7時間目の断罪

第10話 放課後はあの味を思い出させる

 朝方のざわめきも昼頃の疲労感も忘れられぬまま俺は放課後を迎えた。

 誰がどんな気持ちでいようと時間は平等に流れていくのがあの一騒動を終えた俺には少し理不尽に思えたが、冷めついた雰囲気の職員室の壁際に立たされる今そんなお気持ちなどすぐに消え去る。


「君たち……許可なく屋上には出入りしてはいけないと張り紙があっただろう。もう高校生なのだからそれぐらい分別したまえ」


 昼休みも終わり際だったため許されたと思っていたがやはり屋上への侵入は御法度ごはっとだったらしい。

 ここ職員室では当事者の俺・姫川直紀ひめかわなおき坂本蹴さかもとしゅう、一年B組担任進藤彩しんどうあや、それに加えて教室から連行される俺たち四名にちょっかいをかけ続けた兎美見うさみみの計五名が頭頂部の寂しさが心配な生徒指導の男性教諭のお世話になっていた。


「特に進藤君。君はこの後校長先生も交えて話し合いがあるから逃げないように。君たち四人は気を付けて帰るように」


 生徒に交じって叱責しっせきを受けていた俺たちの担任教諭を横目に失礼しましたと職員室を出る。

 

「まったく納得いかないよあのハゲ。僕は関係ないだろ」


「まぁあれだけ絡んできたら仕方ないでしょ……決め手は俺に向けて放ったカメムシがあのハ、頭のちょっと寂し気な先生の口に入ったことだろうし」


「はァ? じゃあ避けたお前のせいだろ! あのハゲ……」


「それは理不尽過ぎない? あとハゲはやめよう。辛うじて髪あったから」


「あれはハゲでいいだろ」

 

 どちらへの怒りかわからぬ怒号を俺だけ受け止める。

 俺の中年教師へのフォローが気に食わなかったのか更に機嫌が悪そうになっていく彼女だが彼女の中であれはハゲのためこれ以上議論する意味はないといったようにこちらから顔を背ける。


「なにその目……」


 兎との会話を終えるとこちらを意味ありげに見る姫川の顔に気づく。なにと疑問形で尋ねたが俺はその目に見おぼえがある。

――随分仲が良さそうに見えたが

 頭の中でそう再生される姫川の声に俺は断固たる否定で答えるが現実の彼はそんなことお構いなしに突き進む。


「優也、兎さんと仲良かったんだな」


「別に仲良くはないだろォ」


「そうか。随分と仲がよさそうに見えたんだがな」


 何度目だろうかこのやりとり。やはり頭の中で創られた世界では現実は変えられなかったらしい。この感傷も昼休みぶりだ。


「じゃ俺部活だから先行くわ!また明日な」


「俺も用事があるから帰るよ。またな」


 デジャブを感じていた俺に男二人はそれぞれの思惑で別れを告げる。 

 ともなるとこの場には虫嫌い男と虫投げ女が残されるわけだ。


「あー、兎さんもこのまま帰るの?」


「保健室によるけど。なにィ?」


「いや~……気になっただけです」


 この人なんでこんなにあたりがきついんだろう。そんなに保健室で眠りを妨げたのがダメだったのか。

 そういえばあの日も今日の昼休みも保健室にいたが何か事情でもあるのだろうか。        気になりはするがこういう人のプライベートに深入りすると良くないことが連鎖的に起こる気がするので俺は未来の俺のため今出た探求心をグッと抑え込むみきっとサボりだろうと結論付けた。

 

「なんかお前ェ……失礼なこと考えてない?」


 鋭い。だがここは沈黙を貫く。俺が言葉にしない限り彼女の疑念は妄言に過ぎない。

 ギロりと刺すような眼光でこちらを覗くそれは昼休に感じたヌチャっとした視線とはまさに正反対だ。

 俺はそんな殺気を完全に無視して彼女との別れを告げる。


「じゃあ俺も教室に鞄取りに行くし。また明日兎さん」


「そう。それじゃ」


 淡白な挨拶を済ませると俺たちは離れていく。

 階段を登りながら初日とあまり変わらぬ今日の忙しさに高校の日常を感じる。きっとこの忙しなさが高校なのだ。

 俺の心象に合わせてかオレンジ色に染まっていく空を窓から見上げると目的地である一年B組の前に着く。


「まぁリタイアせずに一日終えられたんだから立派な成長だろ」


 扉の前虚空に向け自尊心を高めていると中から二人の生徒の話し声が聞こえる。

 謎の自己評価で足を止めてしまったせいか何故か入るのが気まずい。

 何というか二人で話しているというのを知ってしまったからその場に入りずらい。 

 ここは教室に入って下手に盗み聞ぎしていたと疑いをかけられぬようここで二人が出てくるのを待つとしよう。例えここで待っていたせいで中での会話が聞こえたとしてもきっとそれは仕方のないことだ。


「実は……前から君のことが気になっていて……」


 この状況、見覚えがある。

 実際そんなことはないだろうが夕焼けのオレンジが変わった気がする。俺一人の気の持ちようがどうだろうと世界は平等に変化しないためこれは気のせいだ。


「好きです相須あいすさん! 俺と結婚を前提に付き合ってください」


 ワンランク上をいった。高校一年生の彼女に結婚前提の交際を申し込むのは生き急ぎすぎなのではなかろうか。

 

「えっと……お気持ちは嬉しいのですが」


 ドンマイ見知らぬ男子生徒。俺はこれ以上聞くのは野暮……というよりもこれ以上ここにいると何故かマズいと直感が告げたのでここに来た目的も忘れて来た道を折り返そうと静かに立ち上がる。


「なっ!?」


 思わず声が漏れる。見た先、即ち俺が来た方から鼻歌交じりのスキップでこちらに向かってくる女子生徒の影を発見する。ちなみにスキップは出来ていない。


「ん? 何やってんだお前ェ……」


 傍から見れば扉の前で聞き耳を立てている不審者に鼻歌の歌手、兎美見うさみみが話しかける。

 退路を断たれたようにその場で固まる俺に兎さんが話しかけたと同時に教室の扉が開かれる音がした。

 

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