夜の学校を探検しよう!
常世田健人
夜の学校を探検しよう!
「夜の学校をたんけんしよう!」
「おー!」
そう言って僕と彼女は夜の小学校に繰り出した。
毎回僕らはこうして勢いで動き出すことが多い。唐突に誘うけど、彼女は嫌な顔一つせず来てくれるから嬉しかった。
彼女は僕の家の隣に住んでいる、所謂幼なじみというやつだ。学校へ一緒に行っていたことも何回もあり、お互い小学校への行き方は当然ながら熟知していた。
――夕方頃から二人で公園で遊んでいたが、突然夜の学校に行きたくなった。何故かはわからないけれど、唐突にそんな気分になったんだ。
「とうちゃく!」
「あっとういう間だね!」
夏ということもあり、午後七時ではあるけれどまあまあ暑く――学校に着く頃にはお互い汗をかいていた。そんな中でも彼女は楽しそうに笑っていて、つられて僕も笑顔になってしまう。
「まずはどこからしのびこもうか・・・・・・!」
「私が思うに、オーソドックスなところでいうと・・・・・・教室とか?」
「教室良いね、行こう! あとは、屋上で夜空をながめたりとかしたい!」
「むちゃくちゃ良いね! 楽しそう!」
「楽しいことしよう!」
「うん!」
とはいえ僕らは知らなかったんだ。
現代の学校は、施錠管理がしっかりしており、そもそも校舎自体に入れない。
「・・・・・・夜の学校にしのびこんだとしても、何ができるんだろう・・・・・・」
仕方なくグラウンドの中心で座り込みながら、彼女に問いかける。
「・・・・・・グラウンドでランニングとか・・・・・・?」
「いやすぎる・・・・・・」
「ドッジボールは?」
「ボールがないよう・・・・・・あと、夜の学校にしのびこんでまで運動をわざわざしたくない・・・・・・」
「・・・・・・昔から運動音痴だもんねぇ」
「それをいうなら君だって」
「しつれいな。水泳は上手かったよ」
「・・・・・・水泳・・・・・・」
二人で顔を見合わせた後、にやついた顔をそのままに――目的地に向かった。
言わずもがな、プールだ。
夜の学校とはいえど、プールの水は張っていた。夏の学校故の状況だろう。
こうなると飛びこみたくなる。
とはいえこうなることを予想していなかったため、水着も何も持ち合わせていない。だから僕は靴下まで脱いで足だけプールに入れようとしていた。
一方で彼女は、全て脱いでいた。
隆起が若干強調された肌色が見えてしまったため、全力で目を閉じた。
「な、なななななな、何をしているの!」
「何って、プールに入ろうとしているの」
「全部脱いじゃ駄目でしょう!」
「駄目じゃないよ。だって、夜の学校だもん。誰も見てないよ」
「僕がいるでしょうが!」
「・・・・・・だから脱いでるって言ったら、どうする?」
「・・・・・・へ?」
「じょうだん」
彼女はそう言って、プールに飛びこんだ。
「プールに浸かってるから、見ても大丈夫だよ!」
「本当に?」
「本当!」
恐る恐る見てみると、プールの中央に彼女の顔だけ浮かんでいる状況だった。水泳帽がないからなのか――夏とはいえ流石に夜だと乾かなさそうだからか――髪はあまり濡らさずにいるようだった。
「飛びこまないの?」彼女が聞く。
「飛びこまないよ。足だけで良い」僕が答える。
「・・・・・・飛びこんで欲しかったな」
「タオル、持ってないし」
「タオルがあったら飛びこんでた?」
「・・・・・・多分」
「嘘。飛び込んでなかったよ」
「そうなのかな」
「仕方ないと思う。仕方ないよ」
「・・・・・・夜の学校のプール、気持ち良い?」
「気持ち良いよ。もっと気持ち良いこと、いっぱいあると思うけど、うん、気持ち良い。夜空が綺麗だしね」
言われて見上げてみたら、綺麗な星空が広がっていた。普段見慣れている筈なのに、夜の学校から見ているという状況が感慨深いものにさせていた。加えて彼女がプールに入っている状況も――「感慨に深さを加えているのかも」
「何言ってるの?」
「いや、何でも」
「はぐらかさなくて良いよ、聞こえてるから」
「・・・・・・良いものだなって思ったんだ」
「・・・・・・プール、飛び込まないの?」
見上げていた視線を、プールの中心に向けた。
