第10話『ドキドキの体育倉庫』


 体育祭まであと1週間を切った。

 実行委員の準備というのは案外忙しいもので、目まぐるしく俺たちは活動をしていた。


 この俺が珍しくサボりもせずにな。


「帝君、そっち押さえててー」

「うぃーっす」


 言われたとおりにパネルを抑える、その間彼はトンカチでトントンと釘を打ち込んだ。

 俺が今やっているのは体育祭で使う用の看板作り。


 今日も昼休みを犠牲に精力的に働いて涙が出そうだ。


「炎珠さん、ここの色何がいいと思う?」

「うーん、赤色のほうが目立つかも」

「そうだね、じゃあ赤で塗ろうか」


 少し離れた所では炎珠とその他女子たちが掲示物用の色塗りをしていた。

 和気藹々と楽しそうである。


「帝君、こんどはこっち側押さえてー」

「あいあーい」


 おっと、俺も集中しないとだな。


 ――


「じゃあこの看板を倉庫に入れときゃいいっすね?」

「うん、ありがとね」


 昼休みも終わりが迫り、授業の準備もしなければならないので片付けを始める。

 一緒に看板作りをしていた先輩はこの後教室移動があるので早めに抜けたいとのこと。

 しょうがないので片付け役を申し出た。

 彼はとても感謝してくれて今度ジュースを奢ってくれると約束を取り付けた。


 ――さて、自分で言い出した以上はしっかりやるかぁ。


 看板を担ぎ目的の場所へと向かう。

 と、そこへ駆け寄ってくる女の子が。


「帝くん、私も手伝うよ」

「炎珠」


 炎珠だった。


「いいのか、助かるけど」

「これ一人で運んでたら帝くんが授業遅れちゃうしね」


 別に俺は構わんが。

 むしろこれを機にサボれるとか思ってたわけであって。


「……どうせこのまま授業サボる気だったでしょ」

「なんでバレた!?」

「ふふ、最近帝くんのことが分かってきたから」


 くすくすと笑った彼女は俺が持っていた看板の反対側を持ちあげる。そのおかげで俺が支えるところの負担が減った。

 手伝ってくれること自体はとてもありがたいのだが。

 結局サボりはまた無しかと残念に思うのだった。



「よいしょっと」

「ここでいいのかな?」

「なるべく奥の方に入れておいてくれって言ってたな、授業で出入りする時邪魔にならないようにって」


 倉庫へと到着し看板を奥の方へ置いていく。

 何故看板をわざわざ倉庫に置くのか疑問だったのが、教室に置いておくと以前にだが悪戯する奴が現れたらしい。それの対策により鍵の掛けられる倉庫が適していると判断したらしい。

 わざわざ鍵を職員室から盗むアホな生徒はいないということだ。


 俺はほら、ちょっと借りただけだから?


「はー、疲れた。腕がいてーよ」

「帝くんずっと重い方持っていてくれたもんね、私に負担掛けまいって遠慮してたでしょ?」

「さてなんのことやら?」

「ふふっ」


 色々と察しの良い彼女である、指摘されたことに対しそっぽを向いていると――事件は起きた。


 ――ガシャン!


