第23話『親友だから』


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 学校を飛び出し無我夢中で走り続けた。脳裏に浮かぶ映像、湧き上がる欲望まみれの感情を振り払いたくてひたすら走り続ける。

 

 だが人間というのは永遠に走っていられる生き物じゃない。スポーツをやっていない俺が全力で走り続ければあっという間に体力が底をつくのは当然だ。

 しばらく走った所で足が限界を迎え倒れこむ。


「はぁっ、クソっ……なんだってんだよっ」


 悪夢は止まった、気持ちもいつものような感じに戻っている。

 今はあの子たちを犯してやりたいだなんて感情は湧いてこない。

 

 身体についた砂を叩いて払う、立ち上がった時に見えた光景は知らない場所だった。

 

「公園……?」


 その場所は公園だった。ただここは来たこともない。どこにある公園なのかもわからなかった。

 でも何故だろう、なんとなく、懐かしい気分を思い出す――。


「ったく、やっと止まったか……っ」

「ボク、もう走れ、ないぃ……っ」


 聞き慣れた声がして振り返るとソーマとユーリの姿が。

 ソーマは軽く息を切らしている程度だった、ユーリは地面に座り込んでいる。


「お前ら、どうして……」

「そりゃあっ、なぁ?」

「ウサをっ、追ってきたにっはぁ、決まってるでしょ……っ」


 息を切らしながらソーマが俺の方へと歩み寄る、ユーリもしんどそうではあったが無理やりに身体を起こして同じように歩み寄ってきた。


「お前らしくねぇなと思ったんでな」

「こうしてウサを追いかけたってわけ、授業も抜け出してね」

「オレら皆勤だったのになぁ?」

「まったくだよ」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 でも俺にはどうしても二人の行動が理解できなくて……。

 

「なんで……どうして。ほっとけばいいじゃんか……」

「……おいウサ、いや――


 ソーマの雰囲気が変わる、兎月……こう呼ばれるのはいつ以来だっただろうか。

 

「ほっとけだと? 馬鹿言ってんじゃねぇよ……他ならぬお前がっ、今にも死にそうな顔してるってのにどうしてほっとけるってんだ!」

「ソーマが怒るのも無理ないよね」


 ユーリも一歩前へ出る、いつものような雰囲気は微塵もない。


「兎月のことほっとけるわけないでしょ、そんな当たり前のこと聞かないでよね……親友でしょボクら」

「お前だってオレらが同じようなことしてたら真っ先に追いかけんだろ、お前の身に何か起きてるってんなら力になってやりてぇ、それだけだ」

「……っ」


 さも当たり前のように言ってのけた。

 そんな二人の言葉に感謝と申し訳なさと、安堵感が胸を占めてうまく言葉が出ない。


 固くなったオーラを崩していつものようなソーマに戻る。

 彼は振り返り、公園全体を見回してから口を開いた。


「つーか、この公園懐かしいな」

「……ソーマこの公園知ってるの?」


 ユーリには全く記憶にない、といった様子だ。もちろん俺にも見当がつかない。

 だが――。

 

