第14話 待ち伏せ勇者たちは、悪夢を見る-①
五〇〇年の歳月が、静かに満ちた。
俺という魔王を閉じ込めてきた、薄くも頑丈だった、結界が崩れ始める。
蒸気のような物を発して、壁を構成していた物質がさらさらとした水のようになって溶け出した。
結界が黒色だというのに、なぜか、今出ている蒸気や液体は清水のように透き通っている。
と、思う間に結界も白に変色していく。
その様子は春の雪解けを連想させる光景だった。
外にいる人間達は、同じ光景を見ているのだろうか。
ゆっくりとした崩壊は、まるで、役目の終わりを惜しんでいるかに見えた。
もしくは、五〇〇年前、封印の儀式を行った魔法使いたちの、最後の抵抗のようにも見えた。
燃え尽きて、灰と化した木材が崩れるような、鈍い音が響いた。
そこからは、早かった。
結界の最後の一層がはがれ落ちた。
勢いよく地面に落下する。
落下した破片は瞬く間に細かい破片になり、空中に消えていった。
視界が開け、外の世界が露わになる。
五〇〇年経っても雄大な自然の姿はそのまま。
そこに小さな点が5つ散らばっている。
「きみらが、刺客だな」
洞窟から出てきた自分を囲む様に、半円に広がった一行。
その中で、正面にいる女が口を開く。
「目覚めたばかりで悪いが、また眠ってもらうぞ、魔王。永遠にだ」
「きみはだれだい?」
「ローウェル。お前を倒す勇者の名だ」
「……女の勇者か」
男だとばかり思い込んでいた。
(アイレーのやつめ、黙っていたな)
イタズラ好きの彼女らしい。
『聞かれなかったんだもん』と、後で言い訳する姿が脳に浮かぶ。
俺の内心を知らない女勇者は、いまのつぶやきを侮辱と取ったらしい。
「女と見て、侮るのは大間違いだぞ」
眉根を寄せて、言い放つと、腰を落とし、いつでも切り込む構えを見せる。
彼女の仲間達もそれぞれ戦闘態勢につく。
「侮る?とんでもない」
痺鞭(パラリ・ウィップ)を発動させる。
「敵を侮ったことなど、一度もない」
準備運動がてらムチで地を叩く。意図せず、それが合図になった。
ローウェルが勢いをつけ、飛び出す。
「気をつけて、そのムチ、剣じゃ切れないッ」
頭上を浮遊している魔法使いが叫ぶ。
相当な博識らしい。七○○年前の魔法なのだが。
力任せにムチの切断を試みたローウェルは一転、走りながら地面を蹴り、ムチの射程から逃れる。
魔力を調節して、追尾しようとするが、その前に、
「慈輝(フラムライニング)」
横から神官が、聖なる秘術を唱える。
魔族には効果があり、特に魔力の流れが制限される。
ムチが届く前にローウェルが俺の首をはねそうだ。
一度引こうとするが、今度は魔法使いの上空からの攻撃。
退路に大量の火の粉がかかる。
諦めて、左手に剣を出現させ、ローウェルの斬撃を受け、跳ね返した。
一度押し戻されても、休止も挟まずにローウェルは追いすがってくる。
しばらく、打ち合いが続いた。
ローウェルたちの戦闘能力について、アイレーの報告に過ちがないとわかった。
このパーティの攻撃態勢はローウェルに依存している。
パーティーでも頭抜けて強いローウェルが正面から切り込み、相手がローウェルに引きつけられている内に他のメンバーが攻撃する。
ローウェルに集中しようとすれば、側面、上部からも攻撃され、それならと、他のメンバーを攻撃しようとすれば、他のメンバーが一斉に庇う上、ローウェルの追撃が容赦なくやってくる。
攻撃のメインとサブが明確に別れている。
ローウェルの際どい踏み込みに対し、メンバーもローウェルを巻き込まないギリギリの箇所から攻撃を放ってくる。
長年の信頼関係に基づく見事な連携プレー。
一方、こちらは不殺の誓いがある。
爆発など、威力任せの攻撃はどうやっても死人が出る。
生かす戦い方、これは五〇〇年、籠もっている間に解決しないといけない最大の課題だった。
実に厄介。
「もらったッ!」
ローウェルの剣が、俺の剣をくぐり抜けた。
目の前を一閃。
次の瞬間には、
ムチを握っていた右腕が、吹き飛んだ。
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