噂:右往左往

第7話 教室の噂

 高校への初登校を果たした二日後水曜日。俺はあの日到達できなかった昼休みに辿り着いた。

 三日目の前半戦はいろいろとありすぎた初日が嘘だったように何事もなく終えていた。

 教室に流れる噂の通りにアイスを食べた翌日休んだため、登校してすぐクラスの何名かに噂の真意について問いただされるという珍事ちんじはあったもののそんなことは些細な日常風景だろう。

 今は姫川に誘われて昼飯にありつくところだ。


「マジでごめんな。俺も記憶が曖昧あいまいやけどあの日謝れなかったから」


 姫川に連れられてこられたのは俺の他にも一人存在しており、そのもう一人坂本蹴さかもとしゅうが謝罪してくる。


「気にしてないよ。それにあの日は朝からいろいろあったしもう忘れよう……俺も色々忘れるし」


「そうだな……。そうしてくれるとありがたいよ……」


 少しの気まずさを残して俺と坂本君は和解する。

 この場を設けた本人も満足げな表彰で、男三人青空の下思い思いの物を口に入れる。


「ていうか。屋上使っていいんだ、うちの高校。何か高校の屋上って憧れはあっても実際は入れない場所っていう風に聞いてたから」


「確かにな。俺も屋上が使えるなんて知らなかったし。直紀、どうやって許可取ったんだ?」


 ふと見上げた空に浮かんだ疑問に坂本君も同調しこの場の創設者に訊ねる。


「普通にあやちゃん先生に言ったら鍵貰えたぞ」


 進藤彩しんどうあや。姫川が彩ちゃん先生と呼ぶ彼女は俺も所属する大翔高校だいしょうこうこう一年B組の担任教師だ。

 彼女曰く進藤先生だとおっさんくさいためいっそのことあだ名呼びで距離を縮める目的があるのだという。

 ほぼ強制的にあだ名呼びを強要してくるためクラス内では必死の若作りと揶揄やゆされているが。


「そんな簡単に貰えるもんなんだな。屋上っていっても危険だし先輩たちが使ってるとこも見たことなかったからてっきり立ち入り禁止なんだと思っていたよ」


「いや、普段は立ち入り禁止らしいぞ。ただ彩ちゃん先生が勝手に屋上に出入りしているって噂を聞いたことがあったからもしかしたらと聞いてみたんだ」


 え? それって本当に学校が許可してるのか。彩ちゃん先生の独断専行でバレたら罰則貰うんじゃなかろうか。


「そっか。まぁ彩ちゃん先生が許可したなら大丈夫でしょ」


 この二人の担任教師への信頼は素晴らしいと思うが、もう少し疑ってかかってもよいと思う。俺よりも半年以上長く高校で生活してる二人にしか見えてないことがあるのかもしれないが。


「噂といえば! 朝すごかったな」


 屋上の侵入が許可されているかの件に早々と見切りをつけた坂本君は朝の噂の話を始める。

 確かに朝の勢いはすごかった。だがあくまで俺が休んだのは俺の体調のせいであってアイスは直接関係していない。

 多少噂を信じかけていた俺が言える口ではないが、噂が広まりすぎて相須さんへの風評被害にならなければいいのだが。


「確か直紀と尾花が保健室のベッドでいちゃついたとか何とか。その手の類が大好物な奴らが騒ぎ立ててたぞ」


「あれな。俺も身に覚えがないんだがな……」


 なんだそれは。悪魔のアイスへの言及の裏でそんな恐ろしい話が展開されていたのか。

 今すぐにでも噂の出所を調べて叩いてしまいたい。


「BL? とかいうんだっけ。まったく、俺と優也は別にそんな関係じゃないのにな」


 もっと否定してくれ。なんだその実は何かありそうな中途半端な否定は。この感じで噂の対処に当たられてしまえば俺の高校生活は異様な男臭さの付きまとうルートに突入しかねない。


「坂本君。誰がそんな噂流したの? 早いこと取り消してもらわないと」


「誰だったっけな~。俺も股聞きだから噂の出所なんて……」

 

 そこまで言って考え込む坂本君。

 本日も出てきた無視できない問題への解決のためにできるだけ多く情報はあった方が良い。

 俺自身もこの高校については全く詳しくないため些細なことでも聞いておきたいが。


「おいおい。そんな犯人探しみたいなことはよくないだろ??」


 そんな他人事の姫川に思わず驚きを隠せず目を見開く俺と坂本君。この噂が広まることこそが本当に良くないことだろうに。

 先日の俺へのお詫びのつもりか噂の出所に対して積極的な坂本君は弁当箱の卵焼きを頬張ると何か思い出したように俺を指さす。


「確かA組にそういうのが大好物の子がいたな。名前は確か……そう! 古都子ことこさん」


 ここでいうA組とはおそらく一年A組だろう。隣のクラスとはいえ全く聞き覚えのない名前だが坂本君が知っているのなら話は早い。


「じゃあA組に行ったら噂の真相を聞けるかも?」


「いや、古都子さんなら昼は多分別棟の空き教室だな」


 俺と坂本君の会話に補足する姫川。そんなに有名な生徒なのだろうか。


「そっか! あの子アイスクリーム戦線のメンバーだったな。どおりで他のクラスなのに覚えてたわけだ」


 アイスクリーム戦線? なんだそれは。知らないはずなのに参加してそうなメンバーに一人心当たりがあるのが恐ろしいところだが更に話をややこしくする要素が増えてしまった。


「じゃあ食べ終わったらちょっと会ってみるか」


「だな! 早く食い終わろうぜ」


 俺を置いて話が進んでいく。もちろん解決に向かうのはいいのだが誰かアイスクリーム戦線について説明をしてほしい。

 そうして訳のわからぬ昼食を終えると俺たち三人は昼休みが終わる前にと別棟の空き教室へと向かった。


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