第20話『碧依の居場所』
「おう、昨日はよく眠れたか?」
「おかげさまでな」
「氷音さんもうすぐ準備終わるって」
「あいよ」
朝、学校へ向かうため準備を終えた俺たち三人は食卓を囲っていた。
碧依は昨日泣いてしまったことで、メイクやらなにやら色々と準備が必要なようだ。
ここら辺は普段から女装しているユーリが詳しい為問題なく事が進んだ。
「その様子だと昨日聞いたのか?」
「あぁ、ヒロシからな」
「さすがにびっくりしたね」
昨日寝室へと別れるまではニヤニヤした様子だったのが、うってかわってこれだ。
どう考えても事情を察しているのがわかる。
「どうするつもりなんだ?」
「……俺が彼女に光をみせる、安心してこれからも生きられるように彼女の居場所をつくってみせる」
「へっ、いいじゃん。――絶対にやれよ」
「やり切らなかったら一生ウサちゃん呼びだからね」
もちろんわかってるさ、ウサちゃんは嫌だからな。
ズズッとみそ汁を啜る、インスタントであるが身体に染みて美味い。
彼女が安心していられる場所、ひとまず学外はヒロシ家という場所を作れた。
あとは――学校か。
クラス全員とはいかないかもしれない、けれどせめて俺たちとクラス内でも会話できるように居場所を作ってやる。それが今の俺の目標だった。
準備を終えダイニングへとやってくる碧依を尻目に決意を固めるのだった。
――
いつもの三人に加えて碧依も一緒に登校をする。
碧依もだいぶソーマたちに慣れたみたいで会話も滞りなく進んだ。
だが、学校が近くなる、ちらほら生徒の姿が見えてきたあたりで口数が目に見えて減っていった。
そして校門付近まで来た時には全く口も開かず、終いには俺たちから距離を取ろうとするのも見えた。
「碧依、一緒に行くぞ」
「で、でも……」
「こいつらはもう友達だろ、クラスも一緒なんだからこのまま行こうぜ」
「だな、急に離れると寂しいぜ」
「氷音さんこっちおいで」
ユーリの手招きによっておずおずと近寄ってくる。まずはほんの一歩であるがクリアだな。
校門では翠たち風紀委員が挨拶活動をしている。
翠の姿もある、この暑い中頑張るねぇ。
「あ、ウサ先輩おはようございますです!」
「おはよう翠、今日も頑張ってんね」
「えへへ役割ですから、友人1、2もおはようございます」
「数字呼びにもさすがに慣れたな」
「もはや落ち着くまであるよね」
他愛ない会話を交わして翠は後ろにいる碧依へと声を掛けた。
「後ろにいる先輩もおはようございます! この人たちと一緒にいるのは珍しいです」
「お、おはよう……」
「よくみたら見たことある人です、たしかお兄ちゃんがずっと話しかけてるような、その、胸を見て……。お兄ちゃんがいつもご迷惑かけてます」
「あ、うん……大丈夫」
女の子って男の視線に気づいてんだな……俺も気を付けよう。心の中で反省をする。
「俺は元々碧依と友達だったけど、昨日からこいつらも彼女と友達になったから翠も教室来たときはよろしくな」
「はい、よろしくです氷音先輩!」
「よ、よろしく……」
「ちょっと待てよ、そこは『ウサ先輩の友人3』じゃねーのか」
「納得いかないんだけど」
「先輩相手にそんな失礼なこと言わないですっ」
『オレ(ボク)たち先輩ですけど!?』
そこ翠らしく華麗にスルーして別の生徒へと挨拶活動を続けた。
二人は納得いっていないがそういうものだということで諦め、玄関口へ歩き始めた。
「大丈夫、今の翠みたいに普通に話せる奴もいるんだ。全員が全員碧依に対して嫌なこと思ってるわけじゃないんだ」
「でも……」
「今の碧依は噂が先行しちまってるんだ。だからさ本当の碧依はこんなにもいい子で、噂にあるような女の子じゃないんだってこと、ゆっくりでもいいからみんなに証明してやろう」
