第16話『素直になれた翠』


「ういーっす、今日も暑いな」

「7月だからなぁ」

「プールにでも行きたいねー」


 いつものように学校にて親友たちと挨拶を交わす。

 ジメジメした暑さも嫌だが、ただ単に暑いのも良いものではない。

 クーラーが実用化されてる現代人で良かったよ。


「去年の水着どこやったかな」

「また買えばいいんじゃね?」

「新作見たいし今度買いに行こうよ」


 水着といえばこの男ユーリはもちろん女物の水着を着用する。

 男子更衣室から女物の水着来た男が出てくるんだぜ?

 もはや事件だろ。


「お、おはようございますっ!」


 呑気に夏の予定を立てていると教室へやってくるいつもの声。


 翠がいつものように教室入り口に立っていた。


「今日も来たか妹ちゃん殿は」

「暑いのに元気だねぇ~」


 彼女がこの教室へやってくるのはなにも違和感なくいつものように受け入れられている。

 周りの生徒たちはちらっと目をやるものの、いつものことかという感じで各々談笑へと戻る。


 当の本人、妹ちゃんは俺たちの所へやってくるのかと思えば。

 いつもと違う方向へ歩みを進める――無地来の所だ。


「お? 珍しいな」

「ウサ何かしたんでしょ」

「なんもしてねーよ」

「いや、昨日一緒に帰ってたはずだろ、ナニをしたんだ?」

「何もナニもしてねぇ!」


 邪推している所悪いが本当に何もしていない、ただ一緒に帰っただけだ。

 彼女は通り過ぎる一瞬の間こちらを一瞥したようだが、歩みは止まらず兄の元へと向かっていった。


「お兄ちゃんこれ、リビングに落ちてたよ」

「あぁ、今日の課題か。ありがとね翠」

「いつもギリギリになって準備するからだよ」

「いやぁ、朝は苦手だからさ」

「起こしに来てくれる朱奈お姉ちゃんに感謝するですよ」

「あはは、僕が頼んでるわけでもないんだけどね。朱奈の方も日課みたいなものだからさ、まいっちゃうよね!」

「はぁ……」


 いや、こないだも遅刻しかけて『朱奈なんで起こしてくれなかったんだよ』とか言ってただろ……。朱奈も溜息吐いてるし。


 朱奈の方も心を鬼にとはいっても、いきなり起こすのを止めてから連日のように遅刻しかける無地来を見てさすがに不潤に思ったらしい。ちょこちょこ今までのように顔は出しているみたいだ。


 というわけで今日は朱奈と登校出来てご満悦の様子。

 たまに勝ち誇ったような顔をしてくるのが腹立つわ。


 何に勝ったつもりなんだアイツは。


 お前が朱奈と一緒に登校してくるのなんざ当たり前のことだろうが。

 

 ……クソっ、今まで通りのはずなのに妙なイラつきが頭の中を占める。

 血圧でも高いのかねぇ……。


 用件が済んだと思われる翠はそのまま踵を返して――俺らの元を通り過ぎて行った。通り際にやはりちらっと視線は向いたが、やはり声を掛けることなく過ぎ去っていく。少し迷いのようなものを感じたのは気のせいだろうか。


「お前やっぱりナニしただろ」

「ナニもしてねぇっつうの」

「妹ちゃん追加コンテンツだしヒロシからも何も情報がないんだよね、何かしらのエロシーン回収したんでしょ?」

「ただ一緒に帰っただけだ!」


 訝しむ視線を止めない二人に溜息を吐く。

 めんどうだな、どう答えてこの場を凌ぐべきなのか頭を悩ませていると――。


「あ、あの!」


 自分の教室に帰っていったと思っていた翠が俺たちに声を掛けてきた。


「どうしたんだ?」

「え、えぇと、その……」

 

 何かを言いたいが言葉が出ないのか、迷いがあるのか。

 いつもと違いはっきりしない彼女に親友二人は『やはりナニがあったに違いない……』『ウサ、卒業したの? ボク以外の女で?』と邪推を続ける。ユーリは一度殴っておこうと思う。


「う、う、うぅ……っ」

「う?」

「う、うさ……っ、海開きが近いからってハメを外しちゃダメですよ帝兎月!」

「……」

「……っ」

「……」

「か、帰るですっ!」


 顔を真っ赤にして去っていった。

 二人は『なんだ、いつもの妹ちゃんか』『おもしろくねーの』と当てが外れたようで興味を失ってしまったようだ。


 彼女の叫び声もいつもの光景と化してしまっている為、クラスの喧騒は途切れることなく続いている。


 俺は二人に見えない所で息を吐いた。


「素直になれねぇなぁ……」


 名前を呼ぶ度胸がなくえらい遠回りをしたみたいだが、結局は何時ものような感じになってしまって逃げて行ったのだろう。


 けどそんな彼女を面倒とは思わなくて。


「可愛いとこあんじゃん」


 素直になれない生意気な後輩だが、それも彼女の良さだろうと受け入れているのだった――。



 ――


「おい、帝。ちょっと来い」

「なんすか?」


 長く面倒くさい授業とホームルームが終わり、さて帰るかと支度をしていると我が担任に手招きをされる。


 こういう時は大体面倒なことが待ってるんだよなぁ。


「お前、そろそろ危ないぞ」

「あー……、はい」


 危ないの意味は出席数とか授業態度など、そのあたりのことだろう。


「俺は自分の可愛い教え子を留年させるような措置はとりたくないんだ」

「はぁ……」

「だからわかるな?」

「うっす、何でもやります、任せてください。靴でも磨きやすかぐへへ」


 三下っぷりを披露し手を揉んでまさにゴマをするような素振りをとる。

 プライドなんてものは今捨てた。


 靴磨きは丁寧に固辞されあるところへ連れられた。そこは――。


「どうも〜、風紀委員(仮)帝兎月です。よろしくっす」

「……なにをやってるですか」

 

