第5話『最高に美味い弁当』
「あーめんどくせぇ、早く放課後にならんかな」
「まだ学校きたばっかだよ」
「この調子じゃ今日もどっかでサボりそうだな」
いつも通りの代わり映えしない風景。
もうすぐで大型連休を世の中は迎えるがそれまでの一日が長くてめんどくさい。
――それよりもだ。
「ダメですよ帝兎月! 授業をサボるのは私が許さないです!」
「なんで妹ちゃんここに居んの?」
ビシッといつものように指を差される。
無地来の妹――無地来翠が俺らの教室にいる。
呼び方がもう面倒なので妹ちゃんで通している。
「お兄ちゃんに用があったですけど、まだ来てないので」
「一緒に登校しねぇの?」
「私は風紀委員会の仕事があるので」
エッヘンとドヤ顔で語る妹ちゃん。
わりと控え目な胸を張ってる姿が少し可愛い。
つまり、無地来の奴をここで待っていたら俺がサボりそうだから注意をしたということか。
なるほどな――。
『いや、そのわりには毎日来てねぇか?』
『これで三日連続だよね』
こそこそと二人が話す。
その通り、なんでか知らないが、先日の一件を境にやけに付きまとわれるようになった。
曰く『私が帝兎月を更生させます』だとかなんとか。
余計なお世話なんですけど。
「なんですか、帝兎月の友人1、2」
「オレら数字かよ」
「扱いがひどい」
ソーマたちが余計な巻き込みを受けていた。
とまぁ、そんなや感じで妹ちゃんに監視されながら友人二人とダラダラ喋っていると。
「はぁっ、はぁっ、なんとか間に合った……」
教室へと駆け込んでくる無地来と炎珠。
こいつらまた遅刻しかけてんな。
「おっす、炎珠、無地来。今日もそっちが寝坊か?」
「えぇ……そうよ」
「昨日友達と夜遅くまでゲームしちゃってて……」
「ほら妹ちゃん、俺のことを更生させるよりお兄ちゃんの生活見直しが先じゃねぇか?」
「いいんです、朱奈お姉ちゃんがついてますから」
ふんす、と『私の更生対象は帝兎月です、腕が鳴ります』と腕を組んでいる。
いや、アッチいってくれよ頼むから。
「あんたのせいで朝ご飯食べ損ねちゃったじゃない……」
「ごめんね、朱奈」
炎珠は朝飯抜きか可哀そうに。
同情し炎珠らを見ていると予冷が鳴った。本当にギリギリだったんだな。
「じゃあ私は戻ります。帝兎月、授業サボっちゃだめですよ」
「はいはい」
妹ちゃんはそう言い残して帰っていった。
――結局無地来への用ってなんだったんだ?
――
さて体育の時間である。
今日は体力強化期間ということもあり、マラソンがあると事前に伝えられている。
長距離走は苦手じゃないがマラソン自体がそもそもめんどくさい。
いつもの面子で固まって準備運動をこなす。
ちなみに女装してるユーリは体育の時にも当然のように女物を着る。
しかもブルマだぜ?
ほかの女子生徒誰もブルマ履いてないのにこいつだけブルマだぜ?
もはや七不思議のひとつだろ。
一部男子生徒が血走った目でユーリを見つめている。
こいつらもユーリに性癖破壊されたか、ドンマイだな。
そんなくだらないことを考えているとソーマが口を開いた。
「そういや今日さ、例の弁当入荷するらしいぜ」
「もしかしてあの伝説の?」
「そう、虹色弁当だ」
この学校の七不思議のひとつ。
不定期に入荷する虹色弁当。
名前の通りレインボーに光っている弁当だ。
ご飯やおかずが全て虹色に発光してるらしい。
「アレを食べた者は真の境地を味わうという伝説の弁当」
「入荷するはいいけど買う人間は一切いない」
「そもそも口にした人間が今までに居たのかすらもわからない」
まさに七不思議、伝説と語られる弁当だ。
「それでよ、今日賭けねぇか? この後のマラソンで負けたやつが弁当を買う」
「いいぜ、乗った」
「賛成」
よし、めんどくさかったけど気合入れっか。
集合の合図が体育教師より掛かって指定の場所へと向かう。
普段体育は内容によっては男女分かれて行うのだが、今日のマラソンは男女混合での測定となる。
――ふと、偶然近くに来た一人の少女が目に入る。
炎珠朱奈だ。
なんとなく顔色が悪いような気がするが――?
