第8話 魔王、部下にしばしの別れを告げる-④

「ターリ様ーーーーー??」


 扉を壊さんばかりの大きなノック音が、何度も、何度も、広場に響く。


「開いているよ」

 扉が開くと、飛びつかんばかりの勢いで女魔族がこちらに向かってきた。


 拘網ネスト・アラーニア


 クモの巣状の、網が現れて、パルメを拘束する。

「ああ、ターリ様、ずっとお会いしたかったわ」

 粘着性の糸に絡められても気にする様子もなく、パルメは手足をばたつかせてこちらに伸ばそうとしてくる。


「パルメ、なぜ来た。お前は出禁だと言っただろ」

「申し訳ありません、でも、これから五○○年もお会いできないと訊いて、どうしても我慢ができなくて」

「気色悪い」

「ああん、辛辣なところも素敵」

 黙っていれば顔もよく、スタイルも抜群な美女といえる見た目なのに、言動で台無しだ。

「いい加減にしないと、追い出すぞ」

「まあ、冷たいわ」

 口を閉じるパルメ。その態度を評価して、拘束は解いてやった。


「ところで、他の皆様はどちらに?」

 黙ったことで冷静さを幾分取り戻したパルメはようやく気づいたらしい。

つい先ほどまで、この場にいたはずの部下たちがいないことに。

「帰した」


 排外エスト・アウト


 対象を何人でも移動させることができる便利な魔法だ。移動距離が短いのと、戦闘中は発動できない欠点があるが。

「それで、なんで来た?」


「五○○年もあなた様に会えないと聞いて、居ても立っても居られずに……」

 妖艶さを振りまきながらすり寄ってきたパルメ。


 予感がして、首をひねる。

いま、首があった場所に攻撃魔法がすり抜けていった。


「それで、いったい、どういうおつもりです??」


 今度は鬼のような形相をしたパルメが立っている。

表情がコロコロ変わる女だ。


「ホローネから聞いたんだろう?俺は五○○年、封印される」


「なぜです?そんなことをしては、あなた様と私の悲願、ミケーニア様の敵討ちは、どうなるのです?リトラを殺すのではなかったのですか?? ねえ、どうしてです???」

 返答次第では、殺すとばかりに詰めてくる。


 彼女とは何千年におよぶ付き合いだ。

ミケーニアという、同じ主に尽くしてきた共通点もあるというのに、俺は未だにこの女の感情の起伏が理解できなかった。


「もちろん、諦めてなどいない」

「でも、五○○年封印されるんでしょう??閉じ込められたまま、リトラを殺しに行くとでも?!?」

「五○○年は動けないが、それがどうしたというんだ?俺達には寿命がないんだ。五○○年経ってから取り掛かればいい」


「だからッッ」


 また、攻撃が飛んでくる。

今度は威力も範囲も増しているので、防御した。


「なぜ、先延ばしする必要があるんです?!あなたは無敵で、勇者ストラムも倒して、邪魔者もいなくなったのに?!?」

 一体、どういう原理か、パルメの髪の毛が、文字通り逆立っている。


「懸念ができた」

「懸念?」

「そうだ。勇者ストラムは倒したが、想定外のことが起きた」


 ほかの部下たちには細かく説明しなかったが、パルメには言わないと納得しなさそうだったので、話すことにした。


 俺はストラムとの戦いを思い出していた。

 戦いの最期、ストラムが放った自滅の一撃は、簡単に防ぐことができる見込みだった。

何度も偵察し、ストラムの実力は完全に把握していたつもりだ。

ストラムの一撃は自分に届いたとしても、かすり傷がせいぜいのはずだった。

一日経った今も、その時起こったことを、自分は説明できない。なぜそうなったのかも。


 ストラムの刃は自分に届いたのだ。しかも、急所の首に、かすり傷とは言えぬほど、食い込んだ。

 

 とはいえ、傷自体は治癒魔法で簡単に治るレベルだ。

問題はそれが首に届いたことだ。剣の軌道が見えなかった。

気づいたときには剣が首に届いていた。


 小さくとも、間違いなく、千年以上ぶりに感じた「死」の感触だった。


「人間には、まだまだ俺たち魔族に計り知れない可能性が眠っている。痛感したよ。ストラムを殺しても人間はまだまだ俺たちの邪魔者に代わりがないと」


 今回の一件で、自分が死の危機を感じた瞬間を振り返った。

その時には、いつも人間がかかわっていることに気づいた。

人間はいつも、いくら正確に計算しても予想もできないような力を発揮することがある。

人間を弱体化させる必要がある。

俺はそんな結論をだした。


「……それが、今回あなたが封印されることと、何の関係があるというのです???」

 相変わらず、パルメの鼻息は荒い。


「まあ、訊け」


 俺は自分が思い描いた算段を話してきかせた。





「あ~~、良かった。流石は私の愛する方。見損なって殺してしまうところでしたッ」

 俺の本当の目的を理解したパルメの顔から、怒りが抜け落ちた。


「流石はあなた様、敬愛するミケーニア様が、認められたお方だわ」


 パルメが俺に向ける、愛情らしきものは、結局、ミケーニア様が基準なのだ。

死んだ主が俺のことを認めていたから、自分も、という、歪な感情。


 落ち着きを取り戻したパルメは、何事もなかったように、再びとろけるような甘え顔でこちらに、豊かな体を押し付けようとしてくる。


「それじゃあ、もう五○○年は会えないのですし、今夜はゆっくり……」

「冗談じゃない。話はすんだ。もう帰れ」

「恥ずかしらずに。わたくしのために人払いもしてくださったのでしょう」


 どうして、この女は自分に都合よく物事を解釈できるのだろう。

 迫ってくるパルメの目は本気だ。どうやら今夜は相手をしてやるしかなさそうだ。


 ……それも悪くないと考える自分が本当に不思議だった。

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