笑いたい

@kwstszk

笑いたい

 「ハイ、チーズ。」カシャ。

 私がこの世で一番嫌いな瞬間だ。


 小さい頃からずっと写真が大っ嫌いだった。笑うことが、自分の笑った顔が大っ嫌いだ。だから写真なんてただの恥さらしだと思っていた。笑った写真を撮ったことは一度もない。「笑う門には福来る」とか「笑いは人の薬」とかよく言うけど、そんなのただの思い込みで、実際はそんなものではない。言うまでもなくく、小・中学校での友達はとても少なかった。それに、友達と思っている友達は私のこと友達と思っていなかったと思う。周りからも避けられ、世の中で言う隠キャ? ってやつに値するだろう。小学校低学年の頃の私はずっと周りの声を気にしていた。「何で、あの子笑わないんだろう。」「なんか、怖くない? 」と陰で言われていたけど、聞こえないふりをして過ごしていた。だけど、陰口もヒートアップし、さらには笑わないからという理由でいじめられるようになった。

「お前なんていないのと同然なんだよ。」

「何で学校来てんだよ。」

「近寄んなよ。」

同級生が言った。私はその時答えられなかった。バケツの水をかけられるとか、机に落書きとかのいじめにあってたけど、ドラマでしか見たことなかったから本当にあるんだなと思った。その時の私は強がってたけど、本当はすごく悔しかった。怖かった。見返してやろうと思って笑う練習をしていた。しかし、鏡を見ても映るのは嫌いな顔で上手く笑えなかった。逆に、笑えば笑うほど自分の顔が嫌いになっていった。

「なんで、こんな顔大っ嫌い。」

と言って、鏡に八つ当たりをしたこともあった。一番ひどい時には母に

「もっと可愛い顔で産んでよ。こんな顔なら産まれて来なきゃよかった。」

とまで言ってしまった。その時は怒られて口も聞いてくれなかった。しかし、年齢が上がるにつれてどうでもよくなった。いじめもなくなった。「はぁー、つまんな」ため息が出る毎日を過ごし、何の思い出もなく中学校を卒業した。

 

 高校入学初日、重い足取りで学校へ行った。分かってはいたが恒例の写真撮影があった。

「もう高校生なんだから写真撮るぐらい笑いなさいよ。将来、後悔するわよ。」

母はそう言って私を見送った。

「笑うわけないじゃん。今まで私の何をみてきたの。」

私は家を出た後、一人でブツブツと呟いた。

 学校に着くと、周りにはもう仲の良いグループができていた。高校生ってすごいなと思いながら一人で座った。写真撮影の時間になり、外へ向かった。私はいつものように無表情で写真に写ろうとした。

「はい、笑ってー、いくよー。」

「もっと力抜いてー、かたいよー。」

と、カメラマンが言った。多分私に言っているのだろうけど、私は無視して今にも雨が降りそうな空を見上げていた。

「ハイ、チーズ。」

カシャ。この音と同時に目の前が真っ暗になった。めまいで倒れたのかと思ったが、気がつくとまるで空に浮いているかのように、世界を見ていた。小さくなった人々がいて、学校、建物がある。あたりは薄暗い雲で覆われていた。その時、ようやく気づいた。自分が空になったことを。正直嬉しかった。毎日がつまらなかったから、空になっても変わらない。上から世界を見れるなんて生きているうちにあるわけないと思ってたから。そして、周りの目を気にする必要がないと思うと気が楽だったから。しばらくして

「ねーねー。」

どこからか声が聞こえた。

「フェッ。」

驚くあまりに変な声が出てしまった。当たり前だが、探しても人の姿はなく、誰の声かわからなかった。その時覆われている雲が私を押してきた。そして、その声の主が雲であることに気づいた。雲は言った。

