第19話『貴方はわたしの光』

「ほ、ほんとうに、いいの……?」

「はぁ……」


 深夜、そのままヒロシ家へと泊まることになった俺たち。


 普段からヒロシ家に泊まる時は一室を使って雑魚寝で寝るのだが、さすがに碧依は女の子というわけで急遽別室を用意することになった。

 このバカでかい豪邸に一人で住んでるのだから部屋自体は余っているのだ、そういう意味では何も問題はない。


 いつ用意されたのかわからないベッドを尻目にせっせと部屋が使えるよう準備を行う。

 元々使っていない部屋だったので軽く換気と掃き掃除程度で用意は終わった。

 

 さぁこれで問題はなくなった。となったところでヒロシの奴が突然意味の分からないことを言い出す。


「ちょうどお前たちが使っている部屋が偶然にも3人しか寝られなくなってしまってな、ウサは悪いんだが氷音と同じ部屋で寝てくれ、本当に何故だろうな」

「何言ってんだこいつ」

「わりーなウサちゃん、この部屋3人用になっちまったんだ、何でだろうな」

「何言ってんだこいつ」

「ヤるならボクらの部屋まで響かないようにしてね」

「何言ってんだこいつ」


 というわけで碧依と同じ部屋に押し込められることになった。

 部屋の中には先程も見たシングルベッド1つ。

 いつ、何の為に、どこから調達したんだよこれ。


「じゃあ……寝るか」

「うん」


 互いに緊張が隠せずおずおずと両サイドからベッドへと潜り込む。シングルベッドなので必然的に肩がくっ付くくらいに密着することに。

 用意しとくならせめてダブルベッドにしやがれってんだ。


「狭くないか?」

「大丈夫、もっとこっち寄ってもいいよ?」

「いや、さすがにそれは……」

「じゃあわたしがもっとそっちに行く」

「何故!?」


 忘れていた、この娘めっちゃ積極的なんだった。

 以前に空き教室でドギドキさせられた思い出が蘇る。


「落ちちゃうから、ウサももっとくっついて……」

「わかったよ……」


 彼女の方へ身体を寄せる、無意識か向き合う形となってしまった。


「わたし、友達の家に泊まるのなんて初めて……、うぅん友達と遊ぶのも初めて」

「初めてだらけだな」

「うん、でも友達が増えたのは2回目、初めての友達はもちろんウサ」

「そっか、俺の初めてのサボり仲間も碧依だぞ、俺たち初めてを共有した仲間だな」

「……嬉しい」


 彼女は笑みを浮かべて俺の顔を見つめる。

 湯上りの影響もあるんだろうが頬も赤い。


 ――碧依の破壊力たっか……。


 ただでさえ元が超絶美少女だというのに。

 彼女が着ているのは俺がヒロシ家へ置いていっているTシャツとユーリのショートパンツ1枚。


 さすがにヒロシでもゲーム、ベッドは用意していたが服まで用意はしていなかったようだ。


 これは風呂へ入る時に起きた出来事。

 寝るための服、下着が無い問題が発生。元々泊まるつもりで誘っていないわけだから当然替えの用意などあるはずもない。


 女性物の服はユーリが持ってはいるのだが、如何せんユーリは男なので胸はない。あったら困る。

 碧依は知っての通り誰もが目を奪われる程の身体つきをしている。ユーリの物だと下はともかく上は着用すること自体が出来なかった。

 

 じゃあどうするか、コンビニだと碧依のサイズは取り揃えていないだろうしなと考えているタイミングで『これを着るといい』とヒロシが渡したのは何故か俺がここに置いているTシャツだった。


「いやさすがに俺のシャツは――」

「これがいい」

「えぇ……」


 その後『一度着た後、できれば汗かいたものがあれば尚いい』と言い出した時はさすがに頭を抱えましたよ。

 ソーマたちはゲラゲラ笑っていたけど。ショートパンツはユーリの物でも履けそうだったのでそれを持っていき風呂場へと消えた。


「このゲームに風呂覗きイベントってあんの?」

「無地来白が炎珠朱奈の着替えに出くわすシーンならあったが、氷音碧依は風呂も着替えもないな」

「残念だったねウサ」

「あってたまるか、そもそもヒロシ家に来るイベントなんざねぇだろ」

「たしかにな」


 くだらないやりとりをしてしばらく経ち――。


 入浴後を終えTシャツ姿となった彼女。

 ユーリが持っている女物のショートパンツを履いているとはいえ、ぶかぶかのTシャツ、主張の強い胸囲、ショートパンツにより露になる女子高生の生足のコンボ。


 なによりも下着類は……履いていない。明日着る為に洗濯に回したからだ。

 ノーパンノーブラという最強のカードも合わさり、今の碧依は戦闘力∞と言っても過言はない。


 ゲームの技で言うなら『いちげきひっさつ』級だ。

 