「は?」

「え?」


 倉庫内が突然真っ暗になる、扉を閉められたのだ。


『まったく、誰だ倉庫を開けっ放しにした奴は……』


 扉を閉めた人物と思われる声が遠ざかっていく。

 おいおい、嘘だろう。扉へと駆け寄ったが。


「マジか、開かねー。おーい! まだ中に人いるぞ!」


 大きな声を出してみたものの静寂のまま返事が返ってくることなく。

 なんと俺たちは倉庫へと閉じ込められてしまった。


「参ったな、完全に閉じ込められた」

「……どうしよう」

「助け呼ばなきゃな、炎珠スマホもってるか?」

「……バッグの中」

「そっか、俺も教室に忘れたな」


 互いに連絡手段もなくどうしたものか思っていると昼休みの終了を告げる鐘が鳴る。

 人の気配は相変わらずない。


 完全に詰んだな。


「まぁ、しゃーねぇか。この後どっかのクラスが体育で開けに来るか、炎珠が帰ってこないことに気づいた誰かが来るのを待つか、そのうち助けが来るだろ」


 俺がいないことを気にする人間は確実にいない。

 何故ならサボり魔だからである。


 妹ちゃんボイスで『日頃の行いです!』と聞こえてきた。


「とりあえず立ってても疲れるし座ろうぜ。そこにマットもあるし」

「うん……」


 マットが置かれている部分に腰を降ろす。

 しかし先程から炎珠が暗い、気のせいではないだろう。


「大丈夫だって、幸いにもうちの倉庫は体育館内。夏とはいえ暑いが死にやしねーよ」

「うん……」

「それにこういう展開は必ず誰かしら助けに来るもんだ。だから安心しなって」

「そう、だね……」


 やはり目に見えて元気がない。

 もしかして以前のように体調でも悪いのだろうか。


 そう考えるもさっきまで元気だったしなぁ。


 ならば考えられるとすれば――。


「暗い所、怖いのか?」

「こわい……」


 俯き、両腕を抱きしめてカタカタと震えている。

 こりゃ相当だな。


 あいにく今の俺に彼女を慰める言葉は出てこない、無力だ。

 とはいえ女の子が隣で震えている、何もしないとなると男が廃るってもんだ。


「あっ……」

「悪い、痛かったら言ってくれ」

「うぅん……大丈夫」


 俺にできることは彼女の手を握り、少しでも恐怖心を和らげてあげることだった。


「余裕があったらでいいんだけど、なんで暗いところが苦手なんだ?」

「……小さい頃家が停電した時、落雷がすごくて。その時の恐怖が忘れられなくて……」

「幼い頃のトラウマってやつか、怖い想いしたんだな」


 誰でもトラウマというのは恐ろしいものだ。

 空いている方の手でポケットに手を入れあるものを取り出す。

 

「ちょっと顔触るぞ?」

「んっ……」


 こら、エッチな声を出すな。興奮するだろ。


 と、冗談は置いておいて彼女の目尻をそっと拭いた。


「涙出てっからさ」

「あ、その……」

「大丈夫だ、傍についてるから安心しろ」

「……うん」


 彼女は未だ恐怖心で声が出せない。こういう時は静かに寄り添うのがいいだろう。

 そう思って特に喋らず、ただ静かに手を握り彼女の隣に座っていた。


 少し経ってから。


「ありがとう……、帝くんがこうして手を握ってくれてるおかげで少し楽になってきた」

「何なら抱きしめてやろうか?」

「ふふ、さすがにちょっと恥ずかしいかな」

「チッ、炎珠を合法に抱きしめられるチャンスだったんだけどな」

「もう、帝くんたらっ」


 余裕が出てきたのか、炎珠も軽口が叩けるようになってきた。

 

「昔もね、こうやって狭い所に閉じ込められちゃったことがあったの」

「いたずらとかそんな感じ?」

「うん、小学生の頃かな。今みたいに閉じ込められちゃった。時間は数分だったみたいなんだけどすごく怖くてわんわん泣いちゃったの」

「酷い目にあったんだな」

「友達も謝ってくれたんだけどね、本当に怖くて……、あの時は怖くてどうしようもなかったんだけど今は違う、帝くんがこうして傍にいてくれるから安心してられる」


 スッと彼女は俺の方へとしな垂れかかってくる。

 ふわっと香る彼女の匂いに先程まで余裕綽綽だった俺は固まってしまう。


 ――なんかこんな感じのこと最近もあったような。


 碧依と勉強していたあの時、彼女の身体の柔らかさ、ほのかに香った匂い、プルンと膨らんだ唇。

 キス寸前な程接近したあの時の興奮を何故か今この瞬間に思い出してしまった。


「他の女の子のこと考えてる顔してる」

「どんな顔だよ!?」


 何故女子というのはこういう時勘が鋭いのだろうか。

 しかもこの時炎珠は俺の下腹部へと目を向けたようで――。


「そこ、苦しいの?」

「い”っ!?」


 ズボンのちょうど……性器の部分が『俺を出せ!』と言わんばかりに存在を主張していた。

 隣には怖がっている女の子がいるというのに、頭の中で別の女の子のことを考えて勃起って最低すぎんだろ。

 

 こういう時はそうだ、ヒロシの顔でも数えよう。

 えーと、ヒロシが1、ヒロシが2……。


「男の子って……出すと鎮まるんでしょ? その、私が……シようか?」

「ぶーっ!?」


 なんてことを言うんだこのお嬢さんは。

 恐怖で頭がおかしくなってしまったのか?

