第21話 魔王のたくらみ

 復活をとげ、根城の幻楼城に帰った訳だが、日々の暮らしは、封印された五〇〇年間と特に変わりがない。


 食べて、瞑想する。これだけだ。


 変わったことと言えば、

「ターリ様、ご報告がッ」

 シーミアが、部屋に飛び込んできた。


 復活の日から、部下の一人が幻楼城に住むようになった。散々ごねられて、一人だけこの城に常駐を許した。三ヶ月交代の護衛と称して。


 この幻楼城は絶海の孤島にぽつんと立っている城。

しかも海には魔物が大量に生息しているので、とても近づけたものではない。


 護衛もなにもない。と思ったが、いうことを聞かないので、仕方なしに受け入れた。


「報告というと、さっきから、船団が接近していることか」


「! やはりお気づきでしたか。はい、船の数三十、敵兵の数およそ六〇〇、中には、優秀な魔術師に、神官、剣士たちがいます」

「気になることがあるから、一旦様子見だ。お前も手を出すな。到達するまで、時間もあることだしな」

 それだけ言って、シーミアを下がらせる。


 これと同規模の船団が自分の討伐にやってきて、返り討ちにしたのが、二ヶ月前のこと。

こちらの警告も聞かずに、性懲りもなく第二弾を送り込んできたらしい。


 だが、不可解な点がある。索敵魔法に昨日の朝、引っかかってからという物、ずっと様子を見てきたが、前回と比べ、戦力が増強された様子がない。


 あれほど圧倒的な力の差を見せつければ、賢ければ諦めるはずだし、愚かにも戦い続けることを選んだとしても、戦力を大幅に増強して臨まないと、敵わないと認識するはずだ。


 自分に討伐隊を送り込んだ親玉が一体なにを考えているのか理解に苦しむ。


 こういう時は、情報を集めるに限る。

ということでーー。


「アイレー、いるか」

 何もない空中に向かって呟く。


「はい、マスター」

 また、妖精はどこからともなく現れる。

今回は斜め前に位置取っている。


「頼んでいたことはわかったか?」

「一日じゃ、全部はわからなかったよ。でもね……」

 アイレーはお手上げのポーズをしてから、続けた。


「分かったことは、悪者は全部マスターってことになってて、この前の討伐隊もマスターが殺したことになってる」

「殺したことになってる?死んだのか」


 魔法でシケを起こし、散々いたぶったのは事実だが、殺さないように細心の注意を払ったつもりだ。

戦意を失ったのを確認してからは海に生息する魔物たちも遠ざけたのに。


「皆殺しになって、海岸に浮かんでたよ、辺り一体血の海だったって」

「血の海、ということは、病気や食料が尽きて死んだわけじゃないな。ますます訳が分からない。そもそもどうして討伐隊が組まれることになったんだ?」


 アイレーによれば、討伐隊を組織したのは、この幻楼城からみて西へ、海を渡った先、ホルマンド王国にいる、リトラ教の大司教だそうだ。


「マスターが向こうの土地を侵略しようと企んでるって、信者にふれまわってるんだ」

「俺が、侵略を?意味がわからないな。俺はこうしてずっとここに居た」

「だよねえ、でも不思議なことに、マスターの目撃情報が向こうで相次いでるんだ。内容は大体同じ。

 マスターが現地の女の人と交わっているのを見たって。そうやって魔女を生み出し、国を混乱させようとしてる、そんな話になっているんだ。」


 魔女とは、魔族が使役することを目的に、人間と契約して生み出す、人と魔族の中間的存在だ。


「身に覚えのない話ばかりだな。封印されていた五○○年の間に、生み出した魔女はみんな死んでいるはずだし」

 魔女の寿命は、二〇〇年程度だ。


「復活してから生み出したんじゃないの?」

「そんなことするわけないだろう」

 隠居生活を夢見る者が、魔女を生み出して、侵略作戦。

血気盛んな王様じゃあるまいし。


「どうする?噂を否定する声明でも出すの?」

「冗談を言え。そんな物だして誰が信用する」

「だよねえ、マスター、史上最悪の魔王って呼ばれてるもんね」

 からかうアイレーは無視して、どうしたものか、考える。


 自分の評判が悪くなるのは良い状況とはいえない。

そもそも不殺の誓いを立てたのは、人間達が俺を殺す動機付けを無くすためにしたこと。


 このデマのために討伐隊がこちらに来て、いちいち対処しなくてはならないのは面倒だ。

今は烏合の衆でも、いつか精鋭が送り込まれるかもしれない。


 それに、俺が不殺の誓いを破ったと、嘘を吐いている人間がいる。

この人間を放っておく訳にはいかない。


「アイレー、俺が魔女にしたという女たちは、どこにいるかわかるか」

「簡単に見つかるよ。魔女狩りが行われて、ちょっとしたお祭り騒ぎだもん」

「お祭り騒ぎか。悪趣味な表現だ」

「だって、実際そうなんだもん。人間って本当に残酷な生き物」

 意地の悪い笑みを浮かべながらアイレーはそう言った。


「で、マスター、なにかいい手を思いついたの?」

「ああ。だがお前に頼むことはもうない。消えていいぞ、アイレー」

「ケチー、どんな作戦か教えてくれたっていいじゃない」

 むくれながらもアイレーは素直に消えていった。


「シーミア、いるか」

 今度は、部下を呼び戻す。これからについて、指示を伝えるために。

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