「……できるかな」
「大丈夫、俺たちがついてる。一緒に頑張ろう」
「……うん、がんばってみる」
彼女の承諾が得られたところで『おーい、置いてくぞ』とソーマから呼び掛けられる。
何の気もなく無意識に彼女の手を引いて玄関口へと俺たちは向かっていった。
教室に着き、各々鞄を置く。
俺たちの席は以前も挙げたが真ん中列の最後方だ。
真ん中は二列になっており、一番後ろが俺、ソーマとユーリが前にいる形になっているんだが――。
何故だか俺の隣は空席になっている。不自然だよなー。
今まで『いつか転校生でも来る用に空けてんのかな』となんにも気にしていなかったが、きっとこういう時のために用意されていたのだろう、ありがとうエロゲ世界。知らんけど。
「碧依、こっちこっち」
鞄を置いた碧依をこっとへ呼び寄せる。
彼女は遠慮がちながらもトコトコとやってきた。
空席である椅子を引き座るように促す、碧依はそれに従ってストンと腰を降ろした。
「来てもらってさっそくなんだが……」
「うん……」
「特にすることはない」
「え、えぇ……」
「することがないのが重要なんだ、ただ友達と喋って過ごす、自然にな」
二人とも『そうだ』と続く、そもそも俺らだって毎日適当に喋っているだけだしな。
まぁこうしていると最近だったら――。
「氷音さんがあなたたちに交ざってるの珍しいね」
すっかりお馴染みとなった朱奈がやってくるのだ。
「お、朱奈。今日も無地来は寝坊か?」
「わからないわ、今日は声を掛けてないもの」
「あれ、寄りもしてないの?」
「うーん……色々と思うところがあってね」
なにやら複雑そうな顔をしている、きっと何か心境の変化でも起きたのだろう。
その理由については皆目見当もつかないが、まぁ無地来が遅刻しようと関係ないしいいか。
「それで、氷音さんがここに居るのって?」
「あぁ、深い意味は無いんだ。昨日一緒に帰ってもう一人いる俺らの親友の家でゲームしたんだ。んで、こいつらとも友達になったからこうやって喋ろうぜって感じ」
「そうだったんだ。……私誘われたことないんだけど?」
「誘ったことないからだが?」
「――っ!」
「何故睨む」
「睨んでませーん、こういう目付きなんでーす」
不満そうに『フンッ』と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。何故だ。
「ウサが悪い」
「ウサが悪いね」
「はぁ!?」
どうやら俺が悪いみたいだ。なんでか知らんけど。
そうこうしている間にも『ちらっ』とこっちの様子を朱奈は伺っている。声に出して『ちらっ』って言うなよ……可愛いじゃん。
「……今度来るか?」
「いつ!? 今日!?」
「食いつき早っ!? じゃあ今日来るか?」
「約束したからね! 先に帰っちゃダメだよ!」
「へいへい」
約束を取り付けると今度はご機嫌になられた。
全く意味が分からん。
とはいえ機嫌が戻ったならいいかと納得していると。
クイッと袖が引っ張られる。
「……ずるい」
「いや、昨日一緒に帰って遊んだよね」
「今日は……ダメなの? わたしも友達でしょ」
「いや、そりゃ……もちろん」
「一緒に居てくれるって」
「わ、わかったって! まぁヒロシのことだから大丈夫だと思うけどさ」
「ウサは?」
「え?」
「ウサは……どうなの?」
「……来て欲しいよ」
「うん、じゃあ今日も一緒に帰る」
こちらも自分で納得したようで笑顔になられる。
一方で朱奈が少し不満そうにしている。どうなってんだよこれ。
「やっぱり刺されてバッドエンドになりそうだね」
「だな、2周目に期待だ」
不吉なこと言うんじゃねぇ!?
