第4話

 オレは今から789年前にこの世に造られた魔造人間だ。もう今は存在しないが、とある国が魔術に秀でており、当時の王の命令で、名だたる技術師や魔女達がそれぞれの技術を注ぎ込んでオレを造り上げた。

 ゴーレムや傀儡人形の類と魔造人間の大きな違いは、ベースに使うものが生き物かどうかだ。オレは魔造人間になる前、つまりただの人間だった頃の記憶は全くないが、のちに覚えた知識としてそうやって作られたということは知っている。魔造人間を使うメリットは、無機物由来のものよりも人間の体内の魔力回路を介した方が魔力の出力が安定するのと、一度魔力を注げば永久的に稼働できる点だ。そして当時は魔導機械の類も存在していなかったため、細かく命じずともある程度、思考や予測をし臨機応変に動ける魔造人間がある種大変重宝された。


 「ヨダカ君、君はこんな所にいてはいけない。あんな酷いことを、君にさせたくない。逃げよう、一緒に。」


 ある時、そう言ってオレを逃がそうとした人間がいた。ソイツは長らくオレの教育係をしていたヤツで、そしてオレの、唯一の友と言える大事な人間だった。

 俺は最初何を言われてるのか分からなかった。でもその時のアイツは、いつもの笑顔なんかなくて、切羽詰まって泣きそうな顔で震えながら、それでもオレの手を離さないように強く握って、慣れない空間転移魔術を使って城から出ようとしていた。

 しかしそれは失敗し、アイツはすぐに捕捉され、王の前につきだされた。罪状は敵国からの密偵と自国の最重要機密兵器の鹵獲の罪となっていた。その時アイツを処刑したのは、オレだった。


 「ヒスイ・リンドウを殺せ」


 王のその命を聞いた時、オレは凍りついた。「そんなこと、できるわけがない」と言おうと口を開いた。しかし、


 「承知致しました。」


自分の意思に反して、呆れるくらいに掠れた声で出た言葉は、それだった。

 どうして、と思う間もなく、気づけばアイツは赤く染まって死んでいた。頭がボトリと落ちて、アイツの綺麗な翡翠色の目がこちらを睨んでいた。気がした。


 それからのことも、全て記憶している。あまり思い出したくないが、しかし忘れてはいけないとも思っている。


 その後、大規模な戦争があった。未だに学校やなんかの教科書として載るくらい、広く人に知られるほどに酷いもので、その戦争のために作られたのが、オレだった。胸に刻まれた紋章をマーカーに、王の命だけを聞いて実行するだけの操り人形状態だった。

 夜になるとオレは魔力で作った翼で空に飛び立った。魔力で作った翼は青く光る。その上で飛んでいるから、大砲や弓などの攻撃が飛んできたが、避けられなくても気にする必要がなかった。その程度、たとえあたっても傷一つつかないからだ。そうして、オレは敵国の全てを破壊した。オレが放った魔術のせいで青い炎に包まれた瓦礫の山や焼き尽くされた大地を見た。数多の生温かい血を浴びた。動物か人間か、もはやなんの生き物かわからない焦げた屍肉の塊がそこかしこに転がって、一帯が不快な臭いで満ちた空気の味を知った。誰の声かもわからない呻き声や悲鳴や罵声を聞き続けた。それでも、涙のひとつも出なかった。

 一度だけ、自己破壊しようと思った。そうしたら、この地獄が終わると思った。しかしどんなに傷をつけても一瞬で自動治癒をする。腹に穴を開けようが頭を潰そうが、心臓に当たる位置にある魔力炉を貫こうが、意味がなかった。その時、初めて自分の中に流れる体液が青いことを知った。血でなく魔力で満たされたそれは光り輝いており、不気味なくらいに綺麗だった。それを見て、「ああオレは、人間じゃないから、王に使われる道具だから。命令がない限り、何があっても役目を終えられないし、壊せないんだ」と悟った。


 そんな日々も数年後に突然終止符が打たれる。王が死んだのだ。死因は当時は不治の病とされたノバラ病だった。

 王が死に戦争が終結した後、操縦者のいなくなったオレのその危険性を見られてなのか、魔女達の手によって暗く冷たい城の地下に封印されることになった。オレは二度と地上に出ることはなく、その罪は歴史に刻まれ、悪として後世に語り継がれ、人から疎まれる存在としてあり続ける。そうなると思っていた。それでもいいと思っていた。もう何も望まないつもりだった。








 今から3年前、彼女、ローズ・スピネルと出会うまでは。

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