第9話 噂のうわさ

姫×花ひめはな!?」

 別棟の廊下に声が響き渡る。

 床に赤色を噴出し続ける古都子ことこさんはそれ以上何かを語るでもなくこちらを凝視する。


「おいおい。大丈夫か?」


 ここまでのやり取りを聞いていなかった姫川は即座に彼女のもとに駆け寄った。


「ハンカチ……あった。これ使って」


「そんな。おぞれおおい」


 鼻を抑えているせいか上手くしゃべれないようだ。


「流石に保健室行った方がいいんじゃ……」


「坂本君それは、」


 そのワードはまずい。そう思い止めようとしたのも虚しく目の前の女生徒はさらにヒートアップしていく。


「ほ”げんじつ”!?!?」


 どうやら彼女の妄想は他人が静止出来る域を超えてしまっているらしい。

 ストッパーが無くなりとめどなく流れる彼女の世界と鼻血はおおよそ高校生の昼休みで起こりえて良い許容量をオーバーしているだろう。


「マジで血流れすぎだって。いったん止血しないと」


「いえいえ。これくらいは日常茶飯事ですので」


 これが日常茶飯事という恐ろしい事実の真偽はおいといて坂本君の言う通り血を流し続けているのは良くない。

 保健室に連れて行けばさらに状況が悪化する可能性があるため先生をここに連れてくる方がいいかもしれない……


「せめて保健室の先生呼んできた方がいいんじゃない?」


「それじゃ昼休み終わっちゃうだろ」


 保健室の先生こと根夢亥夜ねむいよる先生。言われてみれば彼女が自負する徒歩速度を考えるとそれこそ悪手だろう。


「やっぱり保健室連れていくべきだろ」


「おがまいなg」


 男三人の中で出た結論を伝えた姫川だったが古都子さんはそれを遠慮する。

 しかし、今にも白目を剥いて倒れそうなほどフラフラの彼女を見て姫川はしっかりとお構いしていった。


「ほら。手貸すから保健室行こうぜ」


「……薔薇ばらの関節…………キス」


 そんな訳の分からないことを最後にパタリと気を失う彼女の鼻からは未だ止まる様子を見せない赤色が流れ続ける。幸い近寄っていた姫川が体を支えていたがこのやり取りとは裏腹に思っているより事は深刻そうだ。


「俺と優也で保健室へ行こう。しゅうはA組の担任に古都子さんが鼻血で保健室送りだって伝えてくれ」


「了解!」


「わかった。行こう姫……直哉なおや


 この混沌をまとめた姫川に従って俺と坂本君は動き出す。

 サッカー部の坂本君は走り出すともう見えないくらいまで背中を小さくする。

 俺と姫川へのおかしな疑いを晴らすために来たはずなのにいつの間にか一人の生徒の生死が危うくなっている。


「そういえば。どうしてこんなことに?」


「俺もわかんない。正直これは彼女の蒔いた種としか説明できない……気がするけど」


 お互いに走りながら会話を続けているが女子生徒一人をおぶりながら走っている姫川の方が俺より数段早い。

 俺も俺なりに全力疾走ではあるが走れば走るほどその差は開いていく。


「大丈夫か優也?」


「大丈夫。元々……運動が苦手な体質なんだ。後から追いつくから先に行って」


「……分かった。無茶せずゆっくり来いよ」


 聞こえてくる足跡が小さくなったせいか足を止め俺を心配してきた姫川。

 数秒全力疾走しただけで肩で息をしているこの様では心配をかけて当然かもしれないが今は俺よりも鼻血の彼女を優先すべきだ。

 俺とも別れ一人保健室への足を早める姫川は先程よりもペースを上げた。


「くそっ。どっちも……足早すぎだろ」


 俺が保健室についたのは一体何分後だったのか扉を開けた時には古都子さんはベッドで横になって止血されていて姫川は根夢亥先生に状況を説明している最中だった。


「尾花……も、来た。……説明……できる?」


 先生が疑問形だったのはまだ呼吸の整っていない俺を見たからだろう。その配慮に説明できると返すと俺たちは大まかな事のあらましを話した。


「なる……ほど。……よく……わから、ない」


 おそらく不備のないように説明したつもりだったが先生でも理解できなかったようだ。当事者の俺もよくわからない状況だったのだから当然だろう。


「彼女の……勘違い。わたしの……せい、かも」


「な!? 夜先は悪くないだろゥ」


 説明を聞き終えた先生の思わぬ発言を何故か保健室にいた兎が否定する。 

 毎回保健室で顔を合わせることになっていることには少しの疑問があるが今は先生の発言の方が重要そうなので一旦片方は無視する。


「先生のせいってどういうことです?」


「君がここに……いた……説明。……彼女、には尾花……が。姫川に……お姫様抱っこ……され、て……ベッドで……寝た、と……言った」


 なるほど。先生の端折りすぎた説明が古都子さんの誤解につながったのか。確かに保健室に運んでくれたのは姫川なんだろうがいくらなんでも説明が足りなさすぎる。

 まぁそこから虫プレイだの何だのに飛躍させたのは彼女の趣味のせいだろうが。


「とにかく。これ以上ややこしくしたくないしこの件には触れないようにしよう」


「だな。俺達の間には後ろめたいことなんて何一つないんだから堂々としておけばいいだろう」


「お前ェ。その言い方だと反って勘違いされそうだぞ」


 ここまで無視してきたうさが指摘する。

 思えば保健室での実際起きた事件の犯人はこいつだが今は彼女の意見に賛同だ。



「もう……昼休み……終わる。二人は……教室、戻って」


 俺と姫川の方を向き根夢亥先生はそう言う。兎はいいのだろうか。まぁいいか。


「それじゃ先生。古都子さんのことお願いします」


「まかさ……れた」


 気前よく挨拶で終えた姫川の背中を俺も追って保健室を出る。

 ちなみにこの後姫川は、男を襲ってベッドで気絶させ女子生徒を血だらけにしたという物騒すぎる噂を一部流されることとなるがそんな噂は風のようにまっすぐ消えていった。


 

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