第9話『体育祭に向けて』
季節は6月。
梅雨にも差し掛かりつつ夏の暑さがいよいよ到来する時期だ。
湿気も増えてきて嫌な季節である。
そんな中――。
「体育祭の実行委員を決めるぞー」
我らが風紀委員顧問兼担任である先生のお達しによって、実行委員とやらを決めることとなった。
「なぁ、普通体育祭って大体春か秋じゃん?」
「そうだな」
「何故雨も多いこの時期に体育祭があるんだ?」
「ここが夏休みまでを焦点に置いたエロゲの世界だからじゃない?」
「なるほどね……」
設定上の都合ってやつだな。
場の進行は引き続き担任がとっている、どうやら挙手制のようで誰かやりたい人はいないかと呼び掛けてる。
「ソーマやれば? こういうの好きだろ」
「オレはパスだ」
「ユーリは?」
「右に同じー」
だよな、俺も当然のようにパスだ。めんどくさいし。
我がクラスはこういった時に名乗り上げる人間がいないみたいで、誰も手を挙げず困った状況になっている。
「私やります」
そんな中、我らが優等生の炎珠が挙手をして実行委員を引き受けることとなった。
「ヒュー、さすが炎珠、頼りになるぅ」
俺は感謝の意味を込めて彼女へ声を掛けた。
少し呆れた目線ではあるものの『はいはい』と手を振ってくれる。
「それじゃあ残りは男子の方だな」
「えー、一人でいいんじゃないの!?」
「言ってなかったな、男子女子それぞれ1名ずつ必要なんだ」
『ぶぅー!』
男子生徒たちから担任へとブーイングが巻き起こる。
素知らぬ顔で先生は『はいはい静かにと』意にも留めていなかった。
「男子で名乗り上げる奴はいないか?」
『……』
「どいつもこいつも顔を下に向けるな」
こういう時の男子というのはみんな同じことを考えるものだ。
めんどくさい、やりたくない、と。
『おい、ウサ、お前やっとけよ』
『やだ、めんどい』
『炎珠さんの好感度稼ぐチャンスだよ』
『他で稼ぐからいいよ』
小声で二人から挙手するように促されるがごめんだね。
何もこんな面倒な役割で炎珠の好感上げを狙わなくてもいいだろ。
こういうのはやる気がある奴がやればいいんだ。
しかし俺の言い分に納得がいかなかったのか。
「先生ー、こいつがやりたいって顔してますよ」
「是非やらせてあげてくださーい」
二人がわざわざ先生に推薦をしてくれていた。ふざけんな。
「帝がぁ? お前大丈夫か、いつものサボり癖がなぁ」
「ですよねー、かぁーっ実行委員やりたかったんだけどなぁっ、かぁーっサボり癖がなぁ、かぁーっ」
難色を示してくれたのでこれ幸いと便乗する。
二人が舌打ちをしているが誰がこんな姑息な手に乗るかってんだ。
しかし、こういう時の男子たち『自分はやりたくないけどこのままいけば免れそうだからあいつにやらせとけばいい』と思惑が一致した時の連携は強い。
「帝頼むやってくれよ」
「俺たちの犠牲になってくれ!」
「いつもサボってんだからこういうところで頑張れよ」
「み・か・ど! み・か・ど!」
「そもそも炎珠さんとコンビ組めるなんて羨ましいぞ!」
「炎珠さんと一緒にいられるんだから文句を言うな!」
「じゃあ遠藤お前やれよ、コンビ組みたいだろ? 田中は炎珠のこと気になるって言ってたよな、じゃあいいじゃんここでアプローチかけてけって」
『……』
「目を逸らすなぁっ!」
ガヤガヤ盛り上がりを見せる男子陣営。どいつもこいつも人任せにしてちょっとは自分でやろうって気はねぇのか、あぁん。
しかしいつまで経っても決まらない男子に苛立ちが隠せない女子陣営はこういう時厳しい。
「ちょっと男子ー、誰でもいいから早く決めてよ」
「もう帝君でいいじゃん」
「でも帝くんだと炎珠さんが大変そうじゃない?」
「無地来くんの妹さん引っ張ってくれば大人しくなるよ」
「朱奈が首輪をつけておくのもよくない?」
「私犬用のリード持ってるよ、明日持ってくるね」
『けっていー!』
「俺の人権を無視するなぁ!」
男子女子共に好き勝手に意見を主張し始めたことにより収まりがつかなくなってきた。
いかん、先生が『じゃあもう帝でいいか』みたいな顔をし始めた。
このままだとソーマとユーリの思惑通り、俺に面倒な役割が押し付けられてしまう。
ならば――っ。
「先生、もう炎珠に決めてもらいましょう、誰と実行委員をやってもらいたいかってね」
「ふむ……そうだな。炎珠はそれでもいいか?」
「まぁ……はい」
――計画通り。
これならば炎珠は確実に無地来を指名するはず。
まだ俺は炎珠を口説き落としてないから無地来のことが好きなはずだよなぁ!?
好きな男と実行委員の名目で一緒に居られる。
ふっ、恋愛脳の高校生なら当然の選択だろう。
完璧なプランにほくそ笑む。
勝ったな、授業サボってくるわ。
しかし親友二人は俺の顔を見て。
「墓穴掘ったな」
「やっちゃったね」
「は?」
馬鹿にしたように見つめていた。
何言ってんだこいつら、完璧な作戦だろう。
「それじゃあ――」
「おかしい、こんなことは許されない」
「いい加減諦めてね」
放課後、俺たちはとある教室へいた。
黒板には『体育祭実行委員打合せ』と書いてある。
「何故俺が実行委員なんぞ……」
「帝くんが決めていいって言ったじゃない」
「炎珠は無地来を選ぶと思って……」
「なんで白が出てくるのよ」
逆になんで無地来が出てこないの?
