第18話 待ち伏せ勇者たちは、悪夢を見る-⑤

ーー時と場所は変わって、とある国の宮殿。



「さようであったか、ターリの討伐は叶わず、か」

「申し訳ございません」

 勇者ローウェルは頭を下げた。

敗戦の弁は簡潔に、言い訳の言葉もなかった。


 負けた。完敗だった。

史上最悪と呼ばれた魔王の実力は規格外だった。


「過ぎたことを言っても仕方ない。それに貴殿らが生きていたのは幸いだった。ターリが不

殺の誓いを立てた、という伝説は真であったようだ」


「……そのようです。私たちを、やつは殺すこともできたのに、そうしなかった」


 その代わり、あいつは……


「これからも、我が国のため、そして人類のため、魔族の討伐にせいを出してくれ。

魔王の討伐も、いつか機会があるかもしれん」

「お言葉ですが、王様」

 脇から声があがった。


「これほど無様に破れ、相手の気まぐれで生かされた者に、過度な期待はなされぬ方が良いかと」


 ローウェルのことを毛嫌いしている大臣であった。

今回の報告を聞いて、「それ見たことか」と、侮蔑を隠さず彼女のことを睨んでいる。


「そもそも私は最初から何の期待もしておりませんでしたな。魔王相手に、女ごときが叶うはずもないと」

「なんだとッ」

 仲間の一人がいきり立って、王の御前であることも忘れ、立とうとするので、「やめろ」と短く言ってなだめる。

彼は男だが、ローウェルが性別のことでバカにされると、自分のことの様に怒ってくれる。

今も、ここがどこか思い出し、我に返ったが、怒りをなかなか納められず、息が荒れている。


「そうそう、大人しく座っておれ。役立たずに口を利く資格はない」

「そのくらいにしろ、大臣」

 出過ぎた狼藉に、さしもの王も眉をしかめていさめた。


「女ごとき、とお前は言うが、このローウェル以上に腕の立つ男を連れてきてから言ってほしいものだ」

「ウ……」

 今度は大臣が黙り込む番だった。

討伐隊を決めるとき、ローウェルはこの大臣が推薦した男の剣士と戦い、ねじ伏せたからだ。


「相手が悪かっただけで、ローウェルは依然、我が国の誇る勇者だ。それに変わりはない。これからも期待している」

「もったいなきお言葉、痛み入ります」

「うむ、それにしても幸いだった、そなたらに大した怪我がなくて」

 ドクン、と心臓が嫌な音を立てるのが聞こえた。 


「ふむ、まあそれは確かに」

 今度は大臣も同意し、イヤな笑みを浮かべた。


「魔王も、妙なことをしたものです。この女の子宮を取って、一体何になるのか。普通の女ならわかるが、女の生き方を捨てた者には、なくても同じなのに」

「これ」


 また、王がたしなめたが、先ほどのような厳しさがなかった。

口には出さなくとも、王が同じことを考えていることがわかった。


『女の生き方を捨てた者』、その言葉に腹についたキズがぶり返したようにズキズキと痛み、気がつけば手をやっていた。


「大丈夫か?医者の話ではもう傷は完全に塞がったと聞いているが、無理はするなよ」

「はい、それは問題ありません。もう戦いにも支障ありません」

 実際、優秀な外科医によって手術されたように、傷口は完璧に塞がれていると、診た医者はいった。


「そうか、頼もしい限りだ」

 王は満足そうに、肯いた。

このやさしき王も、彼女が子供を産む能力を失ったことには同情していないのだ。


 王だけではない、世間も、パーティの仲間たちさえも。

 また戦えることは喜ぶばかりで、彼女がどれほどの喪失感を抱えているか、理解してくれない。

その点は、ゲスな大臣と同じ。


 戦いの道を選んだ女に、子供はいらないと思い込んでいる。


 王の御前を退いた後、気分が良くないからと、一人自分の部屋に下がった。


 ベッドに横になろうと、着ている物を脱ぐ。


「……ッ」


 鏡に目をやってしまったのが、まずかった。

大きくはなくても、はっきりとわかる腹の傷が目に飛び込んで、息が詰まった。


 もう、自分は子供を産むことができない。その事実を改めて突きつけられる。


 魔族との戦いに明け暮れながら、魔王を討伐することを目標にすえながら、心のどこかで、もうひとつ、夢みていることがあった。


 だれか、素敵な男性と出会って、恋をして、その人との間に子供をつくる。


 不自然なことだろうか。

男に混ざって、剣を振るい、料理も裁縫もできない自分が、そんな夢を持つことは。


 いや、仮に不自然なことだとしても、関係ない。


 欲しかった。いつの日か、この腹に子供を宿し、産み育てる、そんな日々が。


「……ア、アァ……」


 嗚咽がこぼれ、次第に大きくなるのを止められなかった。


 失った物の大きさ、この悲しみを信頼していた仲間にさえ理解されない孤独感、それらがおしよせ、ローウェルは耐えきれなくなった。


 ベッドに倒れ込んだ彼女は、その夜、いつまでも動けなかった。

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