第7話 魔王、部下にしばしの別れを告げる-③


「……こんな魔法、いままであったか?」

 オルティマスが、忌々しそうに問いかける。


「始めて見たわ。一体いくつ魔法を隠し持っとるんだか」

 クリシュナが悔しそうに呟いた。


 ターリの城、幻楼城の、空中に大きく張り出したテラス。

彼らは全員、ターリが繰り出した得体の知れない魔法で瞬間移動させられていた。

 さっきまでいた広間は、目と鼻の先だが、ノコノコ歩いて戻ったところで、また、この場所に戻されるに違いない。


 今日のところは、帰るしかなさそうだった。

空を飛ぶ魔族たちにとっては、このテラスは城の出口だった。

ここから離陸してそれぞれ帰り道につくことになる。


「で、皆はこの後、どうするの?」

 解散する前に、ホローネがポツリと、誰に対してでもなく、訊いた。


「どうするも、なにも、今まで通りじゃ」

 クリシュナがまず答えた。


「そうとも。いや、今まで以上に暴れてやる」

 オルティマスが呼応する。

「腹は立つが、ターリの野郎が、ストラムたちを消した。あいつらには散々煮え湯を吞まされたが、それも今日で終わりだ。明日から大虐殺が始まるぜ」

 彼の仲間たちも同じらしく、今すぐにでも人間たちを襲いたくてうずうずしているのが見て取れる。


「人を喰うな。苦しい命令だが、俺たちは終生、ターリ様についていくと決めた。今日から人間を喰わぬ道を模索する」

 ドレーンを初め、ターリの忠臣たちは、主の命に従う決意をしたようだ。

「シーミアにも教えを請うことになるだろう。よろしく頼む」

「は、はい」

 大先輩から頼られ、恐縮しきった様子でシーミアが応じる。


「ホローネ、そういうお前はどうするのだ?」

「うーん、どうしようかな……」

 クリシュナの問いにホローネはすぐには答えなかった。


その様子は、彼女をよく知るものたちに奇異に写った。彼女はのんびりとしているが、「迷い」とは無縁で何事も即決する性格だった。


「人の目を避けて、ひっそりと暮らそうかな」

「おいおい」

 オルティマスが呆れた様子で返す。

「お前までターリの野郎に感化されたのか?人間を恐れて、人間喰うのもやめるってのか」

「人間を喰べるのは、まあ、止めないけど。でも、ターリの言うとおり、人間に対する態度は考え直した方が、いいだろうね」

「ホローネ、ターリは臆病者だ。あいつの意見をいちいち真に受けてたら、何もできなくなる」


「でもさ、ターリは『警告する』って言ったんだよ。いつもとは違う」

「一緒だろ」

「一緒ではないな」

 クリシュナが横から口を挟んだ。さらに彼女は独り言のようにつぶやいた。


「そうか、そういえば、ターリは『警告する』と確かに言っていた。久々だったから聞き逃しておったわ」

「何が違うんだ」

 オルティマスが尋ねる。


「ハズれたことがないんだよ。ターリの『警告』って。オルティマスは若いから知らないでしょうけど。ハルタナ戦争での魔族側の大敗も、伝説の勇者ドリスコーの出現も、大聖女マルチドの復活も。全部ターリは予期し、警告している」

 一度ここで言葉を切って、ホローネはどこか遠くを見つめるような目をした。


「ミケーニア様の死も、ね」

「!?ミケーニアも?」

 これに驚いたのはオルティマスだけではない。

この場にいる大半の者達が驚愕の表情で、その事実を受け止めた。


「ミケーニアっていえば、四大魔王の中でもぶっちぎりで強かったっていう……」

「いかにも、ミケーニアは強かった。今のターリでも、力は半分にも及ばんわ」

 クリシュナが後を引き継いだ。


「俺もあのときは信じられなかった。いくらターリ様の言うことでもな。ミケーニア様に限ってはあり得ないと。あれほどのお方が死ぬことなど、想像も付かなかった」

 ドレーンも同意した。


「ターリの警告がなぜ当たるのかは分からん。経験則かも知れんし、勘かもしれん。オルティマス、お前はターリを臆病といったが、その臆病さこそ、かの四大魔王の中で、ただ一人、アヤツが生き残っている所以じゃ。最も弱く、若造だったアヤツが、だ」

 クリシュナが引き取っていった。


「「……」」

 クリシュナの一言から始まった、一堂のだんまりは、何を意味したかーー?


 それは、ここにいる者が、それぞれ、あのときの言葉の意味を真剣に考え直したために起きた、空白だった。


『人間との付き合い方を考えた方がいい。これからも魔族は人間によって殺されるぞ』

 この『警告』が、時間差をもって、彼らの頭の中に、染み込んでいった。

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