 

 なんだよこの急展開、エロゲかよ。


 ――エロゲの世界だったな。


「帝くん……」


 炎珠が身を捩って握っている方とは反対の手を俺の下腹部へと近づけていく。


 このまま身を任せれば彼女は俺のモノに触れ、その溜まったものを吐き出させてくれるだろう。


 ――だが、そんなことをさせてはいけない。


 俺は彼女の手を掴み――そっと床に置いた。


「ダメだ、炎珠。そういうのは好きな人にやるんだ」

「でも苦しそうだよ……?」

「こんなんそのうち鎮まるから大丈夫、ただの生理現象だから。一々勃てて処理をしてたらそこら中でオナ猿が爆誕しちまうよ」


 だからさ、と言葉を続ける。


「無理、すんな」

「無理なんて……」

「まだ怖いんだろ。顔色は良くなってっけど、やっぱりまだ肩震えてんぞ。俺のコレ相手して気を紛らわせようとすんな、自分を大切にしろ」

「……ごめん、なさいっ」

「謝る必要なんてない、こっちこそもっと早く気づかなくて悪いな」


 スッと彼女の背へ手を回す、結局抱きしめる形になっちまった。


「炎珠が落ち着くまでずっと抱きしめてやる、だから無理するな」

「いい、の……? 帝くんに甘えていいの……?」

「おう、男ってのはな、女の子に甘えられるのが大好きなんだ、特に炎珠みたいな可愛い娘にはな」

「……バカっ」


 胸元でワンワンと泣く彼女を俺は何も言わずにずっと抱きしめていたのだった。


 ――


「大丈夫かお前ら?」


 終業の鐘が鳴った頃、倉庫の扉が開いた。


「おせーよ」

「わりーな、結構探しちまった」

「炎珠さん大丈夫?」


 扉を開けたのは頼れる親友ソーマとユーリだった。


「みんなー、炎珠さんここに居たよ」

「朱奈ー!」

「よかったぁっ、昼休みから姿がなくなったって聞いて……っ」


 炎珠の友達が彼女へと抱き着く。

 これにて一件落着だな、よかったよかった。



 




 

 ――なわけねぇだろう。


「おい」

「んぁ?」

「お前ら俺たちがここに閉じ込められてんの気づいてただろ?」

「あ、バレた?」


 悪びれもせず素直に白状をした。


 お前らが扉を開けに来た時点でなんとなく察したわ。

 どうせこれも原作の内なんだろう。


「ヒロシに聞いてたんだよ、本来は無地来と炎珠が閉じ込められるって」

「そもそも実行委員には無地来がなるはずだからね」

「そ、ほんで倉庫の中で炎珠の好感度アップイベが発生するんだとさ」

「なるほどな……」


 筋の通った話だ。

 だからこいつら俺を実行委員に推薦しやがったんだな。


「そんでよ」


 ソーマがニヤニヤした顔で言う。


「ヒロシに聞いたんだがこのイベントでエロシーンが回収できんだとさ」

「……へぇ」

「炎珠さんに手〇キしてもらえるんだって」

「死ね」


 すべてシナリオに振り回されたことを知って疲れた。

 結局エロゲの流れかよ。


「んだよ勃たなかったのか?」

「バッチし勃ったわ!」

「じゃあなんでシなかったの?」


 はぁ……。

 しょうがないな。


「俺は初めての時はラブラブエッチが夢なんだ」

「童貞かよ」

「童貞じゃい」

「練習しとく?」

「ぶっつけ本番でいい」


 なおも揶揄い続ける親友たちを適当に相手しながら共に教室へ戻るのだった。

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