2周目なんざあってたまるか。
「何なに~? 楽しそうな話?」
「朝からにぎやかね」
多谷と一条も合流してきた。
こっちから声を掛ける前にいつもの面子が集まったな。
「二人ともちょうどいい所に来たな。クラスメイトだし今更紹介ってのも変な話だけど、俺のサボり仲間の碧依だ」
「氷音さんも帝君に唆されちゃったんだね……」
「かわいそう、飴食べる?」
「おいこら待て」
朱奈をサボらせた時と同じようなこと言ってやがる。
このお嬢さん方は俺のことなんだと思ってんですかねぇ。
「いったいいつ氷音さんを引っかけたの?」
「気づいたら居たんですぅ~!」
「帝君が悪の道に引きずりこんだんじゃないの~?」
「むしろ付いてこられたんですぅ~!」
「なんでだろう、ウサくんは本当のこと言ってる気がするのに信じられないのは」
「まぁウサちゃんだし」
「ウサちゃんだからねぇ」
ウサちゃん言うなっつってんだろ。ていうかお前らはフォローしろよ。
「ウサは……わたしの初めての友達、だから」
そろそろソーマたち相手にリアルファイトでも開催するかと考えていると碧依が口を開いた。
「独りぼっちだったわたしに……ずっと一緒に居てくれた大事な友達、だから……。ウサは悪なんかじゃない、よ……」
たどたどしくながらも懸命に俺のフォローをした碧依。
彼女の甲斐甲斐しく喋る姿に一条と多谷は……。
『か、かわいい~!』
目をキラキラさせていた。
あ、これ避難が必要なやっ――!?
やばいと思ったのも束の間、俺は席から吹っ飛ばされた。
「氷音さん可愛い! 可愛いよぉ~!」
「私たちとも友達になって!?」
「あ、あの……」
二人に前後から抱き着かれ慌てている碧依の姿が想像できる。
何故想像に過ぎないかというと床に突っ伏しているので前が見えないからだ。
「ウサくん、大丈夫……?」
「大丈夫じゃない……」
「南無」
「成仏しろよ」
「勝手に殺すな!」
コメディのようなやり取りを繰り広げたわけだが、視界を戻すと変わらず二人は引っ付いている。
まぁ、目的通りだからいいんだけどさ。
「朱奈もさ、碧依のこと頼むよ」
「と、友達って頼まれてなるものじゃないでしょ」
「スタートなんてさ、なんだっていいんだよ。友達になった。その結果だけ得られればいいんだ」
「ぷっ、なによそれ」
笑いながらも朱奈は碧依の元へと寄っていく。
相も変わらず揉みくちゃになっていたが、朱奈が近づいたことで一旦は落ち着く。
「氷音さん、私とも友達になってくれる?」
「……うん。わたしの方こそ……お願いします」
互いに手を取りそして微笑み合う。
これで俺たちと共にいる光景を馴染ませればそのうちクラスメイトからも声を掛けられるようになるだろう。
彼女の居場所を作る。
学校という場所が彼女の痛みにならないための目的はなんとか達成できそうだと確信したのだった。
――
余談だが。
「イ"ェ"ア"ァ"ーッ!?」
「ひっ!?」
放課後朱奈を約束通りヒロシ家に連れてったらヒロシが超絶に発狂してた。
「神絵師のヒロインが二人もおア"ァ"ーッ!?」
「だ、大丈夫なの……?」
「大体いつも通りだから」
「そうそう」
「すぐ慣れるよ」
「……昨日で慣れた」
「そ、そうなの?」
そんな感じで楽しく遊んだ。
さすがに今日は碧依も泊まることなく『お母さんたち二人で旅行に行ったから今日は安心』との事だ。
そしていよいよ運命の夏休みを迎える前に、とあるイベントを残すのみとなった――。
はずが、まさかあんなことが起きるとは今の俺には予想もつかないのだった。
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