに。


 肩を並べ道を歩く、下校時間だというのに周囲には人が居ない、まるで俺と翠がこの世界に二人きりとなったような錯覚を受けるくらいだ。

 

 彼女との距離は空いている。

 この間は腕を組んで帰ったのが嘘みたいに思えてしまった。


 翠は口を開かない、そして俺も謝罪を決意したのはいいが、それ以外にどんなことを喋ればいいのか浮かばなくなっていた。


 だがこのまま黙って帰るのは何かが違う、何か話さなければ。


『あ、あのっ!』


 二人の言葉が重なる、とても気まずい。


『そ、そっちからどうぞ!』


 やはり言葉が重なる。

 変に気まずいせいか上手くいかない。


 でも謝るならこのタイミングしかない。


「翠、昨日はホントにごめん! 君のことを傷つけてしまった!」


 ずっと伝えたかった謝罪の言葉、ようやく彼女へということが出来た。


「女の子に手をあげるなんて最低の事だと思う、謝っても許されないことだともわかってる。けど俺、君と前のように笑って話せる関係に戻りたい。謝るだけで済む問題じゃない、なんだってする! 一発でも何発でもぶん殴ってくれていい!」

「私叩かれてなんて……いや、わかったです。じゃあ私がいいって言うまで目を閉じていて欲しいです」


 彼女に言われた通り目を瞑る。

 きっと手痛い一発をもらうだろう、いや一発じゃ済まないかもしれない。

 だけどそれで彼女の気が済むのなら構わない。

 俺は何発でも受け入れる覚悟だった。



 

 ……。

 …………。


 おかしい、いくら待っても衝撃が飛んでこない。


 ――もしかしてこれはあのかくれんぼいじめで起きる、隠れたまま延々に見つけてもらえないアレに近いものが起きているのか?


 彼女は目を瞑れと言ったからきっと平手打ちでもするのだろうと俺は思い込んでいた。

 そんなんじゃない、教室で泣かされた恥じには恥じで返すのが定石、と言わんばかりに彼女は俺を置いて行ったというのか。

 

 翠、恐ろしい子だ……。


 だが甘んじて受けて見せよう、これで翠の気が済むのなら俺は何分何時間、いや夜を過ごしてみせ――っ。


「ちゅっ」

「っ!?」


 脳内で決意を固めている最中、不意を突くように唇に柔らかな感触が。


 まさかと思い目を開けるとそこには……。


「ウサ先輩、いいって言うまで目開けちゃダメって言ったのに……」

「いや、だってこれって……」

「なんでもするって……」

「たしかに言ったけどさ……っ」

「むぅ、言うこと聞かない先輩の口は塞ぐ必要があるですっ」

「んむっ!?」


 さっきよりも勢いよく、キスをされる。

 な、なんで碧依の時といい急にキスされる展開が……。


「むぅ……ウサ先輩は私とキスしてるのに別の女の人のこと考えてるですっ!」

「え、いやそんなつもりじゃ……っ」

「やっぱりウサ先輩は女心を弄ぶ大悪党です! 今は私だけを見るですっ!」


 再び柔らかな唇で塞がれる。

 もうそんなことをされたら……何も考えられない。


「翠、どうして……っ」

「……言わなきゃわかんないですか?」

「……いや、そうだな愚問だった」

「でも言うですっ、いや言いたい! 私はウサ先輩のこと好きですっ、昨日あれからずっとウサ先輩の事考えてました、手を振り払われて寂しかったし涙が出ちゃったけど、そのことをずっと考えてたら私ウサ先輩が好きなんだって気づきました。ずっと先輩と触れ合ってたい、離れたくない、私の手をずっと握っていてほしい。あなたのことが大好きなんですっ」


 翠は告白をしながら途中涙を流していた。

 あぁそうか、彼女はこんなにも俺を想っていてくれてるのか……。


「翠、ありがとう。君の気持ち嬉しいよ。でも……」

「……っ、嫌ですっ、そんなの聞きたくないっ、私ウサ先輩に振られたら――っ」


 俺の言葉に何かを察してしまったのか、遮るように声を上げた。

 だから俺は彼女の言葉を逆に遮って己の口使って翠の口を塞いだ。


 ――そういえば自分からキスをするのって初めてだな。


「んっ……むっ……っ、ウサ、せんぱい……?」

「ごめん、まだ君の想いにちゃんと答えることが出来ない、答えを待たせてる子、気持ちを伝えられていない子がいるんだ。少しだけ待って欲しい。俺に時間をくれないか?」

「ぐすぅっ、でも……私振られちゃったら立ち直れないです……」

「約束する、そんな未来は来ない」

「え、それって……」

「男として最低だけどさ、俺は欲張りなんだ。全員俺のモノにしたい」

「……さ、さいあく、さいあくですっ、堂々と浮気を宣言するなんて最低ですっ!」

「浮気なんかじゃない、俺は三人とも好きなんだっ! 全員を恋人にしたい!」

「三股公言するなんてとんでもないクズ男ですっ! ゲームじゃないんだから男なら一人に絞ってください、私を選んでくださいっ」


 そりゃそうだよな。

 君も他の子も好きですだなんていう男はクズだ。


 でも俺はクズと言われようが構わない、自分の気持ちに嘘を付く気はない。

 

「ウサせんぱいのばかぁ、だいあくとう、ろくでないしぃ……ぐすっ、……でも」


 涙は止まらない。それでも涙を零しながら翠は笑顔になり。


「そんなあなたが……大好きですっ!」


 咲き誇れんばかりの笑顔を浮かべて、翠と俺は唇を重ねた――。

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