第12話 五〇〇年の幽閉-②
女大司教は五年前に死んだ。
彼女の晩年は寂しいもので、魔王復活に供えて色々やろうとしたが、周りからの協力は得られず、平和な時代には不要な存在と疎まれたらしい。
弟子を何人か育てようともしたようだが、いずれも出来損ないで、師匠の域に届く者すら居なかった。いつも通り、警告は徒労に終わったようだ。
魔族と人間たちの戦争は、自然と休戦になった。
上級魔族の大半がこの五〇年で人間により殺された。
多大な犠牲を人類はだしながらも、それらの業績を達成した。
だが、全滅させるには至らない。
五〇〇年もしないうちに史上最悪の魔王も復活する。
戦いにうんざりすれば、魔族でも人間でも同じことを考える。
『仮初めでも良いから平和が欲しい』、と。
自然と互いに領土を作り、棲み分けがなされるようになる。
人間たちは山や海や大きな川など、自然を利用するか、高い城壁を築くかして、守りを固める。
この人間側の領土に残ることが出来た人々は、平和を獲得した。
領内に魔族はおらず、人々も戦争のことを忘れつつある。
問題は、魔族側の領土に取り残された人々だ。
魔族側の領土、というのは、正確には、人間側の領土になりそびれた領土、と表現するのが正しい。
その国の領主や、将軍、勇者たちが死に絶えれば、国家としての機能は朽ちる。
その国の民は難民となり、別の国家へ脱出を試みるが、次第に人間側の領土は減り、行き場を失う。
現在の人間側の領土は地上の四分の一ほど。
領土の境界線は先ほど述べたように、魔族でさえ容易には超えられない。
境界線に近づく、人間たちを狩ろうとする魔族たちも目を光らせており、魔族領からの脱出はほぼ不可能になった。
全人口の十分の一が取り残され、魔族たちが支配する領域で、息を潜めるように暮らし、いつ見つかるか、いつ食べられるかとおびえる日々を送っている。
十分の一。それが妥協の数字だった。
魔族の数は千に満たない。
食いっぱぐれることない。
人間領側の人間たちも、危険を犯して、生き残りを救う動機が薄れた。
勇者ストラムに匹敵する逸材は、未だ出現していない。
仮初めの平和を手にしたことで、わざわざ外に出て、魔族を狩る冒険者が激減したことも原因だろう。
ごくわずかだが、仮初めの平和をよしとせず、魔族の領土に進んで残り戦い続ける者達もいる。
エルフたちもそうだ。
族長を殺された彼らは、娘が跡を継ぎ、彼女を中心に、移動しながら魔族たちとの戦いに明け暮れている。
その獅子奮迅ぶりは、すさまじく、人間達は彼らを戦闘狂とよび、蔑むまでになった。
「話を訊く限り、魔族領とやらに残ったものたちに要注意だな。特にエルフ。目を離すなよ、アイレー。また五〇年後に報告を入れろ」
五〇年分の話が済むと、アイレーにそれだけ指示を出した。
「かしこまりました」
アイレーも特に名残惜しむ様子なく、消えていこうとした。姿が滲みはじめる。だが、
「そうだ」
何かを思い出したらしく、戻ってきた。
「どうした?」
「実はね、最近になって勇者ストラムのことで面白い話を訊いたんだ」
アイレーは、語り出した。
それを訊いたのは、西の国、なんてことはない田舎町。
そこに吟遊詩人が勇者ストラムの話を歌にしていたのだという。
その内容はーー。
「今度こそおしまい。じゃあね」
アイレーが消えてからも、読みかけの本を置いたまま、読書を再開するでもなく、そのままでいた。
今訊いた話のせいで、すぐに何かする気になれなかった。
「……皮肉なものだな、ストラム」
あの世にいる者に、届くはずもないのに、思わず呟やいていた。
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