「いや、知らね」

「はぁっ!? ぶっ飛ばすよ!」

「痛たっ、もう殴ってるじゃねぇかっ! 手止めて見てみろよユーリっ、ウサもな。なんとなく似てねぇか、オレたちが出会った頃の公園に」


 ソーマの言う通り辺りを見回す。

 言われてみると確かに見覚えのある雰囲気が。

 世界が違うのに、先程も感じたような懐かしい感情が湧いてくる。


「……言われてみるとなんとなく似てるかもね、真ん中に時計台が置いてある辺りとか」

「だろ、ガキの頃を思い出すな~」


 二人の言葉に続いて俺も記憶を振り返る。

 あの時も確か――。


「ボクたち全員泣きながら公園に来たんだよね」

「そうそう、懐かしいな」


 ――俺は親が仕事で忙しく、構ってもらえない寂しさで。

 ――ソーマは親の期待に応え続けるための疲れで。

 ――ユーリは周りと違う、普通の男の子と違う疎外感で。

 ――ヒロシは友達にいじめられた悔しさで。


 泣きながら俺たちは出会ったのだった。


「あん時一番べそべそ泣いてたのユーリだったよな」

「はぁ~? ソーマが泣きまくってたんですけどぉ?『僕はもう嫌だ!』って泣き喚いてたじゃん!」

「あぁん? お前こそ『どうしてボクだけ……っ』ってわんわん泣いてただろうが!」

「どっちも同じくらい泣いてただろ……」

『おめぇ(キミ)も『お父さんとお母さんなんて嫌いだぁっ』って泣きじゃくってただろ!』


 ――全員悲しくて、悔しくて泣いていたんだ。


 だからこそ、境遇は違えども気持ちが同じだった俺たちはそれからもこの公園で自然と集まるようになり、気づけば互いを理解し自分を受け止めてくれる仲間となり――。


 ――俺は親と触れ合いない寂しさを、彼らと過ごす内に克服できた。

 ――ソーマは親の前で被っている仮面を、俺らの前では脱ぎ捨てられることで楽しさを覚えた。

 ――ユーリは自分という異端だった自身を、受け入れてくれる俺たちと出会い自分自身を手に入れた。

 ――ヒロシはいじめをする奴らとの縁を切り、俺たちという友を手にした。


 今日に至るまで俺たちは親友として、時には家族以上の絆を感じながら共に過ごしてきた。


「だからよ、あの時と同じだ。悩んでるんだったら言えよ」

「苦しいなら吐き出しなよ、辛いなら助けを求めてよ。ボクたちは親友だろ」

「……あぁっ」


 みっともないけれど、それでも確かな安堵感が湧き上がって、二人の前で涙を流し続けるのだった。


 ――


 脳裏に浮かぶ光景のことを二人へ話すとゲームに関することだと確信に至り、ヒロシも一緒に聞いた方がいいと判断した俺たちは場所をヒロシ家へ移すことにした。

 

 電話で事情を伝えた後『そこで待ってろ』と言われ電話を切ると、1台のタクシーが迎えに。

 電話が来た時点で送迎の手配をしていたという。この男には本当何もかも驚かされる。



「――ってことが少し前からあってな、今まではイラつきのような気持ちが湧いてくるだけだったんだけど、今日に限っては具体的な映像みたいなのが流れてくるんだ」

「なるほどなぁ……」

「そりゃあおかしくもなるよね」


 二人は神妙にうなずいた。

 ヒロシは腕を組んで考えるような素振りをしている。


「ヒロシ、これってやっぱよぉ」

「原作の展開だな、セリフがもろに被っている」

「だよねぇ、ウサやソーマがそんな酷いことするわけないし、ボクは彼女らとしたいとも思わないしね」

「あの映像を見せられると本当にそうしてやろうと思うようになってくるんだ、俺は彼女たちを傷つけることなんてしたくない……、けど、本当に手を出してしまうんじゃないかって不安と恐怖で……っ」


 学校から逃げ去った時は無我夢中であったからか、あの映像が浮かんでこなくなったが。

 こうして彼女たちの顔を思い浮かべると『滅茶苦茶にしてやりたい』『俺のモノにしたい』といった感情が湧き上がってくる。


 クソっ、気持ち悪い……っ。


「転生という詳しい原理は女神に聞かなかったが、恐らくお前たちはこのゲームの元である陽キャたちに憑依する形での転生なのだと思う。だからウサの精神が成り代わる前の陽キャに浸食されているように思えるな」

「オレとユーリは全然影響受けてないように思うんだが」

「ねぇ?」

「性癖が強すぎて元の人格が負けたのだろう」

「どういう意味さ、ソーマならともかく!」

「お前だけには言われたくねぇよ!?」

「どっちもどっちだ」

『一番変態なのはお前だっ!』


 三人のやり取りに噴き出す。

 さっきまで嫌な感情が湧き上がっていたというのに、こいつらといるとすぐに忘れさせてくれる。

 

