第9話 魔王、自ら封印される-①
「……ここが」
「そう。俺が五百年、大人しくしている場所だ」
カリオスタ渓谷。大地の裂け目、という表現がふさわしい、険しい谷間だ。
交通の便など、全くないこの場所に、人間たちを招待し(エルフ達は来なかった)、封印の儀式を執り行うのには、理由がある。
「元々は、いざという時のために、シェルターとして用意したんだ」
「しかし、滝が……」
女大司教の言うとおり、一見すると、目の前に広がるのは、大きな滝。
渓谷の天辺から地の底まで続く、幅数十メートルの水の壁。
落下の衝撃がたてる耳をつんざく轟音が周囲に満ちている。
「気づかないかい。ここまで近づいたのに、妙なことがあるだろう?」
一行はすでに滝まで五十メートルほどに近づいている。
俺の発言に触発され、周囲を見渡した彼らのうちの一人が、まもなく答えにたどり着いた。
「たしかに変だ。空気が乾いている。これだけ近づけば水しぶきが飛んできても良いはずなのに」
「ご名答」
目くらましの術式を解除すると、滝は、カーテンが開くように、中央から水の流れが消え始め、岩壁が出現する。
その岩壁も、すぐに透明に透けはじめ、中から巨大な空洞が現れた。
「こ、これほど壮大な目くらましを……」
呆然と女大司教がつぶやく。
最後には、あれだけの偉容を誇った滝の姿は、どこにもなく、両端にそれぞれ、細い滝が残っているだけだった。
「ご案内しよう。自然が作り出したシェルターだ」
洞窟は奥行きは広い。入り口は広く、真正面から太陽の光が入り込んでいるにも関わらず、最奥部は暗い闇に包まれ、そのすべてを見通すことはできない。
だが、手前の方には、植物が群生し、林といえる程、木が茂っている。
また、牛、豚、鶏などの家畜たちが、スペースを広々と使い、自由に過ごしているのが見て取れる。
「植樹や、家畜は自分でやった。これで、食料も水の心配もいらないと言うわけだ。さあ、そろそろ出てもらおう。術式を発動する」
洞窟の入り口まで、人間達を下がらせる。
双伝術式はまず封じられる側が、結界を張る。
結界を張るときには、封印が解除される条件をつけることも忘れてはいけない。
外側の封じる側は、相手の出した条件に同意することを誓い、結界に魔力を流し込む。
魔力の負担割合は九対一くらいで、封じられる側が圧倒的に多いものの、封印する側にも魔力は必要だ。
今回は極めて広い空間に術式を張る。
こちらの方は何の問題もないが、相手も多少の実力と、魔力を兼ね備えてないといけないので、各国からかき集められた、一流の魔法使い、五十名が一列に並んだ。
「準備はいいか。では、はじめよう」
呪文を一言、詠唱する。
極めて透明に近い黒色の結界の膜が、頭上と、足下から、発生し、瞬く間に周囲に向けて走りだす。
数十秒ほどで、空間を隙間なく埋め尽くした。
「この結界が解かれる条件は、『いまから五○○年の月日が経過したとき』だ。同意したら魔力を流し込め。同意する気持ちがないと、この術式は完成しない。せいぜい心を一つにするんだね」
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