第8話 別棟の噂
「ほらここだよ。授業で使わない教室だからちゃんと見たのは初めてかもな」
ここまでの案内を済ませた坂本君が扉の前でそう呟く。
ちなみに姫川は彩ちゃん先生に屋上の鍵を返してからこちらに来るとのこと。
「坂本君、
アイスクリーム戦線のことももちろん気になるがクラスの違う姫川と坂本君が昼休みの動向を知りえるほどの有名人だ。
一体どんな人なんだろう。
「俺もめっちゃ詳しいってわけじゃないよ。ただ……入学して三週間で校長先生と三年の先輩のBL本を学校で発売したっていうことで謹慎受けてるんだ。それからクラスにいずらくなったのかこの空き教室を使ってるらしい」
なるほど。それは中々なエピソードだ。
「そんな凄い人に目を付けられちゃったのか……」
「正確には凄い人達かもね。相須さんもメンバーだし」
「何それ怖いんだけど…………」
やはりというか相須さんもメンバーらしい。名前からして彼女が関わっていないはずはないだろうと思ってはいたが。
というかこの人、そんな謎団体のメンバーであらせられる方に告白していたのか。
「そもそもアイスクリーム戦線ってメンバーのだいたいが学校で知らない人の方が少ないくらいの有名人だしな」
「え? そうなの」
「俺も全員見たことあるってわけじゃないけどね。名前は聞いたことあるな。【インテリキラー】の
なんだその背中がむずむずするようなネーミングセンスは。どちらも中学の時にはまったヤンキー漫画の登場人物みたいだ。
「ちなみに今から会う古都子さんにもそういうのあるの?」
「あぁあったはず。確か……」
「あの……何か用ですか?」
気になるところで考え込んだ坂本君をよそに目の前の扉が開く。
外での会話が煩かったためか中の住人が顔をみせる。
中から出てきたのは長い前髪が眼鏡にかかった後ろの二つの三つ編みが特徴の女子生徒。身長は俺とほとんど同じくらいだろうか。
「そう! 確か【腐眼】の
「腐眼の古都子ですが……何か用ですか??」
考えすぎていたせいか目の前の女子生徒に気づいていなかった模様の坂本君は気まずそうな顔で扉の向こうから除く顔を見つめる。
当の古都子さんも恥ずかしそうに扉の後ろに隠れる。
「えっと……すみません」
正面に見える内気のオーラに気圧されたか委縮する坂本君。ダメだ、ここで引き下がったら目的を果たせない。
俺たちがここに来たのは何もアイスクリーム戦線という謎組織の噂話をするためではない。
「初めまして古都子さん。一のBの尾花です。実は聞きたいことがあって……」
「おおお尾花!? ま、まさか本物がやってくるなんて……」
被せ気味に俺の名前を確認する古都子さん。この反応を見るに恐らく坂本君の読みが当たったということだろう。
昼休みもあと15分もない。ここはさっさと話しの本題に入ってなるべく早く終わらせてしまいたいところだ。
「えっと……なんか俺と、同じクラスの姫川がその……なんかいろいろあったみたいな噂を流したのって君? もしそうならそんな事実は一切ないから訂正してほしいんだよね」
「噂ですか? わたしはただ……その……が…………保……で……」
後半は早口と小声で全く聞こえなかったが彼女が噂を流したわけではないのだろうか。
この人が犯人じゃないならまた別に噂を流した人がいるはずだ。
「その、なんて……?」
「その……お二人が保健室でまさぐり合う様子を描いた夢の話を一部の人に共有しただけで……」
この人が犯人で決まりだ。
古都子さんは目をもじもじさせて俺と視線を合わせようとはしない。
「えっと、どうしてそんなことを……」
「どうしてって。創作衝動に……確たる理由は……いらない」
なんだそのちょっといい風な言い回しは。実害を被っている俺としてはそれにいたった確たる理由の一つや二つは出てきてほしいものだが。
「だいたい。保健室で気絶するほど……気絶するほど激しいプレイをしてる方が悪い!」
ものすごい開き直りと身に覚えのなさすぎる理由が飛び込んでくる。
そもそも姫川が来たのは俺が気絶した後で、その言い方では俺が姫川に何されて気絶したかのような言いようだが犯人はカメムシだ。
史実準拠なら俺とカメムシの話だろ……それも嫌すぎるが。
「俺が気絶したのは虫が飛んできたからなんだ。確かに姫川も保健室には来たけどそれは体育で倒れた俺が一人で教室に戻るのが危ないって先生が判断したからだし。だからその件と姫川は何の関係性もないよ」
俺は二日前起きたことを基本そのまま伝える。カメムシがこちらに飛んできた理由は他にあるがこれ以上ややこしい要素を増やしたくはない。
後は事実が異なると知った古都子さんが噂を流した一部の人に説明してくれればある程度は大丈夫か。
「虫……プレイ???」
ダメだ。何も伝わっていない。
あまりこういった趣味をお持ちの人のことは知らないが一度妄想してしまうともうそこから抜け出せないのだろうか。
だとしたら妄想された時点で負けではないか。
「おーい、待たせたな。彩ちゃん先生と一緒にちょっと怒られてしまって時間がかかった」
廊下の向こうから遅れてやってきたのは姫川直紀。彼女の妄想の登場人物のもう一人。
声の方に向けていた顔を恐る恐る部屋の中に戻すと、そこには鼻血を噴射しながら目をハートにしてこちらを腐眼する女子生徒の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます