12月のアイスクリーム
あざとアイス
プロローグ
第1話 抹茶アイスみたいな午前7時30分
「―—きです!」
声が聞こえる。
「好きです!俺と……付き合ってください!!」
10月にしては暑い印象を感じさせる今日この頃。澄み切った空を太陽のように熱い気持ちが駆けていく。時刻は午前7時30分を少し回ったところだろうか。
ここ、体育館倉庫裏には今にも爆発しそうなほどに顔を赤らめ自分の内を
「すぐに答えが欲しいわけじゃないんだ。ただ、僕の気持ちを君に伝えたくて」
恥ずかしくて相手の顔を直視できないのか下を向き頭を掻きながら続ける男子生徒。
下を向いているせいかこの場にいるべきでない存在―—
彼もこんな朝早くに登校してきている者など他にいないと思っていたのだろう。今この場所が自身とその思い人だけのための空間と思い込んでいる様子だ。こちらにも事情があるとはいえ申し訳ない気持ちになる。
「初めて君を見た時から君のことを素敵だと思っていたんだ――だから」
耳まで真っ赤に染め恋文を綴る男子生徒。表情はしっかり見えないが言葉の節々から真剣さと誠実さが伝わってくる。
「俺の気持ち……受け取ってくれたら嬉しいn」
そう言いながら徐々に顔を上げる男子生徒がその光景に目を丸くする。
「えっと…………何をしているんですか?」
当然の疑問。それは場違いな野次馬に対して放たれたもの……ではなく彼がまさに今思いを伝えている最中の女子生徒に向けたもの。
「あずき棒です。美味しいですよ!」
疑問が来たから答えを返しました。そう言いたげな屈託ない笑顔で彼女は自身の手に収まっているものを見せつける。その様子に彼はポカンと開いた口が閉じない。
あずき棒。小豆ベースのほろ甘い味と、他とは一線を画する硬さが魅力の人気の氷菓子。
彼女の手には少し季節外れかアイスクリームが握られていた。
目を丸くしたままの男子生徒が頭の整理を行っている間にも、彼女はまた軽快な音を鳴らしながらそれを頬張る。
「あ、ウェ? ……あずき棒。エトソウデスカ。え?? あず……ヴぇ???」
当然の反応。数刻前の誠実に思いを届けんとする男子生徒の姿は彼方に消え去っていた。無理もない。このような状況になると誰が想像できるだろうか。
決死の思いで気持ちを伝えれば当の本人は自分のことなどつゆ知らずアイスに夢中。多少顔のパーツが明後日の方向へ侵攻しだしている彼のことを誰が攻められよう。
「あずき棒ってどうしてこんなに硬いのでしょうか? もちろんそこも個性的で魅力的なところなのですが。本当に罪なアイスですね。坂本さんもいりますか?」
「ア――チカクカビンナンデケッコウデス」
「それは残念です」
坂本さんもいりますか。そう言い新たなアイスを取り出す彼女。いったいどこから出てきたのだろうか。
一瞬辺りを見回し迷ったような表情を浮かべた彼女はまるで次の標的を見つけたといわんばかりにこちらに目線を合わせる。
それにつられ名字が坂本とわかった男子生徒もようやく俺の存在を認知した。
「アイスクリーム、いりませんか?」
「あ、えと……」
突如矛先の変わったナイフに思わずたじろぐ。
両目を輝かせこちらににじり寄る彼女。それをみて更に混乱した様子の坂本君。一体俺は何に巻き込まれているのだろうか。
「俺もアイスはいらない……かな。あと坂本君? が何か言ってたみたいだけどいいんですか?」
我ながらナイスパス。あとはなるようになるよう上手くゴールネットを揺らしていただきたい。
アイスの譲渡を断られた瞬間に自分の口へと譲渡者を変更した彼女は思い出したかのように坂本君の方に向き直る。
手元には二本の木の棒。なるほど少なくとも三本目らしい。
「アイス食べてると他の事忘れちゃって~すみません。あ、告白の件もごめんなさい。気持ちは嬉しいですけど今は彼氏とか考えていないので。」
ペコリと一礼。坂本君、振られる。しかし彼の表情は数回前のキャッチボールの時点から変わっていないようにも見える。
何がショックだったのかまだ理解が追いつけていないのだろう。
「あ! もうこんな時間。先生に呼ばれているんでした。それではまた教室で」
時計を見直すと現在は7時50分。遠くの方から遮断機の下りる音と話し声が聞こえる。そろそろクラスの中で登校時間が早い組の生徒たちが登校してくる時間だろうか――坂本君は動かない。
「俺も職員室に用があるから……ごめん。」
それだけ言うと気のせいか肌寒く感じる10月の空の下を離れた。
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