第17話『君の居場所を』
朝、学校にて。
いつものように3人で駄弁っているところに――。
「ウサ先輩来たです!」
「おう、おはよう翠」
妹ちゃん――翠がいつものようにやってくる。
あの風紀委員会での手伝いの日から翌日。いつものように睨みながら『帝兎月!』と指差すことはなく、笑顔で俺の側へと駆け寄ってきた。
「ウサ先輩!」
「なんだ?」
「えへへ、名前を呼ぶ練習ですっ、みんなの前でもあなたの名前を呼ぶ事に慣れないといけませんからっ」
ニコニコと手を取りながら『ウサ先輩!』と名前を呼び続ける。
その様子を見た親友たちは――。
「いくらなんでもデレすぎじゃね?」
「やっぱりヤッたんだ……ボク以外と……」
ひそひそと話しているが全部聞こえてるぞ。
やましいことは何もしていないし、ユーリは後でぶっ飛ばす。
「とはいえ順調ってことだな、このままなら夏休み待たずに終わるんじゃねぇの?」
「めでたくハッピーエンド、君には追加コンテンツで『ユーリ編』が待ってるよ」
「暑さで頭がおかしくなったか?」
今日も暑いから頭のネジが吹っ飛んだんだろう。
後で殴っておけばいい感じに直るだろう。昔はテレビを叩いて直してたなんて言うしな。
「なに訳のわからない話をしてるんですかウサ先輩の友人1、2」
「つーかこいつは『ウサ先輩』に昇格で」
「ボクたちは数字のまま変わらないんだね」
「ウサ先輩は『先輩』なんだから当然です!」
『オレ(ボク)らも先輩ですけど!?』
はっ、ざまぁ。よくやったと意味を込めて翠の頭を撫でる。
彼女はソレに拒まず『えへへ』と笑顔になる。
そんなやりとりをしていると朱奈が声を掛けてくる。何故かジト目で睨みながら。
「へぇ~……」
「なんだよ朱奈、何か言いたそうじゃん」
「べつにぃー、早かったなぁって」
ふん、と顔を背けられてしまった。終いにはぶつぶつと『私の時は1年以上も掛かったのに』って言っている。
「そもそも翠ちゃん、いくらなんでもベタベタしすぎじゃない? お姉ちゃんそういうのは良くないと思うな~」
「でも朱奈お姉ちゃん、ウサ先輩は私のことを妹みたいに好きって言ってくれたし、私もお兄ちゃんみたいに大好きってことで好き同士問題ないよ」
「好き!? あなたたち付き合ってるの!?」
「翠が今言ったじゃん、妹みたいだって」
「ま、まぁ? 私としてはウサ先輩がそういう意味であっても、別に構わないというか嬉しいというかその――」
「で、でもそれにしたって……」
恨めしそうに俺を睨む、何で俺が睨まれるんだよ。
後ろでは親友たちがニヤニヤと楽しそうに見ている。見てないで助けやがれ!
「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られるっていうからねぇ」
「オレたちは見守らせてもらうよ」
「覚えてろお前ら……」
肝心な時に役に立たない親友共である。
視線を再び彼女たちへ戻す。
「お姉ちゃんにはお兄ちゃんがいるから関係ないはずだよ」
「は、白は関係ないし!」
「でもお兄ちゃん『将来は朱奈と結婚する』って今でも言ってるよ」
「~~っ、そんなの昔の約束だもん! それよりウサくんは私とこれから授業をサボるんだから、そうだよねウサくん!」
「え、そうなの?」
「なぁっ!? 風紀委員の私を前にサボるだなんてよく言えましたねウサ先輩!」
「え、俺何も言ってなくね?」
「修羅場になってんじゃん」
「刺されてゲームオーバーの流れかな?」
不吉なことを言うんじゃねぇ!