彼女は夜空ではなくて、僕に視線を向けている。
その表情はプールの中にいるにも関わらず朱く染まっており、とても蠱惑的で、あらがいようが無かった。
「・・・・・・・・・・・・」
ゴクリと、唾を飲み込む。
彼女は両手を僕の方に伸ばしてきた。
――プールに飛び込んだら、間違いなく気持ち良いだろう。
「・・・・・・タオルが、無いから」
意を決してそう言って、プールから足を抜いた。
「いくじなし」
不満げな彼女は、平泳ぎでプール端まで来た。
僕はプールの反対方向に立って、ひたすら夜空を眺めている。
プールの方を見た方が綺麗な光景が広がっているのはわかりきっていた。
でも、見れなかった。見れるわけがない。
「着替え終わったよ」彼女が苛立ちを隠さないまま言う。
「嘘だね。濡れるから着れる筈がない」
「実はタオル持ってきてたの」
「へ?」
嘘だった。
彼女は確かに全て着直していたが――びしょ濡れだった。
「・・・・・・それで家に帰るの?」
「歩きながら乾くでしょう」
「学校から家まで十分もないけど」
「乾かなかったとしても――私は問題無いし」
「まあ、うん、そうなのか」
「最低」
*
「・・・・・・ごめん」
「良いよ。帰ろう」
「うん」
そうして学校から離れて家に向かった。
隣同士で歩いた。途中、彼女が手を握ろうとしてきた。少しだけ触れた後、彼女の手がほんの少し濡れていることに気づき、すぐに離した。
「最低」
その一言が、僕の胸に突き刺さる。
そうして、彼女の家にたどり着いた。
隣が、僕の家だ。
「じゃあ、お休みなさい」手を力なく振りながら言う。
「お休みなさい」彼女は力なく発した。「明日は、どうする?」
「・・・・・・公園に、夕方過ぎに集合で」
「了解。最低な返答ありがとう」
「・・・・・・でも、会いたい」
「それも最低。・・・・・・でも、嬉しいと思う私が最悪」
そうして家の扉を開けて、家に入っていった。当然ながら服は乾いていなかったが、お父さんとお母さんさえ切り抜けられれば何とかなるのだろう。
「・・・・・・・・・・・・ふぅ」
一息、ついた。
全身くまなくチェックして、家に帰っても良い状態であることを認識する。
――本来であれば、帰っては駄目なのだろう。
脳裏に思い浮かぶのは、先ほどまで一緒にいた彼女しかなかった。
夜の学校は、背景でしかない。
それでも僕は、この家に帰るしかなかった。「ただいま」
「お帰りなさい、お父さん!」
扉を開けた刹那――玄関で娘が飛びついてきた。
現在小学一年生。午後九時にも関わらずここまで元気に起きているのは良くないと言えるだろう。
「アナタ、おかえりなさい」
娘の後、ゆっくりと妻がやってくる。妻は訝しげにこちらを見ていた。
「遅かったのね」
「仕事が長引いたんだ。申し訳ない」
「・・・・・・そう。お疲れ様」
妻はそれ以上何も言わなかった。娘の前でこれ以上の追求は良くないという気持ちもあったのだろう。
大丈夫だ。
何もなかった。
夜の学校に、幼なじみと忍び込んだだけで、何もない。
「ねえお父さん!」娘が元気に聞いてくる。
「どうしたんだい?」妻が部屋の奥に行くのを見守りながら、愛おしい娘に返答する。
「ハンカチ、なんでこんなに濡れてるの?」
娘が抱きついたら、腰あたりに顔と手が着いてしまう。
違和感が、娘の口から紡がれた。
「・・・・・・・・・・・・暑かったから、水で濡らして顔を拭いたんだよ」
「そうなんだ! 私もねー今日暑くてねー、大変だったの!」
娘は無邪気に話を続ける。
ふと安心して顔をあげると、妻の鋭い視線が僕に突き刺さっている。
それでも、証拠はないから、何も発生しない。
――うん。
こうして、今日も、家族のために頑張った一日となった。
明日はどんなことを夜に提案しようか。
小学生に戻った気分で――昔一緒に遊んだ雰囲気で幼馴染と接すれば、罪悪感が薄れるから。
その度に彼女はこう言いながらも付き合ってくれる。
「最低」と――
夜の学校を探検しよう! 常世田健人 @urikado
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