心に穴が空いた。

@mohoumono

帰省

心に穴が空いた。僕が嫌いな虚しさを表現した言葉で、日常会話に出てきてしまうくらいには、親しみやすい言葉に成り下がった。


だが、そんな安易に発していい言葉では無かったはずだ。真っ暗闇で見つけた花のような温もりのある言葉だったはずだ。自分ですら納得できない心を理解するために生まれた光のような言葉だったはずだ。


それが、人生の暗さを表現する言葉に成り下がったことが、僕はどうしても許せなかったのだ。だから、この言葉が嫌いだ。


何を食べても、何を飲んでも、何処に行っても、満たされなくて、ため息が出るようになった。その度、左胸に右手を当て、心臓の鼓動を確かめた。一定のリズムで心臓が動き続けている。当たり前のように、心臓に穴は開いていなくて、僕はまだ生きているようだった。ふと、石ころを蹴飛ばしたくなった。


寝ることが趣味なのは、時間を長く使える事と、あの日の出来事を都合よく変えることができるから。夢の内容は、あの子の代わりに自分が亡くなることだ。


未だに記憶から消えてくれなかった。あの笑顔も、あの涙も、前日に言われたありがとうも、君の部屋に残された真っ白のコピー用紙も。着物姿の君が波打ち際に流れ着いた事も。何一つ消えてくれはしなかった。だから、もう嫌になった。忘れられないのなら、考えれないようにすればいい。ならせめて、君と同じ場所で君と同じように。僕は、そう考えて実家へと帰った。

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