第12話『あなたと一緒に』
体育祭は大きなトラブルもなく、順調に進んでいく。
俺の騎馬戦も大活躍で終えたが、他にも活躍した子も多かった。
「碧依はやっ!」
「おぉー」
「すごいね」
迎えた200m走、碧依はぐんぐんとスピードを上げていき後ろを突き放していく。
『うん、自信ある。任せて』
このセリフはマジだった、同じレースには陸上部も出場していたが彼女すらも突き放し差を離していく。
「すごい揺れてる」
「たまんない」
「ゴクリッ」
なお無地来を含む一部男子生徒はある部分を注視する、その部分は言わずもがな。
もちろんソレをみた女子生徒たちから侮蔑の視線を受けるまでがセットだ。
――馬鹿だなぁ、そういうのは声に出さずに見るんだよ。
もちろん俺もガン見している一部の男子だった。
その後、200m走は差が縮まることなく碧依が勝利、見事1位を獲得した。
「氷音さんおつかれー、早かったね」
「陸上部にも勝っちゃうなんてすごいねー」
競技を終えクラス席に戻った際歓迎のハイタッチを受ける。普段クラスでは馴染めていない彼女だが体育祭のようなお祭りの時はみんなが仲間である。
普段は遠巻きに見ているクラスメイトでも臆することなく接しに行っている。
碧依にとっては今までほとんど接することがなかった為か戸惑いの様子を見せていが、おずおずとなんとか手を合わせていった。
「碧依マジで速かったな、すげーよ」
俺も碧依の元へハイタッチをしにいく。
彼女は満面の笑みで応えてくれたのだった。
――
「帝兎月、見ましたか私の走りを!」
「見たみた、間近で見てたわ」
実行委員の役割として、道具を指定の場所に片付けへ行っていると妹ちゃんが駆け寄ってきた。
先程まで行われていたのは1500m走、それに出場していたのが妹ちゃんだった。
その時の俺の仕事は走り終わった生徒にタオルを渡し、指定の場所まで誘導すること。
なんの偶然か1位の担当だった。
そんで1位で駆け抜けてきたのは妹ちゃん。
『えへへぇ……、やったですっ』
疲れによって判断が鈍っていたせいなのか、俺の胸へと飛び込んできた彼女に思わずドキッとさせられたのは内緒だ。
そしてもう体力が回復したのか、こうして俺の元へとやってきたというわけだ。
若いっていいねぇー。
「ふふん、これでも有名な高校にスカウトされたこともあるんですよ!」
「へぇ~」
ドヤ顔で語っている所悪いのだが、用具の片付けをしてるから邪魔なんだけど……。
しかし、口にすれば鬼の形相に変わること間違い無しなので黙っておく。
「文武両道、まさに模範的な生徒だなー」
「えへ、もっと褒めるですっ」
「はいはい、妹ちゃんはすごい超すごい」
「そうです、私はすごいのですっ!」
どうやら褒められたいモードらしく適当に返事してもそれが称賛であれば良いらしい。
こういう所は年相応で可愛いんだよな。
口に出したら『変態っ!』って罵倒されるから言わんけどな。
――
昼休憩、お待ちかねの昼飯である。
元はユーリたちと昼食を摂る予定だったのだが、朝の炎珠との約束で一緒に摂れないことを伝えると。
「そうかそうか、お楽しみに~」
「二人三脚までには終わらせるんだよ~」
と、ニヤニヤしながら見送られた。
ただ飯を食うだけだってのにナニを想像してるんだろうか、純情な俺には全くわからない、あぁわからないとも。
そういうわけで今はとある空き教室で炎珠を待っている。
何故普段の教室ではないのかというと。
『ほら、色々打合せとかあるしっ、集中したいからあんまり人が居ないほうがいいかなぁ……って』
との事だ。そういうわけで俺が知っているいつもの空き教室とは別の所で彼女を待っている。
「ご、ごめんね遅くなっちゃった」
「おう、大丈夫だよ、息切らしてどうした?」
息を切らした炎珠へ事前に買っていた冷たいお茶を渡す、疲れていたのか受け取った彼女はゴクゴクと半分くくらいを一気に飲んだ。
「白がちょっとね……」
話によると、無地来は当然炎珠、妹ちゃんと共に昼食を摂るものだと思っていた。家族も来ているのだし。
しかし炎珠が今朝の話のようにこの後の二人三脚やその後の打合せなどあるからという理由で一緒に食事を摂れないと伝えたのだが無地来は納得に至らない。
「でも佐貫川くんたちが途中でやってきて」
「ユーリたちが?」
「うん『炎珠さん先生が呼んでるみたいだよ』って間に入ってくれてその場を抜けられたんだ。小田桐くんが『楽しんで来いよ』って言っていた気がするけど……気のせいだよね」
あいつら……。
あとで礼を言っておくか。
「そういう理由だったのか、でもさっき言った通り全然待ってないから気にすんなって」
そう言った途端俺の腹が『ぐうぅー』と音を立てる。空気読めや腹ぁ!