この様子を見た朱奈の友達である一条と多谷が面白そうとさらに交じってくる。
「朱奈やきもち妬いちゃってる」
「そ、そんなんじゃないしっ」
「うんうん、私にはよくわかってるよ」
「無地来君の妹さんもすっごく可愛い~」
「ひゃぁっ!? 急に抱き着いちゃダメですっ」
ひとまず修羅場は逃れられたようで助かった。二人からは『貸しだよ?』的な目配せが飛ぶ。
はい、高級店の菓子折りを用意させて頂きます。
「はぁっ……間に合った……っ」
無地来は今日も寝坊したようである。
いい加減学習せんのかこいつは。
そんなこんなでクラスはいつも通り喧騒が止むことなく過ぎていく。
「ウサ……」
碧依が寂しさを漂わせながらそっと呟いているのを俺は聞き取ることが出来なかった――。
――
午後の授業中。
今日も真面目に授業を受けている。
最近では登校後と休み時間の度、周囲に人が集まってくるので抜け出す機会が減ってしまった。
俺のアイデンティティが崩されていく気がする。
普通に考えれば授業を受けることは至極真っ当なことであり、そろそろ留年の危機が迫っていると脅されたばかりなので何も問題がないはずなのだが。
なんかこうね、サボりというか息抜きはやっぱり必要なことだと思うんですよ。
窓の外を見る、外は良い天気である。
中庭で昼寝したら気持ちよさそうだな。
「……あれ?」
外を見たから気付いた。
碧依の姿がない。
サボる機会が減ったということはつまり、碧依と話す機会が減ってしまったということだ。
碧依は友達がいない。彼女自身がそう話している。
そして彼女に関する変な噂は未だ消えていない。故に話しかけようとする人はいない。
体育祭の件で少しは周りの見る目も変わったかもしれないと思ったが、アレはアレ、コレはコレというもので悲しいことにいつものように戻ってしまった。
ソーマやユーリは勿論のこと、朱奈たちも彼女とは仲良くなれそうな気もするんだがな。
唯一体育祭前から無地来だけが声を掛けてはいるので普通に考えれば孤立しているクラスメイトに声を掛ける良い奴と思っていいはずなのだが、目線が常に胸にきていることを碧依が気付いているため『気持ち悪い』と言っている。
報われない奴……。
そういうわけで彼女が気兼ねなく話すことができるのは今の所俺だけである、但し誰の目もないサボり場でだけ。俺でさえ教室では手を振る程度のアクションしか取れない。
教室でも声を掛けてくれていい、むしろこっちから声を掛けてもいいかと尋ねたことがあるが『周りの目が怖い』ということで教室では声を掛けるのを遠慮してしまっている。
碧依が授業を抜け出すのはストレスが溜まった時。
ということは今の碧依は――。
「せんせー」
決意した俺は手を上げ先生に声を掛ける。
「腹痛いんで保健室行ってきまーす」
「帝、お前サボる気だろう」
「いやいや、ホントに腹が痛くてですね。あーいたい、このままだと漏れて恥かく、SNSで先生に恥じかかされたって拡散させて破滅させちゃうかも」
「恐ろしいことを考えるな全く。早く行ってきなさい」
「せんせーサンキュー!」
苦笑しながら授業を抜け出すのを許してくれた。
まぁ我が担任の耳に入って怒られることになるのは確定したが、いつものことなのでいいだろう。また靴でも磨くか、断られたけど。
さて、碧依はいつもの所だろうな。
「おーっす、碧依」
「あ、ウサ……」
いつもの校舎外れへと行くと碧依がソファに膝を抱えて座っていた。
目の端には涙の跡がうっすらと見える。
……相当ストレス溜まっていたのか。
「どうした、またお母さんが変な男とヤッてたのか?」
「それはいつもだけど……、違う」
「違うのか? ならいったい……」
「それは……」
碧依は少し話し辛そうに。
「あなたと……喋れない、から」
「……え?」
「ウサが、炎珠さんと無地来くんの妹とずっと一緒にいて……わたしとはもう喋ってくれないのかなって思ったら、ぐすっ……涙が出て……」
まさかのストレスの原因は俺だった。
何といえばいいか言葉が浮かばず『あー、そうなのか……』を言葉を選んでいると。
「ごめん、こんなこと言っても迷惑、だね」
「いや、んなことはない。しかしそうかぁ……」
何度も言うが碧依がこうして俺と喋ってくれるのはサボり場だけ、とはいえ最近の俺はサボりに抜け出すことが難しい。
今日のことも翠の耳に入るだろう。今日はニコニコと笑った顔を見せてくれるようになったが、きっとまた鬼のような形相へと戻るに違いない。短いデレ期間だったな。
とはいえ今は碧依のケアだ。彼女の隣へと腰を降ろす。
「悪かったな、最近はその、中々抜け出す機会がなくて」
「授業に出るのが当たり前だから、ウサの行動は良いことだよ。でも……」
「いや、碧依のことを気にかけてなかった俺が悪い。自惚れだけどさ碧依の一番の友達だって自分で思ってるからさ、気づけなくて悔しいよ」
「自惚れなんかじゃない、あなたは唯一の、わたしの心を許せる人だから……」
俯いていた顔を上げ互いの視線が交わる。
彼女の涙は今も止まらない。
今ここで慰めて涙を止めてくれたとしても、この先も同じようになるのが目に見えている。
問題は彼女の居場所か……。
彼女が人目を気にすることなく俺へ話しかけることが出来るようになれば――いや、それだけじゃダメだ。
結局問題の先延ばしだ。碧依の心を許せられる相手を増やさなければ意味がない。
彼女が人目を気にしなくなる、友達を増やす。この2点を目指さなければならない。
とは言ってもいきなり教室で話しかけ続けるのは碧依にとって嫌なことでしかない。
で、あれば――まずは他の人間ともコミュニケーションをとり学校外で慣らすことか。
それで慣れていけば、教室でも話せるようになるだろう、朱奈たちに翠も友達になれるかもしれない。
だったらうってつけの場所があるじゃないか――。
とある案が浮かんだ俺は奴へとチャットを送る。
返事はすぐ帰ってきた『OK』と。
「なぁ碧依、今日一緒に帰ろうぜ」
「え……」
彼女はキョトンとした顔を見せる。
――碧依が安心できるように俺が君の居場所を広げてみせるよ。
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