第14話『名前を呼んで』
「ふわ~ぁ」
大きなあくびをしながら通学路を歩く。
体育祭も終わり、今日から夏休みに向けて短いながらもいつもの日常に戻ってきた。
振替休日だった昨日はヒロシ家で遊び呆けていたので身体の疲れが抜けきっていない。
ソーマとユーリも珍しくまだ姿を見せていない。
「大きなあくび、顎外れちゃうよ?」
この場では聞くのは珍しい声が、顔を向けるとそこには苦笑した炎珠の姿が。
「帝くん、おはよう」
「おはよう炎珠、珍しいな一人で。無地来の奴はまた寝坊か?」
「……そんな感じかな」
どうやら彼は今日も寝坊をしてしまったらしい。
さすがに以前の事もあったせいか、今日は心を鬼にしてひとりで学校へ向かってきたというわけだ。
「毎朝起こしてやってんの?」
「うん、もう昔からね、白はいつも朝が弱くて大変なの」
「へぇ~、幼馴染ってのはいいねぇ」
2人でとりとめない話をしながら通学路を歩く。
「足はもう大丈夫なのか?」
「こうやって普通に歩く分にはね。まだ運動はダメみたいだけど」
「ずいぶん回復がはえーな」
「もしかしたら誰かさんが庇ってくれたのと、すぐに先生の所に連れてってくれたおかげかもねー?」
あの時のことを思い出す。
無我夢中で彼女を抱えて救護ブースへ連れて行った。俗にいうお姫様抱っこというやつで。
冷静に考えたらとんでもないことしてんな。
今更あの時のことを思い出すと少し恥ずかしくなる、言い出した彼女も同じようなのか顔が赤くなっている。
「あー、そういやさ」
この空気がなんとなくこっぱずかしくなってしまい、話題を変えようとなにか無いか考える。
「体育祭の時の弁当なんだけど。あの時も言ったけどマジで美味かったよ」
「美味しそうに全部食べてくれたもんね、がんばって作ったから嬉しかったよ」
「前にもらった弁当といいさ、ホントに炎珠は料理が上手なんだな」
「毎日お母さんに変わって料理してるからね、特別上手とかじゃないよ。でもこうして褒めてくれるのはうれしいな」
「無地来の奴がなかなか褒めないんだっけ?」
「白は刺激が強いものとか大好きだから、炭酸とか激辛とか……。もしかしたら言わないんじゃなくてホントは美味しく思ってないのかもね」
アレが美味しくない?
もはやそれは舌音痴ってレベルだろう。
それぐらいに炎珠の作った弁当は最高だった。
「俺は本当に美味かったと思ってるけどな、なんだったら毎日食いたいって思ったよ」
「……まるでプロポーズみたい」
「あ、いや、そういうんじゃなくてだな!」
「冗談だよもうっ、帝くんは気使い過ぎ。私のこと励まそうとしてくれるの凄くわかる」
色々とバレバレなのだった、今度はおかしそうに炎珠は笑い始める。
「そういえば私からも聞きたいんだけど、帝君はどうしていつも授業をサボってるの?」
「サボってる理由?」
サボっている理由か、そんなもん決まってる。
「授業がめんどくさいからだな、後は眠いとか気が乗らないとかな」
「もう、私たちの本分は勉強だよ?」
「言われたことだけをやるのはつまらないだろ?」
「ふふ、なにそれ」
本当に面白そうに彼女は笑い続けている。
ちょっと格好つけたつもりだが、彼女のツボに入ったみたいだ。
「じゃあ、今日は私もサボってみようかな」
「……は?」
突然そんなことを言い出した。
ヒロシ、原作にこんなイベントってあるのか?
――
「わぁ、すごい。ベッドにソファ。ゲーム機もある」
「最近は私物化する奴が増えましてね」
教室に着いた後、鞄を置いた俺たちはいつもの空き教室へと向かった。
なんの偶然なのか奇跡的に教室には誰もいなかった。おかげで誰にも気づかれず炎珠を連れていくことに成功。
「いつも氷音さんと抜け出してるんだっけ」
「いつもじゃないけどな。碧依は偶に来る程度、俺程の頻度じゃないよ」
「……ふーん、帝くんは常連だもんねー」
「おう、風紀委員のブラックリストに入ってるらしいぞ」
この間妹ちゃんがそんなことを言っていた。『一緒に更生頑張るです!』と熱く語ってた。別に更生する気なんぞないけどな。
「ふーん……」
トスンとソファへと座る炎珠、なんとなくその隣に俺も座った。
「いつも氷音さんとはここで何してるの?」
「碧依と? 何してって言うよりはあいつはゲームしてたり、俺は寝てたり、人の寝顔覗いてぼーっとしてたりしてたな」
「ふーん、ふーん……」
なんだろうか、碧依と呼ぶたびに部屋の湿度が下がるというか……何故でしょう?
「仲良いんだね、氷音さんと」
「まぁ、去年からの付き合いだしな」
「私もクラスメイトだったよ?」
「炎珠とも普通に話してたじゃん!?」
もしかして彼女は怒っているのだろうか?
俺なんか怒られるようなことしたか……?
「なぁ、何か怒ってるのか?」
「別に怒ってないけど……帝くんは朝みたいに気を利かせてくれて優しくしてくれるのに、こういう時だけ気付いてくれないなぁって」
「すまん、わからん。教えてくれないか、炎珠は俺にどうしてほしいんだ?」
「ソレ」
「ソレ?」
「『炎珠』って、私だって去年から友達になってるしこの間も体育祭で一緒に頑張ってたのに、氷音さんだけ名前で呼んでる……私だって名前を呼んでほしいよ」
そんなジト目で言われても……。
とはいえ、名前で呼んでくれって求めてくれるのなら拒否する理由もない。
「朱奈……、これでいいか?」
「うん、私もウサくんって呼ぶね」
「お、おう」
とびきりの笑顔で朱奈は頷いた。
――なんだこれは、あの打ち上げの時のように心拍数が上がっていく感じがする。
「ね、もう1回呼んで?」
「……朱奈」
「ふふ、もう1回」
「なんでだよ、朱奈!」
「もう1回!」
「朱奈、朱奈、朱奈!」
「えへへ」
何度も名前を呼ぶこと強いられたのだが、応えることで朱奈は喜んでくれている。
照れくさいけれど、彼女の笑顔を見ていたらこれでいいのかなと思うのだった。
――
「初めて授業サボっちゃったけどこういうのも悪くないかもね」
「朱奈は止めといたほうがいいぞ、学生の本分は勉強だからな」
「それウサくんがいうことじゃなーい」
1限の終鈴が鳴ったことで俺たちは教室へ戻ることに。
さすがにサボり魔の俺でもね、朱奈を巻き込むのは気が引けるってことだ。
「あ、朱奈だ」
教室へ戻るとクラスメイトが俺たちに気づいた。
一条と多谷が駆け寄ってくる。
「朱奈どこ行ってたの? 授業が始まっても来ないし。鞄はあるから学校には来てると思ったんだけど」
「もしかして足の調子が……?」
「二人ともごめんね、ちょっと授業サボりたい気分だったから兎月くんと抜け出してたの」
ぴしっと友人二人が固まった。
そしてそのまま首だけを俺の方へと向ける。
ちょっと怖い。
「帝くん、朱奈を巻き込んじゃダメでしょ!」
「帝君が授業サボるのは何時ものことだからいいけど朱奈はダメ!」
「いやいや、お嬢さん方待ちなさい」
これには理由があってね、俺が誘ったわけではなく朱奈の方がサボりたいと言い出したわけなんですよ?