「ぷふっ、今広げるからね」
「もうなんかすみません」
炎珠が持ってきたバックを広げる。
中にはお弁当箱が2種類、ひとつはおにぎりが入っており、もう片方は唐揚げや卵焼き、プチトマトなどおかずが入っていた。
「おぉ、美味そぉ~!」
「いっぱい食べていいからね」
お言葉に甘えて早速おにぎりをひとつ貰う。中にはたっぷりのほぐれた鮭が入っている、米にも薄く塩がしみ込んでいて滅茶苦茶うまい。
おにぎりの次は唐揚げを頂く、こちらも冷めてるとは思えない程ジューシー。
即ち美味い。
「めっちゃ美味いんだけど」
「よかった、たくさん食べてねっ」
遠慮なく次のおにぎりを食べ始める。
これ中身おかかだ、醤油の味がしっかりと染みていてうまぁ……。
「あれ、炎珠は食べないの?」
「うぅん、食べるよ。でも帝くんが美味しそうに食べてくれてるのを見ると嬉しくて」
そして今もニコニコと見つめている。
ふっ、これが下手なラブコメ漫画ならここで俺は照れて『いや、その……』とか言うんだろうが俺は違う。
食欲に勝るわけねぇよなぁ!?
ここは現実だぞ現実――エロゲ世界だけども。
まぁいい、気にせず飯を食うとしよう――うまぁ。
やがて炎珠もひとつおにぎりを食べ始めた。
ここまで無遠慮に食べているが本当にいいんだろうか、既にほとんど俺が食べてしまっているし。
「遠慮しないでいいよ、私元々そこまで食べないから。いっぱい食べて」
俺の視線に気づいた炎珠が言う。
元々小柄な彼女だし、以前もらった弁当も小さかったから小食なんだろう。
あれ、じゃあこれほとんど俺のために……?
……。
――まぁいいか美味いし。
飯が美味いので考えることを放棄した。
――
『それではこれより二人三脚競争を始めます。出場者の皆さんは準備をお願いします』
昼休憩も終わり、午後のプログラムが開始される。
ここまでC組の黄色グループは首位だ。
このままいけば優勝はこっちのもの。
「緊張するね」
「まぁな、紐きつくないか?」
「大丈夫だよ」
俺の右足、炎珠の左足を紐で縛る。
両足がぴったりとくっ付いているため俺たちは必然的に身体もくっ付いているということになる。
「なんだか、恥ずかしいね」
「言うな言うな、そういうのは声に出さないほうがいい」
「そういう帝くん顔が赤いよ?」
「……そりゃ炎珠とくっついてたらこうなるっての」
「ふふ、照れてくれてるんだ」
楽しそうに笑っている。
くそ、余裕ぶってたつもりなのにいつの間にか炎珠に優位を取られた。
「そろそろ始まるね」
「だな、練習の通り声を出しながら確実に進んでいこう」
「うん、練習ではうまくいってたからね」
練習を思い出す。
炎珠は運動神経が良くて練習の時でもうまく呼吸を合わせることが出来た。これなら勝てると思わせるくらいに。
『これより二人三脚スタートです、出場者の方は所定の位置についてください』
「よし、いくか」
「がんばろうね」
肩を組んで呼吸を合わせながらスタートラインへ向かう。
より密着度が増したわけだが今更恥ずかしいとか言っていられない。
「それでは位置について、よーい、ドン!」
審判の合図と共にスタートを切る、まずは互いの外側の足から、そして内側の足を同時に動かす。
『いっち、にっ、いっち、にっ』
声を出しながら順調に歩みを進める。
一部の出場者は既にバランスを崩して後ろの方にいる。
スピードを維持しているのは俺たちともう一組。
あいつら確か陸上部の男女だな。
「あの人たち早いねっ」
「大丈夫だ、このまま維持しよう」
確実に歩みを進める。陸上部たちとの距離は付かず離れずといった感じだが、最後に勝つのは俺たちだ。
――エロゲ世界補正でなんとかなれ!
