第8話 咆哮する痩身


 生贄の花嫁、魔族の血を受け継ぐ呪われた一族、咆哮する痩身、そんな言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡り、例によってエディリスは眠れない夜を過ごしていた。

(フローリスの部屋に行って一緒に寝ようかしら)

 そう考えたとき、ベッドの中で何かがもぞもぞと動く気配がした。

(フローリスったら、恐くなってもぐりこんだのね、しょうのない妹ね)

 エディリスはクスッと笑った。

 次の瞬間、にゅっと伸びた手が、エディリスの胸を揉んだ。

「ちょ、フローリス?」

 だがそれは、小さくてやわらかい妹の手ではなく、大きくてゴツゴツした手だった。

 毛布をはねのけて、エディリスは手のぬしを確認した。


 そこにいたのはリチャードだった。


 涎を垂らし、白目を剥いて胸をまさぐる姿は、いつもの彼とはかけ離れていた。

(なに、これ!)

 魔に堕ちた者、魔族、呪われた一族の血が暴走して義兄をいつもと違う行動にかりたてているみたいだ。

 胸を揉む義兄の手を払いのけようとしてもびくともしなかった。それどころか、エディリスのナイトウェアをひきちぎり、乳房を露わにした。

「やめて、義兄様! やめてーっ!」

 リチャードは口を大きく開けて、豊満な乳房にかぶりつこうとした。

 エディリスの身体に戦慄が走った。


「キャアアアアアアーーーーッ!!!」


 バァン! ドアが開き、メイドのパメラが入ってきた。その手に分厚い魔導書をかかえて。

「お嬢様、すぐにお助けします」

 リチャードは立ち上がり、咆哮を上げた。


「グオオオオォォォォーーーーッ!!!」


 ビリビリと館が震えた。細身で長身。今の義兄は咆哮する瘦身そのものだった。

 ズシン、ズシンと、怪物のような奇妙な歩き方で移動する咆哮する瘦身は、長い腕を伸ばしてパメラに襲いかかった。

「パメラ、危ない!」

「ご心配には及びません」

 パメラは魔導書を振り上げて、咆哮する瘦身の頭を殴りつけた。


 ドガッ!


 咆哮する瘦身は床に倒れて動かなくなった。どうやら気を失ったようだ。

「た、たすかったわ、パメラ」

「お姉様、だいじょうぶ?」

 ナイトウェアのままかけつけたフローリスは、倒れているリチャードと上半身が露わになった姉を見てすぐに状況を察した。

「年頃の男女が一つ屋根の下で暮らせばやっぱこうなるよね。義兄様がいつお姉様を襲うか毎夜見張ってたんだけど、まさか今夜だったとは」

義兄様おにいさまはいつもの義兄様おにいさまではなかったわ。まるで怪物モンスターのようだったわ」

「たぶん抑えきれなくなった性衝動に支配されていたのよ」

「そうではなくて…」

 エディリスは助けを求めるようにパメラを見た。


「おそらく地下の死体が原因でしょう。リチャード様が発掘した際に、死体に施された封印が解除されてしまったものと思われます」

「あの死体はいったい何なの?」

「それをこれからお見せします」

 パメラは長身のリチャードを軽々と担いで部屋から出て行った。エディリスは破れた服を着替えて、フローリスと一緒に後を追った。

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