第2話 婚約者候補


 編入第一日目を終えて帰宅した姉妹は、ティールームのソファーに腰を下ろしてくつろいでいた。

 お茶とお菓子を乗せたお盆をパメラが運んできて、テーブルの上に置いた。

「パメラ、ありがとう、下がっていいわ」

「はい、お嬢様、御用の際はベルを鳴らして下さい」

「わかったわ」

 赤毛でおさげ髪のメイドが部屋を出ると、さっそくフローリスが口を開いた。

「お姉様のクラスはどんな感じだった?」

「みなさん、やさしく接してくれたわよ」

「やさしくしてくれたのはみんな男たちよね? 下心まるだしの」

「そんなふうに言うものではないわ」

 姉はティーカップに口を付け、お茶をすすった。

「お姉様、男の人はいつも女の人のどこを見ているか知ってる?」

「さあ、やっぱり顔かしら、それとも立ち姿?」

「あたし視線に敏感だからわかっちゃうんだよね。男はいつも女の胸を見ているのよ」

 そう言うとフローリスは眉をしかめた。

「Aクラスの連中は、あたしの胸を見て、とても残念そうな顔をしたの。気が付かないととでも思ったのかしら」

 頭が良くて成績もよいのに、妹は変なところを気にする性質があった。

 ないものねだりでうらやましいのかもしれないけれど、成績がよいことのほうがよっぽど重要だ。義兄だって婚約者を選ぶならフローリスの方だとエディリスは思っていた。


「その昔、一人の男神様の寵愛を巡って二人の女神様が争っていました」

 妹が語り始めた物語を察してエディリスは言った。

「ソルナンジュとディアナリンデの神話ね」

「ええ」

 フローリスはうなづいた。

「豊穣の女神ディアナリンデのトレードマークはデッカイおっぱい。一方の叡智の女神エンレイシアのお胸は残念なほどペッタンコでした。容姿と知性はエンレイシアに軍配が上がりましたが、光の神ソルナンジュが選んだのは容姿と知性を兼ね備えたエンレイシアではなく、オッパイおばけのディアナリンデだったのでした」

 妹が語るあまりにもあけすけな内容に、エディリスは補足せずにはいられなかった。

「ソルナンジュは光の神だから豊穣の女神とは相性が良かったのよ。エンレイシアは図書館に引き籠ってばかりの陰キャだったらしいし」

「そうじゃないのよ」

 首を振って席を立ち、隣に移動してきた妹の手が姉の胸に伸びた。

女神様ディアナリンデの胸がもう少し小さかったら、世界の歴史も変わっていたであろうと言われているくらい、胸の大きさは男の人にとって重要なのよ」

 大きさを確認するようにつつんでいた手が、やがて閉じたり開いたりの動作を繰り返した。

「だからって、人の胸を揉まないの!」

 パシッっと妹の手を払いのけた。

 フローリスは信じられないような目で姉の胸を見た。

「この胸囲脅威の発展を遂げた胸はなに! また大きくなってる!」

 そう言って、再び手を伸ばして揉み始めた。

「お姉様、すごーい!」

「ちょ、やめなさい!」

「このオッパイこそが、ソルナンジュが、いいえ、全男性が求める真理なのだわ! 毎日揉み続けた成果がここにある、あたしが育ったオッパイよ!」

「もう! いいかげんにしなさい!」

 毎日膝の上に乗ってくる猫のように、フローリスは姉の胸を気持ちよさそうに揉んでいた。


 トントン!


「僕だ、リチャードだ」

「はーい、どうぞ」

 ドアを開けてリチャードが顔をのぞかせた。

「おや? エディリス、顔が赤いけど、具合でも悪いのかい?」

「いえ、なんともありませんわ。おほほ」

「ところで、二人とも学園の初日はどうだったかい? 何か問題はなかった?」

「ええ、全く問題ありませんでした」

「何かあれば遠慮なく言ってくれ。微力ながら力になるよ」

「ありがとうございます、義兄様おにいさま

 リチャードは視線をエディリスの顔から胸へと移した。

「では、また夕食時にいろいろ聞かせてくれるかい?」

「はい」


 リチャードが去ったあとフローリスはニヤリと笑った。

「やっぱり義兄様おにいさまも男ね。視線が雄弁に物語ってたわ」

 確かに、リチャードの視線は、自分の胸に注がれていたように見えた。

「気のせいかもしれないわ」

「気のせいなんかじゃない」フローリスはきっぱりと言った。「婚約者にはお姉様が選ばれるわ。神話の通り男の人はオッパイの大きさで女を選ぶのよ」

「そんな身も蓋もない言い方をしないでちょうだい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る