第4話 体操の隊形
更衣を終えグラウンドには続々とクラスメイトが集まる。始業の鐘の前には体操の隊形に並んでおくのがこの学校でのルールらしく出席番号七番の
総勢36名からなる
6×6の隊列ということは俺の隣には出席番号一番と十三番の生徒が来るわけで、即ち
「尾花君。随分と顔色が優れないように見えるのですが大丈夫ですか。暑いのでしたらアイス……いりますか?」
綺麗なセミロングを後ろでまとめた少女、相須恵が語り掛けてくる。
ゴソゴソという音だけだしアイスを取り出す相須さん。本当にどこから出しているのだろうか。
お気遣いは嬉しいが俺の顔色が悪く見えているのなら申し訳ないがそれはあなたのせいでもあるんです。
つい数分前、廊下で告げられた
しかし彼女の純粋な行為を無下にするのも心痛まれるので俺は嘘ではない回答で濁す。
「あんまり体が強くないからこうも暑いとちょっとね。授業ももう始まっちゃうしアイスはまたの機会にいただきます」
「そうですか……無理はなさらないで下さいね」
「ありがとう」
純粋に心配をしてくれる隣の彼女に抱いていた邪念にズキっと心が痛む音がしたがアイスを受け取らないという目的は達成できたようなので良しとする。
オカルト的なことは信じない派の俺でも一本で謎の体調不良を生み出したとされる実績を持つものをわざわざおかわりしようとは思わない。
再三感じたクラスメイト達の距離間が俺に未だ学生生活での孤独感を覚えさせていないことに感謝はするものの、今はこの話題をシャットアウトする。
「ところで尾花さんは好きなアイスなどあるのですか? 何でしたらストックしておけますよ」
残念。シャットアウトとはいかないようだ。ここで普通に好きなアイスを答えたところで現状実害はないだろうし、友達と呼べる人がいない今接してくれる相須さんとも仲良くしていきたいという気持ちはあるが、これ以上孤軍奮闘すれば二本目のアイスは免れないと感じた俺はもう一人の隣人に救助要請を送ることにする。
「あ~~坂本君は……好きなアイス…………」
そこまで言い相須さんとは反対に立つ生徒に顔を向けたところで言葉が止まる。俺が救助要請を送った彼はまるで
――よしそっとしておこう
思えば坂本君はこのアイス少女にふられてから一時間ちょっとしかたっていないのだ。気持ちの整理がついていなくて当然だろう。
俺は一人で乗り切る勇気と、今から発っする物が品切れであることを密かに願いもう一度相須さんの方に向き直る。
「好きなアイスだよね。俺昔からクールリッシュ好きなんだよね~」
言い終えてすぐの彼女の表情には変化はない。どうだ! と体感早まる瞬きと鼓動に意識を取られるうちに彼女は何かを考えるような表情から今日一番の笑顔へと変貌する。
「クールリッシュ! 私も大好きです!! よかった~先週たまたま買っておいたんですよ」
諦めるにはまだ早いぞ尾花優也。まだアイスを進められると決まったわけではないがそんなに甘くはないだろう。
俺は脳をフル回転させこの事態への打開策を考える。
「でも結構ニッチだよ。クールリッシュといっても赤こんにゃく味だし」
無論そんな味のアイスなど存在しないだろう。口から出まかせ。ここ、滋賀の名産である赤こんにゃくとクールリッシュの架空のコラボを体現させることで俺はこの場を乗り切ろうとした。
「大丈夫! もちろんあるから。先週買っておいたんだよクールリッシュの赤こんにゃく味」
存在していた。
クールリッシュ。まさに飲むアイスといったコンセプトで、ワンハンドで手軽に楽しめるのが特徴な氷菓子。
まさか赤こんにゃく味が発売されていたとは。
ちなみに俺が一番好きなのは普通にバニラ味だ。
「赤こんにゃく味を知っているなんて……なかなかの通ですね、尾花君」
予期せる事態により口から出た嘘が俺をアイスマニアを唸らせる程の通へとランクアップさせていた。
赤こんにゃく味……どんな味なのかな。そんな諦めのような好奇心を覚えれば時計も一時間目の開始時刻と重なり校庭に響く声をすぐさま掻き消す。
「よし。授業始めるぞ」
チャイムの音と少し遅れてやってきた男性体育教員はそう言い俺たちに準備体操を始めさせる。
そうして俺の高校最初の授業が始まる。
――何だったんだろう。今の会話……
チャイムの音が鳴り止み訪れた暫しの静寂に俺はそんな感傷を見出す。
そうして始まった体育の内容はサッカー。坂本君はやはりサッカー部であったという真実に喜びを覚えたのも束の間、俺は菩薩顔の坂本君が蹴ったボールを顔面に受け一時間目をリタイアした。
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