相須恵を断れない

0.5時間目の憂鬱

第2話  自己紹介と冷蔵庫

 県立大翔だいしょう高校一年B組。

 俺、尾花優也おはなゆうやを新たな物語の始まりへいざなう場。つまるところ俺が通うクラスだ。

 教室の扉の前に立ち朝のホームルームを迎えているクラスメイトの声に耳を傾ける。


「1限現文だって~。まじ最悪」


「やっべ!数学の宿題やってねぇ」


「坂本君ふられたんだって」


 何やら身に覚えのある内容があった気もするが気のせいだろう。

 夏休みの終わりから1か月以上がたった10月21日月曜日。今日が俺の高校への初登校日となる。中学の卒業式の2日前から入院し、先月までリハビリなどで春から通うはずだった高校へ通えずにいたがついにその日が来たのだ。

 予定から半年近く遅れた新生活に少しの不安と淡い期待を覚えながら自分の名前が呼ばれるのを待つ。


「じゃあ尾花。入ってくれ」


 担任の声に従い扉に手をかける。そしてゴクリと口に溜まったものを呑み込んだ後1年B組の中へと足を踏み入れた。

 教卓の前まで歩き止まる。

 会話が特段止まるということはない。それまでの盛り上がりとは違った空気の温度感を肌で感じながら俺はクラスを見渡す。


「軽く自己紹介よろしく!」


 心の内で一つ深呼吸をし、改めて前を向く。

 前方最前列中央。俺の目の前には福笑いのような男子生徒が……違う。これはあの体育館倉庫裏であずき棒に敗北した坂本君だ。

 目の錯覚かおでこの位置にある口が異様な笑みを浮かべている気がするがそんなわけはないのでこれは緊張によるものだろう。


「初めまして。尾花優也です。えと……嫌いなものは虫です。半年遅れの入学ではありますが仲良くしてください。よろしくお願いします。」


 無難。おそらく大きな失敗点はなかっただろう。自己評価を付けるなら70点といったところだ。


「よし。じゃあ尾花。最後尾の窓際二番目がお前の席だから着席していいぞ」


 おおよそ予想通りの展開。何一つ変わったことなど起こらず俺の自己紹介は終わりを迎える。

 席と席の間には人一人分と少しの隙間があり、その隙間と視線の間を掻い潜りながら指定された俺の席へと向かう。

 転入生というわけではないため名前は知られていたのか”あれがそうか”といった感じの会話もちらほら聞こえてきた。

 席に近づき肩から下げる鞄を机の上にでも置こうかと考えた刹那、ゴンッという鈍い音と共に足先に痛みが走る。

――マズい誰かの鞄でも蹴ってしまったか

 そう思い視線を下に向けるとそこには席と席の間にすっぽりと収まった冷蔵庫の姿が。


「なにこれ??」


 頭をよぎった言葉がそのまま口からこぼれる。


「あぁ~すみません。ここ私の冷蔵庫があるんです。申し訳ありませんがもう一つ隣の列を歩いていただけると幸いです」


 聞き覚えのある声。俺がこの学校に来てからまともにをしたのは先生を除けば二名。

 その片方の男子生徒はここより前の席で確認済み。

 つまりこの冷蔵庫の持ち主は……


「先程ぶりですね尾花君。わたし、一年B組出席番号一番。相須恵あいすめぐみと申します」


 肩より少し下まで伸びた青み掛かった黒のセミロングが綺麗な女子生徒。

 ほぼ初対面の俺に対しても天真爛漫な笑顔を見せつける彼女は今朝告白をアイス片手に受けていた女性に間違いないだろう。

 深入りしすぎれば飲み込まれる。若干15歳の直感が黄色信号を突き付けてきたためこれ以上の詮索はやめることにしよう。


「お近づきのしるしにあずき棒はいかがですか?」


「実はあずき棒そんなに得意じゃないんだ。歯が弱くて……」


 自分の席に座るとどこか既視感を感じさせる提案を全くの嘘で丁重に断る。

 この年にして歯が脆いという設定がつき加えられてしまったが致し方ない。病院のベッドで暇しているときに見たネット記事かなんかにも直感は大事的なことが書かれてあったから間違いないだろう。


「なるほど。でしたら柔らかいシューアイスもございますよ」


 代案。そう言い相須あいすさんは誰に向けてかわからないドヤ顔で足元の冷蔵庫を開けるとその中にある一品を取り出した。

 シューアイス。フランスが発祥といわれており、サクサクのシュー生地と口触り滑らかなアイスが相性抜群の氷菓子。

 俺の歯をいたわってか比較的噛みやすいアイスを提案してくれたが、根本的にアイスを必要としていない俺とは噛み合っていない状態だ。

 断ろうと思ったがこれ以上押し問答が続けばかえって逆効果のため俺は相須さんの手のひらに鎮座されたシューアイスを受け取る。


「ありがとう――――うん、とても美味しいよ」


 軽く一口で食べ終えると体内に広がる寒風を感じながら前を向く。

 このような異例な状況に何の疑念も抱いていなさそうな教室の雰囲気に疑問を覚えつつも今はこのまま終わってくれと願いながら朝のホームルームの終わりを待つ。

 

「―—尾花君。他のをご希望でしたら言ってくださいね。後ろにも冷蔵庫はございますから」


 左耳に吹きかけられてた囁き声に誘導されるように俺の目線は反対を向く。

 目線の先、教室の後ろには生徒用のロッカーであろう銀色の金属箱が二段に綺麗に並んである。その右端上段が他とは違う白色の箱型の……そう、あれは冷蔵庫だ。


「教室に冷蔵庫って何なんですか!?!?」


 脳の処理の限界を迎え思わずドンっという轟音と共に立ち上がる。

 瞬間、自分の方へと突き刺さった矢の数々に早くも後悔が芽生える。


「何ってーー。冷蔵庫。相須のなんだから仕方ないだろう」


 真剣にそう答えた女性教師は今日会ってあから一番の真顔で俺を見つめる。

 冷蔵庫は普通なのか? 確かに俺は中学までの常識しか持ち合わせていないが高校に進学すれば冷蔵庫は普通になるのか?

 もしかしたら俺が世間知らずなだけで別に問題のないことなのかもしれない。

 俺は自分の中で浮かんだ疑問に答えをやるためもう一度質問をする。


「じゃあ。明日から昼食は暖かいご飯を食べたいので電子レンジを持参してもよろしいでしょうか」


 自分でもよくわからない質問を投げかけるとそれに先生は親切に答える。


「何言っているんだ。ダメに決まっているだろう……」


 ダメに決まっていた。そうか、ダメらしい。


「もうこんな時間か! お前ら一時間目の用意しとけよ。じゃ解散!」


 受けた後悔には釣り合わない答えだけ貰い俺は目に入った黒板の時間割を確認する。

『一時間目:体育』


「現代文じゃないのかよ」


 俺はそこで思考を放棄した。

 






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