「それで、ウサはこのまま原作のウサと同じような感じになっちゃうの?」

「このままでいれば、或いはな」

「ふざけんな! 俺はあんな奴みたいになるなんて御免だ!」

「落ち着けってウサ、なぁヒロシどうになかんねぇのか?」


 ふむ、とヒロシは腕を組んで考える。

 どうにか……解決法はないのだろうか……。


 時間にして数分にも満たないけれど俺にとっては長い時間待っているような感覚の中、ヒロシが『もしかすると……』と口を開いた。


「ウサ、映像はともかくそういう気持ちが沸き起こったのはいつからだ?」

「アレはたしか……体育祭の打ち上げだったと思う」

「あぁ、あん時か」

「ウサ目に見えて嫉妬してたよね~」

「……だってさ、本来は無地来の奴が朱奈に〇コキしてもらって、碧依には〇イズリをされるって聞いた時になんかこう……イラつくじゃん」

「ふむ……」


 ヒロシは何かに思い当たったように頷きをする、続けて質問を投げかける。

 

「最近は炎珠朱奈、氷音碧依、それに無地来翠ともそれなりに距離が縮まってきたんだったな」

「もうゲームクリア間近ってくらいにね」

「修羅場でゲームオーバー感あるけどな」


 前よりも仲良くなれたと思っているが朱奈と碧依は友達の枠を超えてないし、翠に限っては兄妹みたいな関係になってるし……二人の考えるようなアレでは全くない。


 だが二人は俺の心の中を見透かしたように溜息を吐き。


「こりゃ重症だな」

「なんせ今まで恋愛ごとに興味示してこなかったからねぇ」

「……うっせ」


 つい文句が口から出たが、たしかに俺は今までそういったことに興味を示さなかった。

 もちろん将来的には好きなった女の子と恋人になって、そういうこともして……、将来を築けたらなんてことを考えてはいるけども。


 少なくとも転生前から、今はまだいいと思っている。その理由は――。


「お前はおれたちと居る事を大事にしすぎだ。もっと自分を優先しろ」


 ヒロシの言葉にハッとなる。

 完全に図星を付かれる形となった。


「ウサよぉ、もしかして恋人作ったらオレたちとは距離ができるとかそんなこと考えてんのか?」

「舐めないでよね、ボクらの絆はそんな弱いものじゃないでしょ?」

「そんなことは……いや、そうなのかな。そう思い込んでいたのかもしれない……」


 幼い頃から親に大事にされた記憶がない。

 別に虐待を受けたとか、はっきり嫌いだとか言われたこともない。今も両親は海外で仕事しているが毎月使い切れないくらい大量のお金が振り込まれる。

 

 ただ二人の一番は仕事であって、息子である俺は二の次なのだ。


『兎月は手の掛からない良い子だね』

『お父さんたち安心して仕事に行けるよ』


 違う……そうじゃない。

 良い子でいれば親からもっと構ってもらえると思ったから俺は……っ。


 気付いた時には無駄だった。

 無力感で泣いていたところにこいつらと出会ったのだ。


 だから俺にとって家族という存在は、両親ではなく。

 ソーマ、ユーリ、ヒロシの三人が何よりも大事で、失いたくないと思う存在だった。


 もし俺に好きな子が出来て、その女の子へと夢中になってしまったら……両親と同じように彼らと関わることがなくなってしまうんじゃないかって思うようになっていたんだ……。


「そもそもオレだってしょっちゅうお姉さんたちと遊んでるけど、こうしてお前らと過ごすのは変わらないしな」

「ソーマの言う通りだよ。ボクたち小さい頃からずっと一緒に過ごしてきたじゃん。こうしてみんな揃って転生するくらいにね。恋人できたくらいでボクらを蔑ろにするかもとか考えちゃダメだよ」

「むしろおれたちからお前に構ってもらいに行くぞ」

「行くぞって、お前家から出ないじゃん」

「スマホで呼びだす」

「ぷぷっ、なにそれヒロシらしいねっ」


 三人とも思い思いに言葉を続ける。ヒロシに至っては相変わらず過ぎて言葉も出ない。

 だけれど、彼らの言葉に救われる、許されるような気持ちが広がっていくのがわかる。

 

