第2話

 魔術医療師。それは文字通り魔術を利用し医療行為を行う者のことだ。大昔は魔女と言われる者達の一部がその枠を担っていたが、魔法は学術に変化し幅広く浸透した結果、魔術医療として普及することになった。

 ローズは今から4年前、当時13才で魔術医療師になったらしい。オレも彼女に教わりながら資格取得やら魔術基礎論やら病魔学やらなんやらを多少やったからわかるが、あんなモンはそうホイホイなれるものではない。オレとセットでいると、人からは今みたいに彼女が助手だと勘違いをされるが、彼女自身はそれを気にしてないらしかった。なのでローズは男が慌てて平謝りしたのもすぐ制止して、患者のもとへ案内を促した。


 「こちらです…」


 案内された部屋の中に入ると、中はカーテンと雨戸を閉め切っているため暗くなっていたが、なにか香を焚いたような、あるいは花の香りを強めたような、異様に甘い香りが部屋に充満していた。男が魔石灯で照らすと、ベッドの上で女が苦痛に顔を歪めて横たわっていた。その女の体には、あちこちから血濡れの蔓のようなものが生えて巻き付き、薔薇の花が咲いていた。それは魔力を帯びているせいなのかぼんやりと青白く発光しており、その禍々しい光景を見てオレは少し顔を顰めたが、ローズは落ち着いた声でポツリと呟いた。


 「手紙の症例内容を見た時からある程度予想はできていたけれど、やっぱりノバラ病ね…しかもかなり進行してる」


 ノバラ病とは、文字通り体の中からノバラが生えてしまう奇病だ。最初はツルのような細長く赤いアザが全身に広がり、そこからわずか数日で体内から薔薇の蔓のようなものが生えてくる。その上、日光にあたるとさらに急速に成長してしまう。罹患者はその薔薇の成長と体内を走るツルの痛みによって次第に衰弱していき、放置していればやがて死んでしまうのが常だ。


 「お願いします、どうか、どうか妻を…」


 「ええ、もちろんです。奥さんは絶対に私達が治します。だから、安心してください」


 泣き出す男を励ますように、ローズはいつもの笑顔を向けた。そして男が魔石灯を置いて部屋から立ち去った後、患者を魔術で眠らせてからオレの方を見た。


 「ヨダカさん、準備をお願いできる?」


 「りょーかい、スピネル先生」


 準備をするのはいつもオレの担当だ。タン、と靴で床を踏み鳴らすと、足先から床一面に魔法陣が現れ、清めの結界が張られる。持ってきていたレトロな革鞄を開いて、すぐに簡易治療台や使用する道具をそこに広げて並べた。オレは髪をまとめ直し、ローズも専用の手術衣に着替えた。患者を治療台に乗せると、2人してその前に立った。


 「体内のものも含めて蔓を全て切除して摘出するのは勿論、体のどこかにある『種』も見つけて取り除かないといけないわ。しかも同時に一つの傷も残さないように治癒魔術もかけ続ける必要がある。ヨダカさん、やり方はちゃんと覚えてる?」


 「勿論。キミから教わったものは全て覚えてるさ」


 「ふふ、流石ね。」


 オレの言葉にローズは笑った。記憶力には自信がある。というより、練習でもなんでも、何かを覚えるのはオレにとって当たり前のことだった。


 「じゃー、オレが治癒魔術を担当すればいいんだな?」


 「…できたら、ヨダカさんには今回蔓と『種』の切除と摘出をして欲しいの。」


 「オレが、切除と摘出を?」


 「ええ。きっと貴方ならもっと正確に、精密に、素早く、それができると思うの。…どうかしら?」


 ローズはまっすぐにこちらを見てそう言った。オレは魔術医療師として、人を切った経験はまだ一度もない。しかし彼女の紅い目に強制の圧はなく、ただオレを心から信頼してくれている、そういう眼差しだった。


 「…わかった。スピネル先生のせっかくの信頼と期待を、無下にするわけにはいかないからな。」


 オレが笑いながらそう言うと、ローズは嬉しそうに笑い返した。


 「じゃあお願いね。さあ、始めるわよ!」

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