晴れのち兎

第5話 保健室の悪魔

――頭が痛い


 ズキッという頭部の痛みに意識が覚醒する。まだぼやけ気味な目を細め今の状態を確認する。


「―—病院か?」


 見上げた先には白基調の天井、体を包む暖かな大布の感覚、簡易的に個室を作り出している薄ピンクのカーテン。そこは患者版尾花優也おはなゆうやが先月までいた場所にそっくりだ。

 寝起きの考察を披露してみるとそれは直後訪れた人物によって即否定された。


「起き……た……か。こ、こ……保健室。体育……で。倒れた…………。デカい……クラスメイト……運んだ」


 なるほど。ここは保健室のようだ。目の前の女性も白衣をまとっていることからこの保健室の保険医ということが想像できる。

 猫背で目のくまがすごく、髪はオブラートに包んでもぼさぼさの長髪。喋り方もおっとりとしていて途切れ途切れなど気になる点は多少あるが今はそれよりも知りたいことがあるので頭から疑問を除外する。


「先生。えっと……今って何時間目ですか?」


 体感数時間は寝ていただろうかという予想ができたため俺は現在の時間を聞く。

 もしも一時間目、最悪二時間目が終わっていてもなるべく授業には参加したい。登校初日からほとんど欠席などごめんだ。


「今……だいたい、12時。  お昼。  四時間目……の…………途中」


 俺の予想とは少し反して正午を回ってしまっているらしい。言われてから斜め左上に確認できた時計も12時15分を指している。


「まだ授業やってるんだったら教室戻りたいんですけど。大丈夫ですか?」


 なるべく充実した一日目となるよう俺は保健室からの早期撤退を打診する。

 聞こえていたであろう保険医からの返答はなく俺は無言の肯定なのかと勝手に解釈する。

 体にも違和感はないため決意の表明とベッドから立ち上がろうと足を外に出した瞬間、それを目の前の女性が止める。


「だ……め。頭……打ってる。  一人で…………戻るの、危険。  昼休み……なったら……大きいの……迎え来る」


 そう俺に言いかけると彼女は自身の胸の前で手をクロスさせる。手を持ち上げるだけにやたらと時間はかかっていたが思わぬお茶目なポーズに俺は反って反論の勢いを失う。


「え、と。付き添いは先生がしてくれたらいいんじゃ……」


「私……と、行く……より。昼休み……待った方が、早い」


 そんな馬鹿な。ここ大翔だいしょう高校の昼休みは基本12時40分から始まる。授業の影響でそれが伸びることはあっても早まることなどないだろう。

 保健室と一年B組がどれほど離れているかは知らないが彼女は自分のペースでは到着まで少なくとも30分はかかると言ってのけたのだ。


「まぁ……ゆっくり、休む。 倒れ……たんだ、から」


 先生の表情は至って真剣。俺が早期離脱の意を伝えたことでむしろ怒りの表情へと変わっているようにも見える。

 彼女の態度から本当に昼休みを待った方が早いのだろうと悟った俺は諦めてもう一度ベッドに横たわる。

 ズキッ。また少し頭が痛む。まだ止んではいない頭痛に俺は先生の判断にようやく賛同する。

 こうなってくると30分はやれることがない。わざわざ俺を迎えに来てくれる大柄なクラスメイトさんに対して暇だからと急かすのはあまりに傲慢だろう。

 辺りを少し見て当たり前だが暇つぶしが出来そうなものなどないことを確認すると俺は先生との対話をこころみる。


「先生って……なんて名前なんですか?」


 俺は開口一番どこかの廊下でもあったような形式でキャッチボールを開始する。


「名、前? 根夢亥夜ねむいよる。それが……どうしたの?」


「根夢亥先生って言うんですね。いやぁ名前知らなかったんで気になって」


「そっか」


「「…………」」


 ゲームセット。。会話は終了した。俺も先生を互いの顔から視線を外すとそこには静けさだけが残る。

 時計は12時16分。ダメだもっと会話をしなくては。


「えっと、根夢亥先生っておいくつなんですか?」


 声に出した後気づく。これは女性に対するタブーだ。中学の時担任だった女性教師に同じ質問をして思いっきり頭を殴られた記憶が蘇る。


「26……だよ」


 俺の不安とは裏腹に根夢亥先生は簡単に答えた。こうも人によって感じ方が違うのかと呆気に取られる。


「お若いんですね~」


「そ、う? ありが……とう」


「いえいえそんな」


「「…………」」


 ゲームセット。延長虚しく会話は終了。俺は自分の話題性の無さに呆れる。

 そうして再び互いに顔を背ける。数秒後、彼女はそそくさとカーテンを開けて歩き出すと思い出したかのように白い箱の前で止まった。


「そうい、えば。アイス。差し……入れ。あった。」


 あれは冷蔵庫。手に取られたのがクールリッシュの赤こんにゃく味ということからもあれが誰の所有物かは明白だ。まさか保健室にまで勢力を拡大していたとは。

――彼女は本当に何者なんだろう


 本日三度目の遭遇にそんな思いを走らせると俺は先生がこちらに歩き出す前に声をかける。


「昼ごはんもありますし。今は食べれませんよ」


「そっ、か」


 冷蔵庫に吸い込まれるクールリッシュ。シューアイスを食べた時よりも明白にコンディションは悪いためあれを口に入れるわけにはいかない。

 歩いてもらった先生には悪いが断る他に選択肢はないのだ。

 そうしてやり取りを終えると先生との一悶着の音のせいか隣のベッドからガサゴソと誰かが起きた気配を感じる。


「うるさいなァ。僕の睡眠を邪魔しないでよォ」


 声の方向を向いたが刹那、俺の視界に小さな影が飛び込んだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る