第15話『素直になれない妹ちゃん』
先日の朱奈連れ出し事件(勘違い)から数日が経過した。
あの件を朱奈の友人たちは『そうだったんだ、てっきり帝君が朱奈を悪の道に誘ったのかと』『朱奈が帝君色に染められちゃったと思って、ごめんね~』と誤解を正すことができた。
いったい俺のことを何だと思ってるんですかねぇ。
しかし、誤解だと誠心誠意伝えているのにも関わらず――。
「ガルルㇽㇽッ!」
約1名、未だに許してくれない子が。
「いったい何を唸っているのかな妹ちゃん」
「帝兎月が逃げ出さないか見張るためです!」
「いやホント勘弁してって」
「ダメですっ、一挙手一投足目を離さないです!」
「そこまで俺を見てたいの? もしかして惚れてんの?」
「な、なにを言ってるですかこの変態!」
顔を真っ赤にしながら怒られた。
だってずっと見てるなんて言うから……。
「今のはウサくんが悪い」
「えぇ……理不尽に怒られてるのは俺だぜ?」
「乙女心はね、指摘しちゃダメなの」
「朱奈お姉ちゃぁん!……あれ、それだと私が帝兎月のこと――っ」
何かにハッとしてから再び俺を睨みつけ獣のように唸り始めた。
え、今のも俺が悪いのか?
「ウサくんが悪い」
「帝兎月が悪いです!」
「おもしろそうだからウサが悪い」
「ボクも同じくウサが悪い」
理不尽すぎる。
しかも成り行きを見守っていたはずの親友たちまでも便乗してきやがった。
お前ら今度モン〇ンで後ろから散弾ぶっぱなしてやる。
と、ささやかな復讐を考えていると妹ちゃんが『あ!』と声を挙げた。
情緒不安定だな、どうした。
「帝兎月はいつの間に朱奈お姉ちゃんのこと名前で呼ぶようになったんですか」
「あー……」
多分何答えても今の妹ちゃんは怒るから、どう答えれば被害が少なく済むかなと考えていると朱奈が先に口を開く。
「この間からだよ、私が名前で呼んでほしいってお願いしたの」
「朱奈お姉ちゃんが……? だってお姉ちゃんはお兄ちゃんのこと――っ」
「あぁっと、翠ちゃん! 今はそれ関係ない、うん、関係ないよぉ!」
慌てて朱奈が妹ちゃんの口を塞いだ。
朱奈は『今の聞いてないよね!?』と言いたげに俺のことを見ているが、まぁ最後まで聞こえはしなかったけど何を言おうとしてたのかは何となく分かる。
そもそも
……なんだこれ、おもしろくねぇな。
妙な苛立ちが湧く、最近の俺も情緒不安定みたいだ。
一方で最近は無地来の方から睨みつけるような視線も増えた。
なんなんだあいつ人のこと睨みやがって……。
いつものように碧依のおっぱいをガン見してればいいじゃねぇか――いや、それもやっぱりムカつくな。でも睨んでくるのもムカつくし……なんなんだよもう。
「まぁ、朱奈お姉ちゃんが言うならいいですけど……でも私だって――」
ゴニョゴニョと喋っている最中に予鈴が鳴った。休み時間の終わりだ。
「ほら、予鈴なったぞ」
「わ、わかってるです! 授業サボっちゃダメですからね!」
「はいはい」
ピューと駆け足で妹ちゃんは去っていった。
「……」
「どした朱奈」
「べっつにー、ウサくんは気づいてるのかなーって」
ニヤニヤしながら朱奈はそう言って自分の席へと戻っていった。
――聞こえてたっつうの。
『私だって名前で呼んでほしいです』
彼女が残した言葉、どうすっかなぁとポリポリ頭を掻きながら教室へ入ってくる我が担任を見てぼんやりと考えたのだった。
――
放課後。
授業を終えた俺は真っ先にとあるフロアへ来ていた。
各教室のプレートには1年と書いてある、1年前まで己が通っていた懐かしき場所。
何故わざわざ1年のフロアにいるのか?
