第3話 どこか長い廊下で

「変わってるだろうちの担任。面白い人ではあるけどな」

 

 廊下を歩く俺の影にもう一つ生徒の影が近づく。

 自己評価70点の自己紹介とほんの少しのイレギュラーの後、俺は一時間目の体育のため着替えを持って体育館を目指していた。

 大翔だいしょう高校では体育などで着替えを必要とする際男子生徒が体育館の更衣室で、女子生徒が自教室で更衣を行うこととなっている。そのため男子生徒に該当する俺も例外なく体育館を目指して廊下を歩いているわけだ。


「えっと……ごめん、名前なんだっけ?」


 俺のペースで隣を歩く男子生徒とのキャッチボールの初球に俺はありきたりな質問を選ぶ。

 まだ一部生徒を除いて顔と名前が一致していないので正直にその意を伝えた。


「ごめんごめん。そりゃそうだよな。俺は姫川直紀ひめかわなおき。みんな直紀って呼んでるし優也も気軽に直紀って呼んでくれ」


 そういうと俺の方に腕を回し白い歯と笑顔を見せる。距離の詰め方にし若干の動揺を覚えつつ俺は聞いた内容を素早く頭の中で整理する。

 高校に入る前事前に勉強していたからすぐに理解できた。高い身長。男の俺から見てもルックスの良い顔。気軽な名前呼び。間違いない、彼は陽キャーというやつだろう。


「よ、よろしく直紀」


「こちらこそよろしく優也」


 陽キャーとは仲良くしておく。これも事前学習で得た知識の一つだ。

 一通り挨拶を終えると少し遅くなっていた歩くペースを元に戻す。

 姫川も肩を組んでいた腕を下ろしペースを合わせてくる。


「でも優也がしゅうと知り合いだと思わなかったな」


「蹴? 誰だ」


 歩くペースを戻しても会話のペースは戻らない隣人に俺は再び浮かんだ疑問を返す。

 この高校には高校以前の知り合いはいないはずだし蹴という名前も聞き覚えはない。知らぬうちに知り合いが増えたのかとそんなおかしな結論に至りかけた時、その答えは姫川から投げかけられた。


坂本蹴さかもとしゅうだよ。ホームルームで仲良さげな雰囲気だったしてっきりそうかと思ったんだが」


 坂本蹴。なるほど坂本君は名前を蹴といったのか。これまた偏見だが何ともサッカー部ぽい名前だ。――どこをどう捉えたらあれを仲の良い雰囲気だと思えたのかはわからないが。


「知り合いというほどでもないよ。ただ……朝たまたまお互い会って見たことあったからそんな風に感じたんじゃないか?」


 俺は坂本君の朝の悲劇を濁しながら姫川に返答する。もうすでにクラス内には情報として知れ渡ってしまったかもしれないが第三者が言い広めるは好まれた行動ではないだろう。


「そうだったのか。あいつもああ見えて面白いやつだから仲良くしてやってくれ」


 ああ見えて……俺の記憶にある坂本君の顔は俺の問題かパーツが可変式だったため上手くがどう見えてかは理解できなかったが面白いやつというのは伝わってきていたので軽く頷く。

 出会いが異質だっただけできっと彼とも仲良くなれるはずだ。


「じゃあ、相須さんとはどんな仲なんだ? 随分仲のよさそうな雰囲気に見えたが」


「相須さんとも今日知り合ったばかりだよ。その……なんだ。朝たまたま出会ったんだよ」


 一体彼にとっての仲の良い雰囲気の基準はどれほどなのだろうか。頭に浮かんだそれを掻き消し俺はまた坂本君の朝の悲劇を濁しながら彼女との関係性を伝える。


「相須さんから受け取ったアイスを食べてる人を久しぶりに見たもんだからてっきり特別な仲かと思ったが……違ったのか」


「今日出会った俺が何がわかるって話かもだけど、相須さんって誰にでもアイスを押し売りする女性というイメージが強いんだけどそんなことなかったのか?」


「それ自体はそこまで間違ってないと思うぞ。実際一学期までは何人か彼女からアイスを貰って食べてたし。ただ……」


ただ。そんな不穏な逆説をかましながら彼は続ける


「ただなぁ。何故か彼女と仲が良くなってアイスを受け取っていた生徒は、全員受け取った翌日体調不良で欠席してるんだよ。俺はあまり信じていないが大翔だいしょうの七不思議なんか言われて一時期噂になったんだ。それ以降はあまり彼女からアイスを受け取る人を見ていなかったから」


 おいふざけるな。そんないわくつきだったのかあのシューアイス。あまりオカルトチックなことは信じない派の俺だがそういうことは事前に教えてほしい。


「まあ噂は噂だし。大丈夫だろ! 彼女、校内でも超人気なアイドルみたいな存在だし。」


「そうだな、ハハッ」


 そうして乾いた笑いをしてみせると既に校舎を抜け体育館がその姿を現していた。

 更衣室には俺たちより先に来ていた生徒たちが先に着替えだしている。俺も足早に着替えを終えて集合場所であるグラウンドへ出る。空は雲一つない晴天だ。

 

 高校最初の授業。それを前に俺の内にあったのは自己紹介の時のような不安と期待なんかではなく、明日の自分へのうれいだけだった。




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