しかし周囲にいるクラスメイトの女子たちが気にした様子なく声をかけているので杞憂だったか……?
声をかけようと思ったがタイミング悪く教師の話が始まる。
少し気になったが意識を前へと戻した。
体育教師から10週走ったら終わりと言われ『えー』『めんどくさーい』『つかれるー』と不満の声が上がり、終わったら今日は校庭で自由にしていいと言われると『よっしゃぁーっ!』『サッカーやろうぜ!』と喜びの声が上がる。
和気藹々とした空気になり、体育教師の合図でマラソンがスタートした。
1クラスまとめて走るので最初は集団が固まったような状態である。
この中を前に出るのは体力を使いそうだが、ソーマとユーリは良い場所を確保したのか少し前の方にいるようだ。10週あるしどこかで抜け出すタイミングがあるだろう、今は最後方で待機だ。
だからだろう、のんびり後ろを走っていた為か、近くにいる炎珠の姿が目に入る。
やっぱりふらついてるな。
まだ始まったばっかだけど、あいつそんなに体力なかったっけ?
――そういや。
『あんたのせいで朝ご飯食べ損ねちゃったじゃない……』
今朝そんなこと言ってたような。
気になってしまったので炎珠の傍に寄り声を掛ける。
「炎珠、大丈夫か。体調悪そうだが」
「だ、大丈夫よ……」
と返事をしたが、顔色はやはり悪い。
とはいえ彼女は無地来に合わせて遅刻しかける以外は完璧な優等生だ。
体調不良だからと言って授業を休みたくないのだろう。
「あっ……」
体が少しよろける。
そんな気はしてたので倒れないようにスッと支える。
「辞めといたほうがいいんじゃね?」
「でも……」
「はぁ、わかったよ。横走ってやっからキツけりゃ少し捕まりな。無理だけはすんなよ」
「でもそうしたら帝くんが」
「気にすんなって、炎珠が心配だからそうさせてくれ」
「……ありがとう」
「おう」
彼女に合わせてゆっくりとしたペースで走る。
正直歩くのと変わらない速度なので先行して2週目に入った生徒たちからはどんどんと抜かされていく。
しかし、さすがは優等生というべきか。
キツそうにしながらも最後まで炎珠は倒れることなくマラソンを走り切って見せたのだった。
結果はビリもいいところ。
もちろん横を走った俺も同じようにな。
「朱奈、ビリだなんてどうしたの……?」
不安そうに無地来が声をかけてきた。
ことの原因はお前なんだよなぁ。
共に遅刻しかけたから彼も朝飯を食っていないはずだったが、そういや授業合間に早弁してたなと思い出す。それ故に体調に影響はなかったのだろう。
「炎珠調子悪いみたいだからさ、無地来一緒に保健室連れてってやれよ」
「えぇ、僕が? でも友達からドロケイに誘われてるし……」
おいおい、ドロケイより炎珠の方が心配じゃねぇの?
「いいよ、一人で行けるから。ごめんね白、帝くんもありがとう」
ふらつきながら炎珠は歩いていく、その様子を見た無地来は大丈夫だと思ったのか友達と思われる男子生徒の方へ歩いてく。
はぁ……。
「やっぱ俺も着いてくよ」
「だ、大丈夫だってば……」
「今にも倒れそうじゃん、まぁ無地来じゃなくて悪かったな。それともやっぱ女子の方がいいか、ちょっと待ってな連れてくるよ」
「あ、そういうわけじゃ……」
最後の方の炎珠の言葉は聞き取れなかった。
俺はいつも炎珠が話してる女子生徒たちに声を掛ける。
「なぁ、ちょっと炎珠が体調悪そうなんだ。男の俺だと遠慮してるみたいだから代わりに保健室に着いて行ってくれないか?」
「そうなの? だから朱奈は帝君とビリだったんだ」
「アタシたちが着いてくよ、あ、でも先生に道具の片づけ頼まれてたんだった」
「それは代わりに俺がやるよ。だから炎珠を頼む」
「そういうことなら」
「任せて、教えてくれてありがとね帝君!」
女子二人は炎珠へと駆け寄っていった。
さて、俺は片付けとやらをするか……。
――そういや、何か忘れているような。
「えらいじゃん、手伝ってやるよ」
「ボクも」
スッと現れたいつもの親友たち。
普通に感謝すべきなんだろうが、ニヤニヤした顔を見て思い出した。思い出してしまった。
「弁当買えよ?」
「無効試合になんない?」
「だ・め♪」
「デスヨネー」
俺は天を仰ぎ見るのだった。
――
さて昼休みがやってきた。
学食の購買へ向かうとそこにはお目当てである虹色に光った弁当があった。
本当に入荷しちゃったかぁ。
とりあえず弁当は買いました。誰も手を付けてなかったので余裕で買えましたっと。
手に取ったとき周囲からざわめきが起きたのは無視した。
さて、処分すっか……。
買うと約束はしたが食えとは言ってねぇよなぁ?