たしかに最近俺らと絡む機会が増えてるけどさ、まだ君らの関係って良好じゃないの。
原作どこ行った原作は。
つかあいつも名乗り出ろよ、こういう時こそ炎珠の心を掴むチャンスだろ。俺は別で頑張る予定だったけど。
ここには居ない無地来への恨み言を並べる。
「ふーんそういうこと言うんだ」
炎珠は一瞬拗ねたような表情をしたが、それも束の間。
「帝くんは私と一緒に実行委員やるの嫌だったんだ」
悲しそうな顔で炎珠が言った。
「いや、その、そういうわけじゃなくてね」
「だって、そんなに嫌がるってことは私のこと実は嫌いだったんでしょ」
「いや、嫌いなんかじゃないし……」
どんどんと表情が沈んでいく。
あぁ、もう。
俺はただめんどくさいことが嫌いなだけなんだよ。
「いや、まぁ炎珠が無地来じゃなくて俺を選んでくれたのは? 正直嬉しかったけど?」
「ほんと?」
「炎珠とこうして一緒に居られるってのは、男子としてはかなり役得だと思うし」
「帝くんは?」
「え、いや……」
「帝君は私と一緒に居られて嬉しいの?」
「まぁ……はい」
「じゃあ私と一緒に実行委員頑張ってくれる?」
「……頑張ります」
「はい、言質とったから、もう余計な抵抗はしないでね」
ハメられた!?
悲しい顔はどこへ行ったのか、すっかり『作戦成功♪』といった感じで満面の笑みになっている。
クソっ、可愛いじゃん……。
さすが神絵師(ヒロシ談)のヒロインだ。
「演技しちゃったのは悪いなぁって思ったけど」
彼女はそこで言葉を区切り。
「帝くんの気持ちは嬉しかったな」
「……っ」
炎珠から顔を背ける、横を向いた理由はなんとなく暑かったからだ。
恥ずかしいとか顔が赤くなったからとか、そんなんじゃないはずだ。
――
「ほらお前ら、各種目のエントリーをきめっぞ」
黒板には『体育祭種目決め』とでっかく書いた。
今回の司会は担任ではなく、俺と炎珠の二人だ。
「はーい帝くぅん、どうやって決めるんですかぁ?」
「はい、まずは率直にありがとう小田桐宗真君。基本はみんなに挙手を促します、グダついてきたらこっちからどんどん指名しますね。とりあえず実行委員に推薦してくれた小田桐君とついでの佐貫川君には俺からの感謝としてリレーに参加してもらいます」
「ふざけんなてめぇっ!」
「なんでボクまでっ!」
クラスに笑いが起きる。
ふっ、ささやかな復讐完了だ。
「じゃあてめぇも参加しろ」
「そうだそうだ」
「は? 嫌ですけど? ぼく実行委員で忙しいんでー?」
「帝もリレーに参加賛成の奴ー?」
『さんせーい』
「ふざけんなぁっ!」
俺の名前が炎珠によって黒板に書き込まれた、ちくしょう。
そんなこんなで最初に諸々あったものの最初の予定通り、各々参加したい種目を呼び掛けることで場を進行していく。
そして残すのは最後の種目、二人三脚競争だけになった。
「じゃあ最後、この二人三脚競争のエントリーを募集しまーす。誰か手を挙げろー?」
まったく手が挙がらない。
「お前らこれは男女でコンビを組んで走るんで必然的にくっつくことになるから、狙ってる相手がいる奴は積極的に手を挙げていけ~?」
「さすがに男子と肩抱いて走るのはねぇ……」
「俺らからしても恥ずかしいよなぁ」
「私隣のクラスの宮内君狙いだし~」
「おれは佐貫川君が……っ」
「しゃーねぇな、じゃあカップルだ。このクラスの中にカップルは居ないんですか!? 一組ぐらいいるだろう!?」
「いませーん」
「殺すぞ」
「僕は別の学校に彼女いるし」
「わたしもー」
「あーし、クラスにはセフレしかいないし」
ガタッと何人かが反応した、あいつらギャルのセフレなのか。
困ったな、さすがにこの競技をむりやり指名すると非難が怖いしな。
てか普通年頃の高校生男女が二人三脚しねぇだろ、エロゲかよ。
ここエロゲの世界だったわ。
「あーい、オレは帝君と炎珠さんのコンビがいいと思いまーす」
「は?」
ニヤニヤとソーマは俺と炎珠を指名してきた。
あの野郎、実行委員決めと同じ手段を取る気だな。
「いいじゃん、帝と炎珠」
「ヒューヒュー帝やったね」
お前らぶっ飛ばすぞ。
とはいえこういうので肝心なのは本人の気持ちだからな、さすがに今回は嫌だよな、嫌だよね!?
恐る恐る炎珠の方へと顔を向ける。
「炎珠はさすがに俺と組みたくないよね!?」
「べ、べつにいい……よ?」
「――っ(膝から崩れ落ちる)」
「はいけってーい」
「がんばるんだよー」
「炎珠さんにセクハラしたら殺すからなー!」
「朱奈ー、帝君にエッチなことされそうになったら金玉蹴っていいからね」
「あ、あはは……」
クラスメイトから『イエェーイッ!』と指笛や歓声があがる。
くそっ、何故こうなるんだ……。
クラスメイト達が盛り上がる中、碧依の羨ましそうな視線、無地来の嫉妬が篭った睨みには気付かなかったのだった。
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