第20話 襲撃
「陸だーッ、陸が、見えたぞーッ」
その言葉を聞いて、生気を失っていた船団全体が沸き立った。
最悪の船旅が、ようやく終わるとわかったのだから当然だろう。
三〇年前に復活した魔王ターリを討伐に向かった船団だった。
作戦を立てた人間は兵力は十分だと太鼓判を押した。
事実、魔王討伐にふさわしい大軍に見えた。
船二〇隻、兵の数、五〇〇。
中には一流の神官や魔法使い、剣士たちも乗り込んでいた。
だが、結果から言えば遠征は、大失敗。
ターリの棲み家とされる、幻楼城という城がある島に到着することもかなわず、スゴスゴと引き返し、いまに至っている。
なぜ、島にたどり着くことができなかったのか。
嵐のためだった。
季節はずれだが、最初は偶然のことと思われた。
船員たちは帆をたたんでやり過ごそうとした。
だが何日経っても嵐は収まらず、波は高く船を襲う。
目的地からぐんぐん離れているのがわかっていても、どうすることもできない。
激しい揺れに兵達はもちろん、経験豊富な船乗り達でさえも消耗しきったとき、「それ」は現れた。
「俺に用事があるらしいね」
いつの間に飛んできたのだろう、魔族が空中に浮かんでいる。
側には、ガタイの良い魔族が控えている。
そこにいた者で、顔を直接見た人間はいなかったが、そのまがまがしい雰囲気でわかった。
これが、史上最悪と恐れられた魔王であると。
「俺の生命を貰いにきた、というのなら、あいにくだがお引き取り願おう」
「この嵐を起こしたのはお前か」
この船団で最も強い神官が代表して口を開いた。
「いかにもそうだ」
「嵐に任せておけば良い物を、出向いてくるとは愚かな。総員配置につけ、敵は目の前だ」
と、宣戦布告をするが、
「やめておいた方がいい。きみたちは弱すぎる」
魔王が手に何かをぶら下げていた。
「そ、それは、いつの間に」
神官の声がうわずった。
全員に見覚えがあった。
神官が首から下げていた特殊なデザインのロザリオだった。
つまり、この船団で最も強い人物に気づかれずに、首もとにあるロザリオを奪い取ったことになる。
その気になれば、ロザリオを神官の首ごと切り落として奪うこともできたことを、この魔王は証明したのだ。
「帰って、きみたちの主に報告してくれ。この程度で、魔王は倒せないとね。それからもう一つ」
ここで言葉を切った魔王は、うんざりとした顔で船団の全員を見渡した。
「頼むから放っておいてくれ。こちらは五〇〇年以上前から人殺しをやめている。もう君たちにとって、害ある存在ではないはずだ、とね」
「やあ、良く戻ってきた」
港につくと、男達が出迎えた。
百人程度の人数で、こちらの姿を認めたときから準備していたのか、大量の毛布や、食料、水、クスリまであった。
何人かが、温かいスープを大きな鍋に入れて、全員に配って回っていた。
このスープのおいしさと言ったらなかった。
染みわたる、という言葉はこういう時のためにあるのだろう。
皆ろくな食事を取っていなかったから、むさぼるように飲んだ。
「それにしても私たちが誰かわかるのか」
一人が聞いた。
良く戻ってきた、といわれて出迎えられたのを思い出したからだ。
「魔王の討伐にいった船団だろう。わかるとも、あんた達を待っていたんだ」
「?」
どういう意味だ、と質問しようとしたが、できなかった。
口が麻痺を起こして言うことをきかなくなった。
次に、手が麻痺を起こした。
スープ皿が手から落ちて、割れる音が立てた。落としたのは彼だけではなかった。
他の場所から次々と皿が落ち、割れるのが聞こえてくる。
「毒が利いてきたね」
倒れながら、船乗りの一人は、今更ながら不自然なことがあることに気がついた。
出迎えた彼らは、皆男だ。
女が一人もいない。
しかも、屈強な若者ばかり。
「潮の流れから考えてここに来るのは読めてた。しかし、全員生還とは驚いた。
魔王が不殺の誓いを立てたのは本当だったんだな。だが、それじゃこちらは困るんだ」
意味深な言葉が聞こえてきたが、その意味するところを考える前に男は意識を失った。
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