 この姿に俺はもちろんのこと、さすがに年上好きのソーマでも『これはやべぇな』と直視できなかった。ヒロシは昇天。

 ユーリはまったく興味を示してなかった。さすがである。


 以上、振り返り終わり。


 改めてベッドの中で手が触れ合うほどの距離にいる彼女を上から下へと見る。

 

 ショートとはいえ湯上りで髪が降り頬には少し赤みが掛かっている。

 身体の方はノーブラでTシャツ1枚、あの浮き出ている2つの突起物ってもしかしていわゆるアレですか、アレなのか……っ。


「ウサ……」


 そっと彼女が呟く。それと同時に下腹部に血流が流れていくような感覚に陥る。

 

 ――俺のアレが見事に主張をしていた。

 

 抑えられるわけがなかった。


 ――なんだこの展開、エロゲか?

 ――俺はエロゲの世界に来ているのか?

 ――そういえばエロゲの世界に転生したんだったな……。


 謎の自問自答をしながら必死に理性を抑える。


「ウサ……」

「ち、違うんだっ、コレは決してそういうつもりなんじゃなくて、男なら仕方ないというか、ちょ、ちょっと鎮めてくるからっ」

「待って」


 ベッドから抜け出そうとしたが腕を掴まれ失敗に終わる。

 

「我慢できないなら……いいよ?」

「……は?」


 頭の理解が止まる。今なんて言った?

 しかもその間に彼女は身体を起こし俺の上に跨った。


 俺の主張しているアレが彼女の股の部分へと当たる。


「興奮、してくれてるんだね」

「あ、碧依さん? ちょっとあの!?」


 彼女の手が俺のアレへと触れる。その手付きの気持ち良さに思わずビクンと身体が震える。

 

「いいよ……わたし貴方になら……何されてもいいよ」

「バカ、何言ってんだよ、こういうのは段階とかムードとかそういうのが大事な訳であって、場に流されてヤるようなもんじゃ……っ」

「大丈夫だよ……慣れてるから」

「……え?」


 急速に体が冷えていくのがわかる。


 ――

 それはどういう意味で?


「男の人が興奮した時どうするのか知ってる、どうすれば鎮まるのかも知ってる。今までもしてきたから」

「もしかして……経験があるのか?」

「うん」


 経験がある、つまりは処女ではないということ。

 碧依は処女ではないのか……、だから今もこうして落ち着いていられるのか。


 そっか……。


 唐突だが俺は処女厨ではない。相手が経験豊富だろうと自分が好きなった相手なら問題ないと考えているからだ。

 ただ自分が卒業する時は相手とその……イチャイチャしながらセックスしたい気持ちはある。


 だから俺は彼女の男性歴を気にしない。

 だけど、を考えると……確かめなくてはいけない。


 嫌な予感がする、どうか違っていてほしいと。

 碧依は好きなった相手と身体を重ねたことがあるんだと、そう言ってほしいと願う。


「碧依……、その経験はどうやって?」

「お母さんが連れてきた男の人から……無理やり押し倒されて」


 彼女は俺の願いとは裏腹に真逆で残酷な事実を告げる。


「中学生の時、お母さんが居ない間に身体を触られた。怖くて気持ち悪くて振り払ったんだけど『この家に居られないようにしてやろうか』って言われて……。追い出されたら行くところなくなっちゃうから……それで無理やり。それ以降も別の人にもされたことが何度もあるから……、だから慣れてるよ」

「……っ」


 淡々と碧依は語る。

 俺は胸が張り裂けそうな気持だった。

 

