第11話 五〇〇年の幽閉-①

 五〇〇年、誰ともあわず、一人で過ごせと命じられたら、普通の者はできないらしい。

人に会えない以外は、どんなに魅力的な生活環境を与えられたとしても、ある者は数日で、強い者でもせいぜい数十年で寂しさに耐えきれなくなるモノらしい。だがーー。


「なんの問題もなかったな」


 思わず独り言がもれてしまった。それくらい、快適な日々を送ることが出来た。今日で五〇年目である。

 自他共に認める個人主義者であり、無限の生命がある自分に、五〇〇年の月日も長くはないとはいえ、少しは郷愁や人恋しさといった、人間らしい感情にかられることは、少しも感じなかった。

 結局、自分はどこまでいっても魔族なのだと改めて思った。


 一日中、魔力の研鑽に、読書に、食事、家畜の世話をして過ごす。

ちなみに魔族は眠る必要はない。


「アイレー、いるか」

 どこへともなく、つぶやく。


「はい、マスター」

 すると、どこからともなく、風にのって聞こえてきたかのように、返事が届く。


 すこし待っていると、何もないはずの空間にかすかに、風が吹く。

風は空中のある一点で凝縮し、小人の精が姿を現す。


「呼ばれずとも来い。五〇年で戻る決まりだろう」

「相変わらず時間に細かい。永遠の命があるのだから、もっとルーズに生きればいいのに」

 悪びれる様子もなく妖精アイレーは言う。


 双伝術式により本来、俺も、外にいる人間達も、この結界を出入りすることは叶わない。

ただし、それも実体がある場合に限る。

何事にも例外があるのだ。


 遠い昔に絶滅したと信じられている、妖精。

女神リトラの使いである妖精は、物理法則も・魔法も無視した存在のため、この結界も障壁になり得ない。

 妖精は、俺が滅ぼした。

だが、アイレーは俺に寝返ることで、生き残った。


「時間はなによりの宝だよ。俺がそう考えていること、お前も知っているはずだ。それより訊かせてくれ。この五〇年でお前が見聞きしたことを」

 誰とも会わず、決まり切ったことをするだけの毎日に不自由も不満も感じないが、最低限しなくてはならないことがある。

外の世界の情報収集だ。

それをこのアイレーに命じた。


「はいはい、ご命令通り、外の様子を、あちこち回って見聞してきましたよ、まずは何を?」

「知り合いの魔族たちの様子が知りたい。どれくらい死んだ?」

「誰か死んでる前提はやめようよ」

「違うのか」

「違わないけどさ」

 そう言って、死んだ者達の名前を挙げていく。

およそ半数が死んでいた。たった五〇年で。


「特にマスターの部下は、あなたが封印されて一年も立たずに次々と。オルフェ、タロンド、マーデック、ジリアン、スベンデー。

 人間の肉が喰べられなく弱ったり、マスターの出した無理難題を破って、人間を食べてしまい、自責の念に駆られて自殺したり」

「愚かなことを。俺は好きにしろと言ったんだ。死んでしまう位なら、人間を喰べれば良かったのに」

「薄情だね、マスター」

 アイレーが眉をしかめるが、無視する。


「他の魔族たちは?」

「流石に主だった魔族たちは死なずに元気にしてるよ」

 アイレーは健在な者たちの名を上げていった。

クリシュナ、ホローネ、オルティマス、ドレーン、シーミア、意外なことにギラードの名前もあった。


「あいつは長く保たないと思ったんだが」

 アイレーがクスリと笑った。


「なんだ」

「あの場で殺さなくて正解だったね」

「見ていたのか」

「マスター、ああいうバカな子嫌いだもんね」

「好き嫌いの問題じゃない。邪魔なんだ。ギラードには、相手の力を推し量る能力も、自分の力を正確に見積もる能力も欠けていた」


 自分と相手の力量差を、戦う前に推測できなければ、いずれ勝てない相手と戦い、負ける運命が待っている。

そのとき死ぬのがギラード一人なら、大した問題はない。

だが、群れる者は他者を巻き込む。


『オルティマス、やっちまおうぜ』


 封印されることを宣言したあの日、突っかかってきたギラードは、オルティマスまで巻き込もうとした。

大方、一人では難しくとも、オルティマスや、仲間が加われば倒せると考えたに違いない。


 オルティマスはともかく、他の何人かは加勢しそうな勢いだった。

このままでは、全員殺すことになるので、その前に、ギラードを殺そうとした。


 事実、あと数瞬でギラードの首を落とすはずだった。

 ギラードは気づいてなかった。

あの中にいた者で、その予兆に感ずいたのは、クリシュナ・ホローネ・ドレーンなど、ごく少数だ。

オルティマスでさえ、クリシュナが止めに入った丁度そのタイミングで気づいた様子だった。


「でも、クリシュナに止められたと。なんだかんだ言ってもやさしいからね、あのおばあちゃん」

 アイレーがからかう。


 クリシュナは『原始の魔族』の一人でいながら、誰かの下についてばかりで、侮られることが多いが、相当な手練れだ。

 俺がいなければクリシュナが魔族たちを率いていたかも知れない。それはさておき、

「……そんなことより、お前が見た外の世界の話を聞かせてくれ。次は人間側の動向だ」

「はいはい、あとはねーー」

 アイレーはそれからも五〇年を総括して語った。

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