第11話 俺の罰

「俺の気持ち聞いてくれて嬉しかったよ。卒業前に君に思いを伝えられてよかった」


 そう言いながら一年B組の扉から顔を見せたのは名も知らぬ三年生の先輩。

 ここ大翔だいしょう高校では学年ごとに男子は制服のネクタイ、女子はリボンの色が違っているためそこの色を見れば初めましての生徒でも学年が分かるというわけだ。


「何しているんだ……君達……」


 教室から出た先輩は俺たちの姿を見つけるとそれまでの儚げな表情から一気に現実に戻されたような真顔で至極真っ当な疑問をぶつけてくる。

 傍から見れば男子生徒が女子生徒の口と手を抑えて押し倒しているというほとんど犯罪現場だろうが、犯人の主張としては告白現場を荒らさないため精一杯考えた結果だったと言っておきたい。


「えっと……これには事情が……」


 前提教室に鞄を取りに来た俺は何かデジャブを感じさせる光景に空気になろうと決め込んだが、決意した刹那その場を壊しえる存在の確認に動揺する。

 その場を乱さぬよう俺がとった行為が兎美見うさみみを押さえつけるという蛮行だった。

 

「そろそろ…………ドケェ!!」


「イッダェァァ」


 鼻歌混じりにご機嫌だったうさは突然襲ってきた相手をこちらも至極真っ当に吹き飛ばす。

 扉の前の先輩に気を取られ本来もっと気にすべきだった存在を忘れていた俺は、意識の外から放たれた防御に対処できるわけもなく反対の壁に直撃し声を漏らす。


「お前ェ……何だ死にたいのかおかしいのか頭がおかしいのか死にたいのか」


「ちょ、ちょっとまって……」


「待ったもねェ!! この変態野郎」


「ちょ……揺らさないで。マジで……オエ。何か、グヲ。出ちゃう……から」

 

 みぞおちにクリーヒットを喰らった俺は口から漏れ出そうな声以外の何かを抑え込みながら蹴ったと同時に胸ぐらを掴みに来た女生徒との対話を試みる。

 当の彼女は完全に怒ったというわけか顔を赤に染めてこちらの脳を揺らしてくる。


「マジ。や……バい」


「ちょっとちょっと。やめなって君たち」


 俺のピンチを悟って兎への説得に参加する先輩。

 本来もっとノスタルジックな雰囲気が展開されるはずだった一のB放課後をグロテスクな惨状へと崩壊させてしまったことを自分の気持ちよりも俺を案ずる先輩に後悔する。


「どうしたのですか? 凄い大きな音がしましたが」


 無視できぬ外の騒ぎに出てきたのは思いを受けていた相須あいすさん。手元にはアイスの大箱。

 この人の優先順位が本当にわからない。


「えっと。これは……」


 腹を抑え悶絶する後輩男子。怒りに我を忘れ殺気立つ後輩女子。

 混沌カオスを生み出した当事者二人に代わって説明を試みる先輩だが今しがた告白を断られた相手と顔を合わせ言葉につまる。

 本当ならあのまま教室を離れて一人自分と向き合っていたかもしれぬ先輩の気まずそうな姿を見て罪悪感が襲う。

 本当にすみません。誓ってわざとではないんです。いろいろと――


「相須……。その箱貸して。こいつ殴るからァ」


「駄目ですよ美見みみちゃん。アイスを凶器に使うなんて」


 そこは殴るという行為そのものを咎めてほしかったが、結果凶器は渡らなかったので良しとする。

 今しがた告白を受けていたとは思えぬ冷静さで兎を対処す彼女の姿にその場が呑まれる。

 怒りのグラフの頂点を折り返したのか段々と落ち着いてきた兎につられるように俺の腹部の違和感も消えていく。


「顔色大分ましになったな。流石に気まずいから俺はもう帰るとするよ。後輩たち、あんまり暴れすぎないように」


「あ、えっと……すみませんでした。その、こんな形になってしまって」


 俺はようやく謝罪をしたが適切な言葉が見つからずそのまま口篭もる。

 そのまま気にするなと一声かけて去っていった先輩の背中にもう一度深く頭を下げる。


「でェ? 何の理由があって僕を押し倒したわけェ??」


 訪れた一瞬の静寂を切り裂くように今度は言葉で兎が詰め寄ってくる。


「えっと……教室で大事な話し合いをしてたっぽいから邪魔したらいけないなと」


「それでェ??」


「で、騒がれないように。口を抑えようと……」

 

 先輩の尊厳を守るためかせめてもの罪滅ぼしか知らぬ相手に言いふらさぬように気を張りつつ答える。

 言っていて気付く。濁さず教室内の出来事を語ったとしてもそれが俺が女子生徒を押し倒していい理由にはならない。

 よし、積みだ。


「尾花君。女の子を押し倒すのは良くないですよ……」


 俺が壁際で悶絶しているところから見ていた相須さんもシーンを切り取って兎の見方をする。

 今回の場合は悪質な切り取りではなくどう切り取っても俺が悪いのでこの構図になるのは必然だが。


「謝って許してもらえるかはあれだけど……ごめんなさい」


 以外にも謝罪を受け入れたのか目の前の狂犬が牙を収める。


「最初からァ謝れ。言い訳並べるな」


 あれ? 保健室では謝罪の後に逆上された記憶があるが許してもらえたのだからそんなことは気にしてはいけない。


「あの。二人は教室に用があったのでは?」


 ようやく落ち着いた一年B組を前に相須さんが尋ねる。


「鞄を取りに……」


「同じく」


 そうだ。本来鞄を取りに来て帰るところだったのだ。

 どうしてこうなったのだろう。もう分からん。


「では帰りますか」


 そんな日常的な会話を聞きこの二日を思い返して考える。

 俺、こんな罰を与えられるほど悪いことしたっけ。


 


 



  

 

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