「だからウサ、やりたいようにやればいい。おれたちはずっと親友だからな」

「そうだ、早く彼女の一人や二人作れよ。オレとお姉さんたちのWデートと洒落込もうぜ」

「もちろん、ボクはいつでも待っててあげるよ。女の子に興味がなくなったらコッチにくるといい」


 彼らの言葉にグッとこみ上げるものが。

 なんだよクソっ、今日俺泣いてばっかじゃん……。

 でも彼らはそんな俺を笑うことなくただ見守ってくれていたのだった――。


 ――


「気持ちの整理はついたか」

「あぁ、もう大丈夫だ」


 どれくらい泣いていたのかわからないけど、涙を流し終えた俺の心の中はスッキリとしていた。

 まるで憑き物でも洗い流されたように。


「改めて聞くが、炎珠朱奈、氷音碧依、無地来翠のことをどう想ってる?」

「……好きだ。許されないと思うけど、全員好きになっちまった」

「今彼女たちのことを考えて例の映像は浮かんでくるか?」

「……全く出てこない、モヤモヤした気持ちは残ってるけど……、でもその理由がハッキリわかる。無地来の奴に彼女たちを取られたくない、彼女たちを俺のモノにしたいって」

「つまり? ウサが原作のシーンを見せられてたのって」

「無地来への嫉妬心で同調してたとかそんな感じなの?」

「似たようなものだな、彼女たちへの気持ちを自覚してなかったから元の人格に精神が乗っ取りかけられていたのだろう」

「そうだったのか……」


 彼女たちのことを考えると常にあの映像が浮かび上がってきていた。

 このまま自分の気持ちを自覚しなければ、多少結果は違くとも彼女たちを傷つけることになっていたのかもしれない。

 そう考えると胸が張り裂けそうになるほど苦しくなった。


「だが、今のウサならば大丈夫だろう、元の人格に乗っ取られる心配もない」

「……そっか、でもそれならこれからは――」


 と、その時来客を告げるチャイムが鳴る。


「お、いいタイミングで来たな」

「ウサ出てきなよ」

「いや、誰が来たんだよ」

「行けばわかる」


 三人に促され玄関の方へ向かう、扉を開けるとそこには――。


「……碧依?」

「ウサ、もう大丈夫?」

「なんでここに……」

「二人にこれを頼まれたから」


 そこに居たのは碧依だった。スッと持ち上げたのは俺の鞄だ。


「あぁ、そうだったのか。鞄持ってきてくれてありがとう」

「うん、大丈夫。それより……」


 碧依が俺の目を覗き込む為距離が一気に近づく、彼女の顔が近いのと、女の子の柔らかな香りがふわっと漂って胸が高鳴る。

 

 心拍数が上がるのは感じたけれど、さっきまでの映像が流れることはなかった。


「良い顔してる、わたしの大好きなウサに戻った」

「あぁ、心配かけたな……ってえっ、好きって、えぇっ!?」

「ん、ウサが好き、大好き、愛してる」

「ちょっ、何を――っ!?」


 碧依の唐突な告白、そして口へと当たる柔らかな感触。

 キスを……された!?


「あ、あお、い……っ!?」

「ふふ、これで2回目」

「1回目はいつ――!?」

「んっ……ちゅっぅ――」


 さっきよりも長く味わう様に口をあわせあう。

 まるで洋画のラブシーンのようなキスを交わした。


「3回目、だよ」

「……っ」

「貴方の心が落ち着いたらでいい、気持ちを聞きたい。ライバルは手強いけど、わたしのこの気持ちは誰にも負けない」

「碧依……」

「大好きだよウサ、んっ――」


 2回目、3回目よりも長いキスを交わす。

 受け身なのは変わらなかったけど、気づいたら彼女の背に手を回していた。


「んっ、はぁっ――。幸せ、じゃあまたねウサ、一緒に修学旅行回ろうね」

「あ、あぁ……」


 長いキスを終え碧依と別れを告げる。

 まだ頭の整理はついていないけれど、それでもたしかに少しずつ前に進んでいっている。


 この先の修学旅行で何かが変わる――そんな予感が確かにあったのだった。

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