第8話『氷音碧依は恋愛強者』


「おーっす碧依」

「おっす」


 今日も授業を抜け出しお気に入りの空き教室でサボっていると碧依がやってきた。


 やってきた彼女に軽く挨拶をし、同じように返してくれる。


 彼女は人目があるところでの会話が苦手な故、教室で会話をすることはほぼないがこうして誰の目もないところだと自然に話ができる。


「お、その手にあるのはス〇ッチか?」

「うん、持ってきた」

「ふっ、今日こそ決着つけてやんよ」


 負けじと俺も懐からス〇ッチを取り出す。

 これから始まるのはそう……〇ケモンだ!



 

「馬鹿なぁっ! 俺の最強パーティがっ!」

「ぶい」


 果敢に勝負を挑んだもののボコボコにされた。

 ガブ〇アスに俺のブ〇ズが蹂躙されてしまい泣いた。


 俺のエー〇ィちゃんが……。


「はーっ、今日はちょっとパーティメンバー間違えただけだしぃ? ニンフィ〇入れれば勝ってたしぃ?」

「そもそもブ〇ズを止めた方がいい」

「つよいのもよわいのも人の勝手だ、本当に強い奴なら好きなパーティで勝てるように頑張るべきなのさ。by帝兎月」

「名言を改変して自分のモノにしちゃダメ」

「チッ、バレたか」


 ス〇ッチの電源を切りバッグにしまう。

 ボコボコにされたし、こんなんやめだやめ。


「そういえば」

「ん?」

「昨日英語の授業で今度テストやるって言ってたよ」

「え、マジかよ」

 

 ただでさえサボってるが故内申点が低い。

 テストを取りこぼせば成績急降下で下手すれば留年ものだろう。


 ソーマたちを先輩って呼んで妹ちゃんと同級生になるとか俺嫌だぞ。


 じゃあサボるなって話なのだが、ソレはそれ、コレはこれである。


「碧依さぁん、ぜひとも私めにテスト範囲を……」

「だいじょうぶ、教えてあげる」

「さっすが碧依先生だぜ!」

「ぶい」


 というわけでゲームの次は碧依先生による特別授業を行うことに。


 机をソファの前に置き、ノートを広げる。

 1つの机にノートを二人分置く形になる為、必然的に距離が縮まる。


「……どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 碧依は美少女である。

 ヒロシが神絵師と押している位でありここはエロゲの世界。

 彼女はヒロイン役だ。


 つまりは滅茶苦茶に美少女なのだ。


 今まで意識していなかったわけではないが。

 彼女の横で眠ったりもした。


 しかしこうして隣り合わせに密着する形となると、物凄くドキドキする。


「ここで注意するポイントは、この単語の使い方」

「……うん」

「多分この例文で引っかけてくると思うから注意して」

「なるほどな」


 碧依の教え方はとても上手だ。

 勉強が好きではない俺でも理解できるようにポイントをわかりやすく説明してくれる。

 だからスッと頭に入ってくる。


 だが……。


「あ、ここの単語間違ってる」

「え、どれ」

「ここ」


 俺の書き間違えた単語の所に身を乗り出して修正する。

 それはつまり身体がより密着し顔も近くなるということ。


 ヒロシ……女の子ってめっちゃいい匂いするよ。


 思わず碧依の横顔をマジマジと観察してしまう。

 ――碧依の目って蒼色なんだな……。

 ――あ、睫毛結構長いんだな。

 ――唇にリップ塗ってんのかな?


「ここはaを使うの、他にわからない所あ、る……」


 身を乗り出した状態のまま、彼女は俺の方へと顔を向ける。

 俺はずっと碧依の顔を見ていたのでちょうど目と目があう形に。


 そしてその距離は碧依の吐息が感じられるくらいに近く――。

 少し距離が縮まればキスができそうな距離だった。


「あ、わ、悪い」

「いいよ」

「へ?」

「ウサとなら、キスしてもいいよ」


 何を言ってんだこの娘!?


 こんなんまるでエロゲの展開みたいじゃん。

 あ、エロゲの世界かここ。

 じゃあ問題ないかぁ……、いや問題大アリじゃ!


 心の中で葛藤している間にも彼女はジッと俺から目線を外すことなく見続けている。


 情けない話だが。

 童貞の俺には耐えられず一旦距離を取ろうと試みる。




 ――が、ガシっと腕を掴まれ碧依の方へ引き寄せられる。


「あ、碧依? 何を……?」

「だめ」

「な、なにが?」

「離れちゃ、だめ」


 離れちゃだめって……。

 さすがにこれは恥ずかしいというか俺がもう保たないというか。


「この距離感だと俺が落ち着かなくてですね」

「やだ」

「やだって、碧依そんなキャラだったっけ!?」

「キャラでもなんでもいい、ウサとくっ付いていたい……だめ?」


 上目遣いで縋るような瞳をしている。

 こうかはばつぐんだ。

 

「……ダメなわけない、です」

「じゃあ遠慮なく」


 くっついていることに抵抗できなかった。返事と共にスルリと俺の左腕に碧依の右腕が絡む。

 

 ちょ、そこまで密着するとは聞いていない――!?