「あの人たちもセックスしてる時は褒めてくれた『お前は名器だ』『身体だけは最高だ』って、だからウサも満足させられると、思うから……」

「もういい、大丈夫だ。それ以上言わなくていい……ごめん」

「なんで謝るの? 男の人はそうしたいんでしょ、だから大丈夫だよ?」

「大丈夫、大丈夫だから。俺は碧依を嫌うことは絶対にしない、無理やり求めることもしない。だから自分を売るようなことを言わないでくれ」

「だってみんな私の存在価値はその身体だけだって、お前が生きている理由は男を悦ばせるためだって、お前の価値はセックス以外にないって――」

「そんなことあるもんか!」


 我慢が出来ずに声を張り上げた。

 碧依は目を見開いて俺を見続ける。

 

「そんなこと絶対にありえない、俺が認めない! 碧依の価値がその身体だけだって!? ふざけんな!」

「ウサ……?」

「碧依の生きる意味はある! 俺が認めてやる! お前と一緒に授業をサボって、一緒に遊んで、話して、笑い合う毎日が――っ、碧依がそこに居てくれないと嫌なんだ!」

「わ、わたし……っ」

「碧依の価値が身体だなんて思ったことも一度だってない! 確かに碧依のことをそういう目で見たことないって言ったら噓になる、でも俺はっ、碧依とそういうつもりで付き合い続けてきたんじゃない! 氷音碧依って言う一人の女の子と一緒に居たいから俺は君と友達になったんだ!」

「ウサ……あれ、わたし――なんで涙が」


 碧依の涙がポタポタと俺の顔へと垂れてくる。そんな彼女を俺は抱き寄せる。

 覆いかぶさっていた碧依は俺の胸元へと倒れこむ形となった。


 女の子と一緒に寝るのが恥ずかしい?

 そんなこと既に頭になかった。下腹部の熱は既に治まっている。


 今はただ、涙を流す彼女を慰めたい、ただそれだけしか頭に残ってなかった。


「約束するよ、たとえ何があっても俺は君の傍に居続ける、君の理解者であることを誓う、君が生きていていいと俺が一緒に証明してやる」

「ウサ……わたし――っ」

「よく今まで耐えたな、辛かっただろ。だから……泣いていいんだ」

「うぅ……っ、ウサ……うぅ、うぁ……っ」

 

 胸に顔を押し付け彼女は静かに泣き続けた。


『彼女を幸せにするのならあのゲームの中身のままでは一生叶わないことだ。それ程までに彼女が抱える傷は大きい』

『彼女の心を受け入れてやれよ、それがどんなに辛く、苦しいものであってもな』


 あぁヒロシ。お前の言葉の意味がわかったよ。

 これはゲームの陽キャには出来ない、今の俺帝兎月だからこそ理解してあげられることだ。


 ただ黙って彼女の頭を撫でながらある決意を固めるのだった。


「俺が必ず……君に光を与えてみせる」


 心で思っていたのが無意識に口に出る。

 泣いてる彼女の耳に届いているかはわからない。

 

 ――必ず俺が……碧依の光に、君の生きる希望になってみせる。


 






 ――

 

 窓から差し込む明かりは太陽でなく月、目を覚ますには早い時間。

 彼女はひとり、彼の腕の中で目を覚ました。


「寝ちゃってた……」


 目がヒリヒリする、それはきっと涙を流したせいだろう。


「ウサ……」


 顔をあげ眠りにつく彼の顔を見る。

 リズムよく息を立てて眠りについている。完全に熟睡しているようだ。


『俺が必ず……君に光を与えてみせる』

「全部……聞こえてたよ」


 兎月の胸で泣いていたあの時、彼が発した言葉は確かに碧依の耳に届いていた。

 

「ありがとう……ウサ」


 彼の胸元へ顔を寄せる。暖かさと幸福感が碧依の身と心を包み込む。

 彼の傍にいるその時だけ碧依は何もかも忘れて幸せに浸れるのだ。

 

「光はもうある……。ここに――ウサ……貴方はわたしの光。――大好き、愛してる」


 そっと兎月の口へ自身の口を付ける。

 口づけをするのは初めてではない、無理やりされたあの時から何度も貪るように求められた。


 でも――。


「これが、これこそがわたしのファーストキス、最初で最後のわたしの運命の人……」


 のこと。

 これはまごうことなき事実である。

 

 願わくば次は……彼からキスをしてもらえるようにと彼女は願い、愛する人の腕の中で再び眠りについた。

 

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