第19話 待ち伏せ勇者たちは、悪夢を見る-⑥

「それにしても、よくわかりましたね。ローウェルが子宝を望んでいると」

 ドレーンが感心した様子で聞いてきた。


「ん?大したことじゃない。言ったはずだぞ、『たぶん』と。確率の問題だよ」

 酒に口をつけながら答えた。

部下が気を利かせて注いだのだ。

度数の高いアルコール特有の苦みと刺激が口に広がって、眉をしかめる。

五〇〇年ぶりの酒。だからと言って格別旨いとは思わなかった。


「確率、と言いますと?」

「人間の女性は、その多くが妊娠することを望む。ローウェルは女性だ。ゆえに、彼女も妊娠を望んでいる可能性が高い。そう考えただけのこと」

「しかし、ローウェルは剣士ですよ」

「だから何だというんだ」

 この部下まで人間達と同じ考え方をするのか。


「剣の道を極めることと、子供を産むこと、この二つがなぜ両立しないと考える。まったく別の話だ。

魔族の討伐に精を出す女勇者が、別に子供を作ったって良いじゃないか。人間達は『型』にはめたがる。

型に当てはまらない者は、女を捨てたと言われ、子供も作りたがらないと根拠もなく信じる」

 あの日、ローウェルの顔にあった薄化粧や香水の香りが状況証拠になった。

少なくともローウェルは『女』を捨てきってはいないと。


「彼女の仲間も例外なくこの思い込みにとらわれているだろう。それが、ローウェルと仲間の絆を引き裂くだろうさ」

 ローウェル一行の強みは、連携プレーの巧みさにある。


 個々人の力はストラム一行と比較すると、歴然とした差があるが、連携のおかげで全体的な戦闘力は底上げしている。単独行動の魔族くらいなら、沈めるのも難しくない。


 互いの深い信頼なしにはあそこまでの水準にならない。


 だから今回、彼らの信頼関係にヒビを入れることにした。

彼女の苦しみを、仲間は理解できない。

ローウェルも一人で抱え込む。

女として見られるのを、彼女は嫌う。

俺に女であることを言われた時も屈辱そうな顔をしていたから。


 おまけに、ローウェル以外の者を傷つけなかった。

ローウェルはきっと、「どうして自分だけ」と考える。


 今回、俺が入れたヒビが大きな溝となって、あのパーティを引き裂くのは、すぐそこだろう。


「これで、当分の間、ターリ様も安泰という訳ですね」

「ああ、そうなるね」

「それを聞いて、安心いたしました。」

 それを合図にしたように、扉が開いて、魔物たちが料理やら酒やらを運び込んできた。


「なんだこれは」

「ご復活を祝して盛大な宴を」

「……」

 こいつら、五〇〇年会わないうちに、俺の性格を忘れたのだろうか。

それとも、浮かれているのか。


「要らないよ。当面、安全面の心配もないとわかったし、きみたち、帰って良いぞ」


 すげなく解散命令を出す。

封印前も、この幻楼城には部下もおかず、単身で暮らしていた。

用が済んだらお引き取り願おう。


「そんな、せめて今夜だけでも共にお祝いを」

 シーミアが捨てられた小動物のような目で訴えてくるが、知ったことではない。


「俺がそんなことに興味ないの、知っているだろう」

「せっかくお料理もたくさん用意したのに」

「包んで持って帰ってくれ」


 シッシと手を振って、魔物たちを料理と共に下がらせる。


 さて、単純な魔物は俺の命令にあっさり従うが、俺に心酔するこの部下達をどう帰したものだろう。


 ごねるシーミアを初め部下たちを見ながら、そう考えた。

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