第10話 魔王、自ら封印される-②

「……優秀な魔法使いたちを、と言っておいたよな?魔力を流し込むのに、何時間かかるんだ?」

「あら、これも作戦かと思いましたわ。わざと大規模な結界を張って、自分の力を誇示しようという」

「違う。これくらいの広さがないと、生活に支障がでるんだ。家畜も飼わないといけないしね」

 俺と女大司教は結界越しにそんな言葉を交わした。

結界が完成するまでは外とやり取りができる。


 結界に魔力を流し込む作業を、魔法使いたちが初めて、三時間が経過した。

外側から流れ込む魔力は、薄い白色だ。

俺の張った結界をなぞっているが、まだ半分も終わっていない。


 いかに優秀な魔法使いといえど、魔力切れを起こして、倒れる者まで現れる始末で、現在は交代で二十人が作業に当たっている。

この調子では夜を徹しての仕事になるか、翌日に持ち越しになるだろう。


 ちなみに、女大司教は作業に加わらない。

加われない、と言った方が正しい。

僧侶が使う、『聖なる秘術』と、魔法は、別のモノ。

両方は使えないとされている。


「待って下さい、ターリ。今のうちに、一つ、訊いておくことがあります」

 持ち込んだ書物を読もうと、きびすを返したところ、呼び止められた。


「どうした?」

「この術式が完成すれば、お互いに言葉を交わすことも敵いません。不老不死のあなたと違い、私は五〇〇年後には墓の中。今生の別れとなりましょう」


「あの世でも、会うことはないだろうさ。もし死ねば地獄行きの身だ。功徳を積んだ女大司教様と、同じ場所に行くことはない」

「あなたも改悛すればあるいは、女神リトラの許しを、得られるかもしれませんよ」

「面白くない冗談だ。魔族が悔い改めるなら、この世の悪という悪は、とうに滅んでる」


「私は本気ですよ。あなたには、尽きることのない寿命と、人類には及びもつかない、魔法使いとしての才能がある。それを贖罪に使いなさい。そうすれば、もしかしたら……」

「自分の得にならないことは、しない。ところで、説教をするために、俺を引き留めたのか?本題に入ってくれ」

 女大司教はなおも、この話題に未練がある様子だったが、しぶしぶ話を代えた。


「いったい、いかなる動機で、自ら封印されようと考えたか、それが知りたいのです」

「その質問には答えないと、言ったはずだ」


「なら、今から私の考えたことをしゃべります。聞き手になってはくれませんか」

 どうしようか、少し迷う。

無視して結界の奥に引っ込むのも、手だ。

だが、言うことを訊いても損はしない。


「いいだろう。きみのいう通り、これで俺たちもお別れだ。最期の頼みとしては、安い御用だ」

「そう、ですね。これが最後です。五〇〇年後には、ここに居る者たちは、地上に居ない。長命なエルフを除けば、あなたの怖さを知る者は、消え失せる」

 ジッ、と女大司教はこちらを見据えてくる。

わずかな顔色の変化も、見逃すまいと、そんな表情。


「それこそ、あなたの狙いではないですか。あなたの強さを、正確に推し量ることは、結局、我々にはできなかった。まともに戦った者は、誰一人帰ってこなかったから」

「それで?」

「それでも、私たちには、生きた情報があった。あなたが、どれほど危険な存在か。それを肌で感じてきました。勇者ストラムとは、幼い時からの知り合いです。彼の強さも、よく知っています。

 彼が倒されたと知った時の、私の驚き、言葉にできません。それに、全く気づかずに、あなたに背後を取られた時に感じた恐怖……これらをどうやって後世に伝えればいいのでしょう」

 自分で言っていて、トラウマが蘇ったらしく、女大司教は両手で、自らを抱き留める。


「人は、具体的な目標なくして、努力はできません。あなたがきえれば、強さの基準は手下の魔族たちになる。ツワモノ揃いですが、あなたの異次元の強さを、超えるべき壁として知らなければ、自然と、人類の実力は落ちていく。人類の弱体化、それがあなたの狙いではないのですか?」


「エルフが居るだろう。連中が伝道師の役目を果たすかも」

「エルフは少数部族です。それに、あなたもご存知でしょう。エルフは仲間意識が強い反面、他の部族に容易に心を開かない」

「そのせいで、鼻つまみ者の集団になりつつあるものな」


 女大司教の目が、今日初めて険しくなった。

「先日の一件で、よりエルフは孤立するでしょう。あなたが、エルフの族長を殺し、彼らは復讐に燃え、あなたの提案を吞んだ私たちも非難しています」

「知らないな。きみたち同士で解決してくれ」


「……エルフは、より一層、孤独になる。あなたを封印し、忌むべき存在を忘れていき、警告をくれる部族とも疎遠になる。私たち人間の弱くなるのは、避けられぬ運命に思えて仕方ありません」


(ふむ)


 感心した。目先の平穏に浮かれず、ここまで考えが及ぶとは。


「そう思うのなら、俺の恐さを後世に伝えることに、残りの人生を費やすといいさ。だが警告しておくぞ」

 適当に訊くだけ訊いて、話に茶々を入れて終わりにしようと思っていたが、気が変わった。


「きみがそうしたところで、徒労に終わる。きみは、五〇〇年前の人間が何を考え、どう行動したか、細かく考えたことなんて、ないだろう。

 それと同じだ。きみの願いや想いが後世に伝わる可能性は限りなく低い。平和を楽しめ、自分のことを第一に考えろ。バトンが上手く渡ることはないぞ」


「その助言を受け入れる訳にはいけません」

「そうか」

 いつもこうだ。俺の『警告』は徒労に終わる。


「もう、日が落ちる。俺は食事にするから、この話は終わりだ。じゃあな、女大司教様。彼らは徹夜で作業する気らしい。日付が変わる頃には、術式が完成するだろう」

 今度こそきびすを返して、引っ込んだ。


 やがて日輪は地平線の彼方にきえ、闇が訪れた。

たき火を人間達がはじめたらしい。

その光に、なんとなく近づく気になれず、食事が終わってからも、のんぶりと読書をして過ごす内に、双伝術式が完成を見た。

 五〇〇年の幽閉生活が幕を開けた。

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