 お馴染みの風紀委員会室である、翠は呆れかえっていた。


 我が担任より『今なら従順だからこき使ってやってくれ』と雑に置いて行かれる。ひどい。


「じゃあ……帝君は無地来さんと一緒に修学旅行のパンフレットづくりをしてくれるかな」

「ういっす、無地来先輩よろしくお願いしやっす!」

「そのテンション止めるです……」


 というわけで翠のお手伝いをすることとなった。



 風紀委員会というのは真面目で堅苦しい、生徒会よりも謎に権限を持っているイメージというものが付き物だが。

 そういうのは空想上の話であって、実際の所は同じただの学生である。


「この時期のベストなサボり場は東棟の理科室、ここはマジで見回りも来ないし理科室ってなんかひんやりしてるから涼むのにも最適なんだよ」

「へぇ~、理科室は盲点だったなぁ」

「やっぱり一番リスク高いのは屋上かな、あそこ人が出入りしたって痕跡がめっちゃ残るから使い辛いんだよな」

「実はあそこトラップが仕掛けてあるの」

「え、マジ?」

「こら、言っちゃダメでしょ」

「そうだった、ごめんねー帝君。これからも無様に引っ掛かってね」

「んだよ俺もサボり場暴露したんだから教えろよな~」

「帝兎月が普通に馴染んでる……」


 この通り、コミュニケーションを交わすことが出来るのなら簡単に距離を縮めることが出来る。

 人間ってすげーよな。


「そっちの所、チェック入れるところが違うです」

「え、どこ?」

「ここです、もう、しょうがない人です」

「さすが無地来先輩! マジ頼りになるっす、超リスペクト!」

「その下手くそな芝居止めるです」

「うい」

「ふふっ、二人は仲いいね」

「まるで兄妹みたいだね」

「いつも帝君が何かやる度に『私が出るです、まったく帝兎月はしょうがない人ですっ』ってニコニコしながら行くもんね」

「あーっ、言っちゃダメですっ!」


 ほのぼのとした明るい雰囲気で作業は続いていく。

 そしてあっという間に下校が促される時間となった。


「僕らはそろそろ帰ろうと思うけど無地来さんは?」

「ここのイラスト完成させたいからもうちょっとだけ残ります」

「そっか、あんまり根を詰めないようにね」

「帝君、無地来さんのことよろしくね」

「あいよー、お疲れさん」


 翠を除いた他のメンバーたちが帰る。正直言うと俺が残る意味はないのだが、彼女が残ってるということなのでなんとなく付き合うことにした。


「帝兎月も無理して残らなくても大丈夫ですよ」

「んー、まぁいいんだけどさ」

「これは私が勝手にやってるだけですからあなたが付き合う必要は――」

「翠は俺の名前呼ぶの嫌になっちまったのか?」

「……うぅ」


 二人きりとなったのでこれ幸いと、ウサ先輩と呼んでくれない件を突っついてみる。


「い、嫌じゃないです、ただ……」

「ただ?」

「みんなの前でウサ先輩って呼ぶのが……恥ずかしくなっちゃって。男の人を名前で呼ぶなんて今までしたことないから……」

「なんだ、てっきり嫌われたのかと思ったよ」

「そんなわけないです! ウサ先輩のことは、その……本当の兄みたいに、お兄ちゃんよりも大好きですっ」

「……そっか、よかった」


 彼女が無地来よりも好きだと強く言ってくれたことに対し高揚感が高まる。

 もし今近くに無地来が居たら朝のあいつのように煽ってやったことだろう。


 ――お前の妹は俺のモノだ。


「……っ、なんだ今の?」

「ウサ先輩?」

「いや、なんでもない、それよりありがとな。俺も翠のこと好きだよ」

「へぁ!? す、好きですかっ!?」

「あぁ、いや妹のようにな! 言葉足りなかったな!」

「い、妹のようにですか……えへへそれでも嬉しいですっ!」


 えいっ、腕へと抱き着く翠。


「妹ならこうやってくっつくのは問題ないですね!?」


 にひっ、と煽るような笑みを見せる。こういう所は兄妹そっくりだな。

 

「へぇ? じゃあさ……」


 女の子に煽られたのなら男としては煽り返さないとなぁ?

 スッと腕組みを外す、瞬間『あっ……』とさみしそうな声を上げるがちょっと我慢しろ。

 

 ――もっとくっついてやるから。


 彼女の肩を抱き、ぐっと俺の元へ寄せる。


「これも兄妹っぽいか?」

「あ、あうぁぅ……」

「んー? どうなん?」

「……問題なし、です」

「そっか、じゃあしばらくこのままだな」


 こうして翠を抱き寄せたまま辺りが暗くなるまで二人の時を過ごしていたのだった――。


 その後、さすがに下校せねばならない時間になり昨日と同じように共に帰路につく。

 ひとつだけ違うのは……。

 

「えへへ、ウサ先輩の腕あったかいですっ」

「夏だしな」

「そういう意味じゃないですっ、ウサ先輩も素直じゃないです!」

「はいはい」


 委員会室の時と同様に、腕を組み肩を寄せて帰って行ったことだった。

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