完全な神頼みである。
しかし祈りとは裏腹にトラブルが起きる。
「痛っ……」
「炎珠!?」
炎珠が顔をしかめ歩みが遅くなる、その異変に気付き俺もスピードを落とす。
ちょうど外側の足を出した際にバランスが崩れた、もしかすると捻ったのかもしれない。
「大丈夫……っ、走れるからっ」
「何言ってんだよ、足捻ったんじゃないのか!?」
「大丈夫だから……っ」
「だめだ、棄権するぞ」
そう言って俺も歩みを止める。今すぐ炎珠を救護ブースに連れて行かなければ。
だが紐を解こうとした俺を彼女は制する。
「嫌だっ、棄権したくないっ!」
「けどその足で――っ」
「お願い、あなたと一緒にゴールしたいの!」
「炎珠……」
「ここまで一緒に頑張ってきたのに、こんなところで私終わりたくないよっ」
「……っ、わかったよ、無理だけはすんなよ!」
おそらく捻ったのは右足だろう。
外側の足を出す際、彼女の方に負担が寄らないようにぐっと身体を俺の方に寄せながら歩みを進める。
幸いにも残りの距離は少ない。既にトップを走っていた陸上部組はゴールをしており、最初の方にバランスを崩していた組にも追い抜かれた。
もう勝ち目などはない。
だけど、炎珠の言葉の通り俺もここまで彼女と共に準備期間、練習とともにやってきた。
それをこんな形で終えるのは嫌だ、俺も同じ気持ちだった。
痛みを堪えながら歩を進めているのが見て取れる。
観客からは『がんばれ!』『あと少し!』と声が届く。
「……っ」
「炎珠、もうちょっとだ。踏ん張れっ」
「……うんっ」
一歩、一歩と。もはや歩いているくらいにスピードは落ちている。
けれど、着実にゴールは近づき――そして。
『ゴールです、今最後の組がゴールしました! 二人ともよく頑張った!』
ゴールを通過し歓声が響く。
余韻に浸りたい所だがそんな猶予はない。
急いで紐を外し――。
「きゃっ」
「ちゃんと捕まってろよ」
炎珠を膝裏から抱える――いわゆるお姫様抱っこの形を取り救護ブースへと彼女を連れて行った。
――彼女を抱えた時、黄色い歓声的なものが聞こえたような気がするが、きっと気のせいだろう。
――
「軽い捻挫ね、一旦冷やして後で病院に行きなさい」
「はい、わかりました」
「本当は今すぐ病院に行くべきだけどね、さっきの感じだと嫌でしょう?」
「はい、最後までみんなと一緒に居たいです」
保険の先生に右足を診てもらい彼女の足にテーピングが巻かれる。
とても痛々しく見えてしまってるが『大丈夫だよ』『こうして帝くんが傍にいてくれるしね』と言っている辺りある程度余裕はあるのだろう。
「朱奈、大丈夫?」
「私たちびっくりしちゃったよぉ」
彼女とよく共にしている友達の二人が救護ブースへ駆け寄ってきた。
その後ろにはソーマとユーリもやってくる。
「炎珠さんがんばったね」
「よく走り切ったな、すげぇよ」
二人からの労いの言葉に『ありがとう』と炎珠は言葉を返した。
「けどよ……」
「あぁ、言いたいことはわかる」
「だよね……」
ちょうどここに集まった6人。
これはこの後のクラス対抗リレーのメンバーだ。
この足では炎珠が参加することは当然できない。彼女が抜けたことで5人になってしまった。
どうすべきか――。
頭を悩ませていると。
「わたしが出る」
いつの間にか来ていた碧依が名乗りをあげたのだった。
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