「帝兎月!」
一条たちへ弁明をしようとしていると、いつものようにビシッと指を差して俺の名を呼ぶ妹ちゃんの姿が。
人を指差してはいけませんって言ってるでしょう。
「妹ちゃんどうした、お兄ちゃんならそこに居ないからトイレに行ったっぽいぞ、長いかもな」
「お兄ちゃんに用なんかないです、私はあなたに用があるです!」
もはや無地来に用事無いの隠さなくなってんじゃん。
だがそんな俺の心境を無視し妹ちゃんはいつもより数倍怒った顔、まるで鬼の形相で俺へと迫ってきた。
「帝兎月! あなたは更生するどころか朱奈お姉ちゃんまで巻き込もうとするなんて許せないです!」
「妹ちゃんそれは勘違いだ。俺の話を聞いてくれ。てか情報が早くね?」
「今ここで聞いたです!」
「あ、そう……」
「朝からずっと探してたのに帝兎月はいないし、ずっと帝兎月の友人1,2に相手してもらってたです。わたしはあなたとお話したかったのに……って何言わせるですか!?」
「自分でペラペラ喋って勝手にキレるな!?」
「帝兎月はやっぱり悪です! 大悪党です!」
アカン、怒ってしまって妹ちゃんが止まらない。
俺は親友二人に助けてくれと視線を送ったが、ニヤニヤしながら手を振るだけで動かなかった。
クソっ、今度〇リオカートでアイテムボックス前にバナナ置き続ける妨害しまくってやる。
「帝ぉっ!」
「げぇっ」
さらにそこへ我らの担任が登場。
もうだいたいこの後の流れ読めたわ。
「お前はただサボるのに飽き足らず炎珠を巻き込むとは何事だ!」
「あー、先生。一応ですけど話を聞いてくれません? これには海よりも深く山よりも高い理由があってですね?」
「言い訳は指導室で聞いてやる! とっとと来い!」
「いやこの後授業あるし」
「お前が抜けたところで誰も気にせん!」
「ちょ、先生がそれ言っちゃだめでしょ!?」
「先生私も行きます!」
「よし、行くぞ無地来妹!」
「おかしい、こんなことは許されない」
首根っこを掴まれてずるずると引き摺られていく俺。
廊下に飛び出した朱奈は『ごめんね!』と手を合わせ申し訳なさそうな顔をしていた。
まぁこればかりは日頃の行いの差というべきか。
俺は『大丈夫』と手をひらひら朱奈へ振り返すのだった。
なお、この後は説教と放課後に反省文10枚を妹ちゃんの見張り付きで書くことになってしまった。
「帝兎月の更生のためにはもう容赦しないです、腕が鳴るです」
ホント勘弁して。
――
「朱奈」
帝兎月が指導室へ連行された後、事の成り行きを廊下から見ていた彼――無地来白は朱奈へと声をかけた。
「大丈夫? 帝君になにもされてない?」
「白、アレはみんなの勘違いで、私がウサくんに頼んだだけだから……」
――ウサくん。
彼女がなぜ帝兎月を『ウサくん』と呼んでいるのか、疑問を抱くがあえて今は指摘せず自身の要件だけを伝えようとする。
「その、あんまり帝君に関わるのは良くないと思う」
「……え?」
「帝君は授業サボってばっかりだし、朱奈は優等生だから二人きりになると僕は心配だよ」
突如幼馴染から告げられた言葉を理解できず朱奈は黙り込む。
だが彼は沈黙を肯定と受け取った。
「朱奈には僕がいるんだしさ、帝くんと仲良くし続ける理由もないと思うんだ」
「なんでウサくんと仲良くしちゃいけないの? 白の言ってる意味がわからないよ……」
「だって朱奈は僕のことが……」
「おーい無地来君」
彼の友人と思われる男子生徒が白を呼んだ。
何かを言いかけていたが言葉を止めて『せめて他の女の子と一緒にいてね、翠とかさ』『じゃぁそういうことだから』とその場から言って去っていった。
白にしてみれば善意のつもりでの助言だったのだろう。
彼からすれば帝兎月はクラスの中心的存在で、明るく誰とでも良い関係を保っている男ではあるがその反対に授業を抜けることが多く内申的な面でみると良くはない。
将来教師を目指していると語った朱奈にいい影響を与えないだろう。変に毒されると彼女の夢が叶わなくなる、と考えたのだ。
もちろんそれは建前なだけで、内に秘めている朱奈への想いも理由であった。
しかし彼女にソレを伝える勇気は彼にないし、伝えずとも想いが通じ合っていると思っている。
ゲーム内では彼の考える通り想いが通じ合っていた。
しかしここでは違う。
――ただのクラスメイトである自分の不調に気づき手を差し伸べてくれた。
――体育祭実行委員として共に精力的に活動してきた。
――暗い所が怖くて震えていた時にぎゅっと抱きしめてくれた。
――体育祭で足を捻った時も私を抱えて連れて行ってくれた。
――私が作る料理を毎日でも食べたいと言ってくれた。
彼に対する想いは止めどなく溢れてくる。
幼い頃から無地来白と過ごし、子供のころの感情が残ったまま故に彼女自身は白のことが好きなんだと思っていたが。
今日に至るまでの白の行動、言動。
そして名を呼ぶことを求めた友を蔑む発言。
徐々に彼女の心から、無地来白に対しての感情に違和感を抱いていくのだった――。
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