第16話 待ち伏せ勇者たちは、悪夢を見る-③

「ーーー」

 動けぬ魔法使いが一言、呪文を唱えた。


「その呪文はーー」

「また眠ってもらうぞ」


 頭上に、黒く薄い結界が展開する。それは五〇〇年、自分を閉じ込めたもの。


 自分が張った物とは比べるべくもない、ようやく体を覆い尽くす程度の大きさ。


「双伝術式!」

 魔法使いは確かに、そういった。

ありえない。

というより、無意味だ。


 双伝術式は、封印される側が協力する必要のある魔法。

この結界も俺が張らなければ何の意味もない。

双方の協力なくして絶対に成立しない術式なのだ。


 双伝術式に改良を加えた別の術式、というわけでもない。

それは見れば分かる。


 とすれば、考えられる可能性は一つだけ。


「我らの命を糧に、魔王に再び五〇〇年の眠りを」


 今度は、結界に魔力を流し込み始めた。

白い膜が結界を覆い始めるが、何度もいうが、これは無意味なのだ。


「まったく、なんてことだ」

 茶番とは、このことだ。

いい加減、彼らを夢から起こしてやろう。


 結界に手を触れる。

正しい手順を踏んでいないから、それは一瞬で脆く崩壊する。

力を入れるまでもなかった。


「!?な、なんで……」

「きみがやったのが、正しい手順じゃないからだよ」

「そんなはずはない。すべて正しくやった」

 困惑した魔法使いが叫ぶ。


「五〇〇年前、勇者ストラムたちが自分の命と引き換えに、お前を封じた魔法。すべて魔導書に書いてあるようにやったのに」


 それを聞いて、ため息が出た。

また、勇者の伝説か。

アイレーの報告で、ストラムたちの死に様が美談に書き換えられているのは知っていた。

それがこんな悲劇を生むとは。


「なら、その魔導書の記述が間違っているんだよ。双伝術式は封印される側が進んで協力しないと成立しない術式だ。俺は自分から封印されたんだ」


 おおかた、こういうことだろう。

五〇〇年の月日が流れる内に、双伝術式は、自分の命を生け贄にすることで、魔王ターリでさえ、封印できる術式、と勘違いされた。


 五百年前も女大司教くらいしか知らなかった術式だ。

情報が少なく、時を経て、話がすり替わってしまったのだろう。


 間違いに気づく者が居なかったのか?という疑問が浮かんだが、居なかったのだろう。


 その魔導書の言葉を信じれば命がけの魔法。

使ってみる気にはならない。


 それでも使えばすぐ嘘とわかっただろうが、その者は無意味な魔法を使って、時間を無駄にしている間に、封じようとした相手の魔族に殺されたに違いない。


 生き証人がいなければ、事実は伝わらない。


「勇者ストラム一行が命と引き換えに俺を封印した?大嘘だ。彼らは為すスベなく倒れた。ストラムが、傷ひとつつけたのが唯一の戦績だ」

「嘘だ」

「俺は嘘はつかない」

「なんで、魔導書にそんな嘘が」

「その魔導書を書いた人間が、史実を信じなかったのだろう。『どこに最強の魔王が自分から封印される理由があるんだ』とね。

 そして、断片的な歴史的事実をつなぎ合わせ、勝手に再構成した。歴史とはそういうものだ。真実が歴史として残ることは少ない。歴史と認められるのは、その時代に生きる者が、信じたいことだけだ」


 呪文は正しかったから、これは正確に伝わったようだ。


 だが、封印される側の協力が必要、と言う部分は、完全に削除。

代わりに、魔導書の著者は、ストラムの一行が全滅したことに注目した。

 勇者一行に生存者がいないのに、魔王は封印されている。なぜ?魔王を封印するのに、自分の命を生け贄に捧げたからだ、と。


 こんなところじゃないか。


「ではなぜ、お前は封印された」

 ローウェルが今度はきく。


「きみたち人間に畏れをなしたからさ」

 五〇〇年前は、問われても答えなかった質問だが、いまなら答えられる。


「キズはキズだ。勇者ストラムは俺に初めて傷をつけた人間だった。前々から人間達は日々強くなっていると感じていたが、あれは予想外だった。人間を弱体化させる必要性を感じた。そのための封印。俺という目標を失った人間達は、弱くなるとふんだ。明確な目標なしに人間は努力はできない。事実……」


 ローウェル達を見下ろす。


「きみたちはストラムより遙かに弱い」

 動きからして全然だめだ。

さっき、俺が自分で自分の右腕を切り落としたことにも気づかなかっただろう。


「さて、質問は終わりかな?きみたちにはそろそろ眠っていてもらうぞ」

 睡眠魔法をかける。麻酔をかけたように対象者をぐっすりと眠らせる魔法だ。

効き始めるのに時間が掛かるのが、欠点だが動けない彼らに使う分には関係ない。


「待て、何をする気……だ……」

 意識が途切れる前にローウェルが呟くように問いかけた。


「大丈夫。殺しはしない。それ相応の報復はするがね」

 まもなく、五人とも意識を手放した。


「はじめるか」


 膝をついて、ローウェルを間近に観察する。


 透視を使って、武具に罠がないかを確認する。


 問題なし。


「うん?」


 戦っている最中は気づかなかったが、こうやって観察してみると、新たな発見がある。

薄いが化粧をしている。

わずかに香水の香りもする。


 戦いに人生を捧げた人間の、女らしい一面を見て、少々意外に感じる。


 案外お嫁に行くことを考えて、手入れしているのかもしれない。


「だとしたら、とてもいい」

 ひとりごちる。いまからすることは、この娘に、消えることのないダメージを与えることになるだろう。


 武具を剥ぎ取る。見事に鍛えた腹筋が露わになる。


 皮膚に触れてみる。胸の下から、へそにかけて、手を滑らせる。

スベスベして、傷一つない。綺麗な体をこの娘は、守ってきたのだ。


 それも、今日で終わりだ。

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