それはもちろん――。
「おっす、妹ちゃん」
「帝兎月……?」
妹ちゃんが目的だからだ。
「な、なんでここに居るです!?」
「いつも妹ちゃんが来てくれるからさ。たまには俺から出向いてやろうかなって」
「な、な……っ」
口をパクパクさせて上手く喋らない。
周りもざわざわしてきている、突然部活の先輩でもない2年がやって来たのだから当然だろう。
早いとこ用件を伝えるか。
「今日一緒に帰ろうぜ」
「い、いっしょに!?」
「担任に聞いたけど今日は委員会の活動ないんだろ」
「そ、そうですけど……」
「よし、じゃあ決まり。んじゃ鞄取ってくるから後で校門のところで待ち合わせなー」
要件は伝えた、後は待つだけだ。
俺が去ったあとクラス内から『あの先輩って無地来さんの彼氏!?』『キャーッ、毎日上級生のクラスに行ってるのってそういう!?』『ち、違うです! 帝兎月とはそんなんじゃ――っ』『お、おれの無地来さんが……』などの騒ぎ声が聞こえてきた。
少し校門で待つことになりそうだな。
「お、お待たせしましたですっ」
「意外と早かったな」
校門でボーっと空を眺めていると、息を切らした妹ちゃんがやってきた。
「い、急いで振り切ったです……っ」
「そんなに急がなくても大丈夫だったのに」
「だ、だってせっかく誘ってくれたのに待たせたら嫌われちゃう……じゃなくて私があなたを更生させるって言ってる傍から遅れたりしちゃダメです、そう、ダメなんです!」
えへんといつものようにあまりない胸を貼る妹ちゃん。
かなり無理ある理論だがまぁいいだろう。
俺は鞄からボトルを取り出して彼女に渡した。
「え、これ……」
「急いできたから喉乾いてるだろ、それスポドリな。急いでないからちょっとずつ息整えな」
「あ、ありがとです……」
感謝しながらも相当喉が渇いていたのか、すぐに封を開けてゴクゴクと飲み始めた。
「美味しいです」
「スポドリって疲れた時とか、汗掻いた時とかに飲むと体に染みるくらい美味いんだよなぁ」
「あ、汗……、ちょっと離れてくださいっ」
「いや気にならんから」
「女の子は気にするんです!」
「ヒロシが言ってたぞ、女の子の汗はフローラルな香りだって」
「誰ですかその変態は!」
プリプリ怒りながらハンカチで汗を拭い、制汗スプレーをかけた後にやっと『そ、それじゃあ一緒に帰るですっ』とようやく歩き始めてくれたのだった。
夕日に照らされながら、二人で通学路をポツポツと歩く。
何だかいつもと違ってやけにしおらしい。いつものように『帝兎月!』って言ってくれた方が気楽なんだけどな。
「妹ちゃんはさ、なんで風紀委員会に入ったんだ?」
特に話題もなかったので、ふと思いついたのをなんとなく訪ねてみた。
「……私、昔はいじめられてました」
「妹ちゃんがいじめに?」
「はい、私のことを好きだって言ってくれた男の子のことを振ったんです。でも彼はクラスの人気者で彼のことが好きな女の子も多くて、それを妬んで女の子たちにいじめられたです」
普段から明るく元気なこの子がいじめを受けていたとは思いもしなかった。
「そうか……辛かったんだな」
「今では笑って話せますけど、あの時は本当に嫌でした。毎日学校へ行くのが嫌で、でもお兄ちゃんや朱奈お姉ちゃんに相談するのはもっと嫌で誰にも打ち明けられなくてただ我慢してました」
「なんで二人に相談しなかったんだ? 無地来は知らんけど朱奈は力になってくれると思うけど」
「迷惑かけたくなかったです、あの頃の二人は今でこそお兄ちゃんが尻に敷かれてるような形になってますけど私から見ても『将来結婚するんだろうな』って思うくらいにラブラブだったんで……」
「ふーん……」
過去とはいえラブラブだったという言葉に苛立ちが湧いてくる。
最近やたらとイライラするな、カルシウム不足してるのかもな。
「で、妹ちゃんはどうやって立ち直れたんだ?」
「初めてあなたに会った時に言われたとおり、私は日曜日にやってる戦隊、魔法少女モノが小さい頃から大好きなんです」
「完全に当てずっぽうだったんだけど、マジだったんだ」
「帝兎月も見るといいです、最近のは特にクオリティが高いですから。それで私の楽しみは毎週コレを見ることが生きがいだったんです、これが私の唯一の救いだって。でもある時ヒーローたちが悪に苦戦して一度負けてしまった回があったです。でもヒーローたちは挫けることなくもう一度悪へ立ち向かって倒しました。その時何かに吹っ切れたんです、私もこんなことで負けてちゃダメだ、戦うんだって!」
いじめから一人で克服する……か、強いな。尊敬に値する。
「いじめに立ち向かう様になってから少しずつ私をいじめてくる人たちも減って最終的にはその子たちとも友達になれたです」
「マジか、すげぇな」
「はい、それで私は思ったんです、私もいつか誰かを守れるようになろうって。でも現実ではヒーローに対する悪なんていないしどのようにすれば私もあぁいう存在になれるかなって思ったのが……」
「風紀委員会か」
コクッと彼女は頷いた。
「それに風紀委員会に入りたかった理由はもう1つあって、お兄ちゃんは子供の頃はしっかりしてたんですけど、段々とだらしなくなっていつも朱奈お姉ちゃんを困らせるようになってました」
「今のあいつみたいな感じか」
「そうです、家に帰ると靴とか服を脱ぎ散らかして、食器は洗わない、家の掃除も手伝わない、今のお兄ちゃんは風紀の乱れ、大嫌いです。だからあの人を正させるために学ぼうと思って風紀委員に入った。それがもう一つの理由です」
「なるほどねぇ」
「でも……」
一度言葉を区切りこちらをジッと見つめる。
「高校に入ったらお兄ちゃんをも超える風紀の乱れがいました」
「なんて奴だ、許せねぇな。そんな奴は成敗した方がいいな、うん」
「あなたのことですよっ」
どう考えても俺のことなのだが、両手を広げてすっとぼけた振りをして見せる。
彼女は『しょうがない人です』と小さく笑いつつ言葉を続ける。
「でもその人は授業サボってばっかりで、最近は私の大好きな朱奈お姉ちゃんも唆す大悪党なんですけど、お兄ちゃんと違ってなんでか嫌いじゃないです。最初は嫌いだったのに、いつも生意気な私にも怒らないで優しくしてくれて、もしあなたがわたしのお兄ちゃんだったらあの人と違って大好きに……きっとなってたと思います。あなたに相手してもらうことがいつも楽しみで気付いたら会いに行ってるです……」
胸の内を吐いてくれた妹ちゃん。彼女は意を決したように俺の顔を見つめ――。
「だ、だから私あなたに名前で――」
「翠」
「――呼んで……え?」
「翠、良い名前だよな。呼びやすいし」
「あ、そ、その……」
「んで? 翠は俺の名前呼んでくれないの? いつもの『帝兎月!』も味があるけどやっぱなぁ?」
「え、えと、その……ウサ、先輩」
「はい、よく言えました。偉いな翠」
わしゃわしゃと頭を撫でる。
翠は嫌がることなく『えへへぇ……』と受け入れた。
素直になれない生意気な後輩だけど。
今この時は彼女の自然体である、そう感じさせるほどに可愛らしい表情を見せるのだった。
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