「ちょ、ちょっとタンマあぁっ!」
廊下に響く男子生徒の叫び声。
「待てコラ、帝おぉっ!」
それを追う男子教師の必死な顔をうかがうと事の重大さがわかる。
――要は追われているのは俺で、追ってきているのは最早お馴染みである我らが担任である。
「ちょ、話を聞いてくださいよ!? 俺はですね、何も悪気があってあんなことやったわけじゃないんですよ?」
「……ほう?」
「あれですよ、日々大変な俺たち担任の先生にプレゼントをですね」
「そうか、だから俺に弁当を差し入れしてくれたと?」
「そうです、そうです 俺からの差し入れですよ」
「貴様が俺のカツサンドとすり替えて寄こしたのは何だ……? 正直に言いなさい」
「……とっても虹色に光る弁当です」
突如、俺を捕まえようと腕を伸ばす。
が、ひらりと避け再び対面する。
「なんっすか!? いきなり危ないですって」
「貴様へ特別に先生からの愛のプレゼント、だっ!」
「ちょ、ちょっと暴力反対~」
俺と我が担任の追いかけっこは昼休み終わりまで続いたのだった。
――
「あー、腹減った」
昼休み後の授業を終え、休み時間。
俺は空腹で死にそうだった。
結局担任との追いかけっこで昼飯は食い損ねた。
カツサンドは奪い返されるし何も食べられなかった。
「だからそれ食えばいいじゃん」
「こんなん誰が食うか」
「美味しいかもよ?」
「じゃあお前らにやるよ」
『いらない』
唯一の食糧である虹色弁当は今もバッグに眠っている。
存在感強く今もレインボーに光っていて、バッグの外からでも十分にわかる。
どれだけ腹が減ってもこんなの食えるか、ヒロシに押し付けてやる。
「あの、帝くん」
顎を机につけた状態で上を見ると炎珠の姿が。
「あぁ、炎珠か。もう体調はいいのか?」
「うん、色々とありがとね」
「気にすんなって、あぁいう時はお互い様だ」
保健室へと行っていた炎珠だが、復活して戻ってきたらしい。
俺だったら早退するけどな、炎珠はすごい。
「わ、わたしのお弁当でよければなんだけど……食べる?」
おずおずと差し出したのは可愛らしいラッピングされたお弁当。
「え、どゆこと?」
「体調は戻ったんだけど、食欲は湧かなくて……。このままだと家に帰って捨てるだけだし、帝くんお腹空いてるみたいだからよかったらどうかなぁって」
「喜んで頂きます!」
炎珠から弁当を受け取りふたを開ける。
女子用ということで弁当箱は少し小さめだが二段構成になっている。
可愛らしく詰められたおかずは卵焼きにタコのウインナー、あとは彩を飾る野菜たち。下にはふりかけが掛けられた米が入っていた。
本来なら『わぁ美味しそう』『このタコのウインナーなんて可愛いね』とか色々感想を言ってあげるべきなのだろう。
ただ今の俺は何よりも腹が減っていた。
一切の感想を述べずガツガツと頬張る。
「ウサちゃんさぁ……」
「もっと味わって食えよ」
やかましい、育ち盛り男子の空腹舐めんな。
「ごちそうさん!」
あっという間の完食、米粒1つ残さず全て平らげた。
「かぁー、最悪だよこいつ」
「乙女心がわかってないねぇ」
やかましい。
とは言え食レポ自体は全くしなかったが――。
「炎珠、弁当最高に美味かったよ、ありがとな!」
マジのマジで美味かったので素直に感想を伝えた。
「うん……ありがとう」
あくまで俺の主観だが、彼女は心から喜んでくれている。
そういう風に見えたのだった。
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