「あんたここに来ちゃったのか。早く戻れるといいんだけど。まぁきっと大切なものが見つかるからゆっくりしていきな。」

「大切なもの? 」

私は疑問に思って聞いたが、返事が返ってくることはなかった。雲が話したのはその一度きりだった。何日か経って私は不思議に思った。日が経っても色が変わらない、見ている世界はずっと曇りだった。意味がわからなかった。何で晴れないのか。何で雨が降らないのか。しかし、しばらくして気がついた。この天気は自分の心を表していることを。私の気持ちはずっと曇りだから、空も曇りになる。私は「このままでは自然や人に、光も水も行き渡らない。死んでしまう。」と思った。それがどれだけ恐ろしいことか想像すると鳥肌がたった。晴れることを祈って試しに笑ってみた。しかし、晴れなかった。でも、その理由はわかっていた。分かっていたから悔しかった。私は今までにないほどの恐怖に襲われた。

「私のせいで、自然がなくなったら、人が死んだら、世界が終わったらどうしよう。」

頭をフル回転させて考えたが何も思いつかなかった。悲しかった。悔しかった。怖かった。過去の自分にイライラした。

「どうして、笑ってこなかったのだろう。もっと多くの友達を作って、たくさん話して、遊んでいたらこんなことにはならなかったのに。」

と言って後悔した。

「苦手な笑顔も続けていたら上手になっただろうに。」

その時、私は「笑顔が苦手だから」という言い訳をつくって人と付き合うことを避けてきたことにようやく気がついた。友達も時間もたくさんあったのにそれを無駄にしてつまらない人生を自分でつくりあげていたんだと思った。

 私は日が経つにつれて孤独を感じていた。ずっと薄暗い世界に一人でいることが怖くなった。

「誰か助けてー。」

大声で叫んだが、誰にも届かなかった。今までずっと孤独で生きてきたはずなのに、なぜか今だけとてつもない孤独を感じた。気がつくと、涙が出ていた。泣いたことはあったが、初めての感情だった。すると、自分の目の前の世界に雨が降っていた。しかも大雨だった。私が空になってから初めて天気が変わった。視界に写っている人々も突然の雨に驚いていた。多くの人が傘を差し、建物の中へ入り、見えていた人影がなくなっていった。私はさらに孤独を感じた。そして、雨がさらに強くなった。

 時間が経つと、笑い声が聞こえてきた。その声の方を見ると、写真撮影が行われており、驚くことにその空間だけ晴れて見えた。久しぶりに見た光に救われた気がした。「あそこに入りたい」「みんなと話したい」「ただ普通の毎日を過ごしたい」そう思った。今ならきっと笑える気がした。「カシャ」と写真を撮る音がした。するとまた目の前が真っ暗になった。気がつくと、写真撮影直前に戻っていた。私は戸惑った。夢だったのではないかと思った。でも、嬉しかった。

「はい、笑ってー、いくよー。」 

カメラマンの声がした。

「ハイ、チーズ。」

カシャ。私は初めて笑った写真を撮った。

 その後の高校生活、たくさん笑った。友達がたくさんできた。毎日が見違えるほど楽しかった。笑うことが大好きになった。

「良かったらさ、今日の放課後一緒にカラオケ行かない? 」

私は勇気を振り絞って友達に話しかけた。正直断られるのではないかと怖かった。しかし、友達は

「いいよ! 行こー! 行きたかったんだよね。」

と言った。友達の優しさ、明るさに救われる毎日だった。

 空は私に大切なことを教えてくれた。笑顔は世界を明るくすることを。空は私の味方だ。悲しい時も嬉しい時も空を見るようになった。毎日が違う空で出来ている。同じなんてひとつもない。だから、人だって笑顔だって同じものはひとつもない。誰かと比べる必要なんてない。そして私は知った。笑顔は自分だけでなく、人を幸せにできることを。


 「ハイ、チーズ。」カシャ。

 私がこの世で一番好きな瞬間だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

笑いたい @kwstszk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画