「碧依、さっきよりもくっ付いてるんだけど」

「それで次の例文のポイントは――」

「冷静に続きを始めるなぁ!?」


 何故俺だけがこんなにもドギマギさせられているんだ。

 なんかこう悔しい。


 と、再び彼女の横顔を見たことで気付いた。

 先程より明らかに赤く染まっているのことに。


「碧依、顔赤いよ」

「ここは接続詞を忘れちゃダメで……」

「実は碧依も恥ずかしがってるよね?」

「……ウサ、勉強の続き」

「余裕ぶってるけど実は同じぐらい緊張してんだよなぁ! ホントは碧依も恥ずかしかったんだろぉ!?」


 余裕を取り戻した俺は最大限に彼女を煽る。

 ふっ、なにも反撃ができないからせめて口だけでも饒舌にいこうではないか。


 そんな哀れな俺の抵抗に彼女は――。


「――ん」

「ほぇ?」


 頬にちょこんと柔らかな感触。

 

「次は口にする」

「は、はいぃ……」

 

 完敗、ノックアウト。


 我が親友ソーマ、ユーリ、ヒロシ。

 碧依を口説き落とす前に俺が落とされそうです。


 エロゲのヒロインはとても恋愛強者でした。


 結局この後も彼女とはこの距離感のまま英語を教わり――。

 不思議なことに教わった内容はしっかりと頭へ残っていたのだった。



 ――


「お、お帰り~」

「またサボっちゃって、妹ちゃんに怒られても知らないよ?」

「うっせ」


 碧依と空き教室から戻りそれぞれの席へと戻る。

 親友二人の軽口は雑に返事をして対処する。


「なんだぁ、顔赤いな」

「氷音さんと何してたの?」

「いや、そんなんじゃないって」

「いやいや、何か様子が違うじゃん」

「だよなぁ、コレはナニがあったに違いない」

「邪推するようなことは何もない!」


 そう、何もないんだ。

 ただ俺が碧依にドギマギさせられた以外は何もないんだ。


 そっと頬に触れる。

 ――柔らかかったな、碧依の唇。


「お楽しみのところ悪いんだけど、帝くん先生から呼び出し受けてるよ?」


 俺が彼ら二人から揶揄われていると炎珠が用を告げに交ざってきた。


「だからそんなんじゃねーって――え、呼び出し?」

「うん、放課後指導室に来なさいって」

「げぇっ、またかよ」


 呼び出しを受ける、説教を受ける、その後妹ちゃんからまた説教を受ける、反省文を書かされる。

 トホホだよほんとに。


「さっきまで氷音さんと授業抜け出してたの?」

「まぁ、なりゆきでな」

「ふーん、なりゆきかぁ、氷音さんと仲良いんだね」

「ただの友達なだけだ」


 そう言って碧依の方へと顔を向ける。

 彼女は既にヘッドフォンを付け本を開いているようだ。


 彼女の横顔を観察しているとまたも先程のことがリフレインされる。

 密着していることで感じる女の子特有の柔らかさ、髪から漂うほのかな香り――。


 ――柔らかい唇。

 

「……いったいなにしてたの?」

「え、いや。ナニもしてないんだって」

「ふーん、その割には氷音さんを見て赤くなってる気がするけど?」

「炎珠の言う通りナニしてたんだよ」

「吐いちゃえ」

「ただ英語の勉強してただけだっつうの!」

「サボって勉強するならわざわざ抜け出さなくてもいいと思うな~」


 勉強していたこと自体は本当なのに、炎珠の言うことはごもっともであるので何も言い返せなかった。

 

 この追及の流れに居心地悪く、逃げ道はないものか探すため周囲を見回すと。

 無地来が碧依に話しかけているのを見つける。

 ただいつものようにヘッドフォンをしている彼女に声は届いていなかった。相も変わらず報われない奴……。


「ほら、炎珠。無地来をほっといいのか?」

「氷音さんに話しかけたいみたいなんだからいいんじゃない?」

「いやいや、お前たちはほら、そのアレだろ?」

「そんなんじゃないわよ、それよりも私は帝くんの話の方が聞きたいんだけど?」


 だめだった、躱せなかった。

 ニヤニヤしながら顔を近づけてくる。


 クソっ、この娘もエロゲのヒロイン故に顔が滅茶苦茶良い。


『意外といい感じだな』

『だねぇ、本来は氷音さん相手に嫉妬してるはずなんだけどね』

『ウサがこの間の件で大分炎珠の心を掴んだってわけか』

『おそらくね』

『てかウサはマジでなにしてたんだろうな』

『去年時点でのウサの行動が原作外だもんね、ボクらが思ってるよりも進展してたりしてね』


 親友二人が何やらこそこそ話しているが聞き取れない。助けろよ。

 結局休み時間を終える鐘が鳴るまで俺は炎珠から追及を無理やり躱すというやりとりを続けるのだった。


 ――

 

「氷音さん? ジッと彼らを見てどうしたの?」

「……」

「あぁ、帝君か。朱奈と楽しそうに喋ってるけど、彼女は僕のことが……ね、好きだから」

「……」

「あぁ、でも僕は氷音さんとも仲良くなりたいなって思ってて、もちろん邪な気持ちはなくてその、友達としてね」

「……ズルい」

「氷音さん?」


 碧依は視線を本へと落とした。最後まで無地来白に気づかず。

 

 彼女の心にあったのは帝兎月のことだけだった。

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