第6話 魔王、部下にしばしの別れを告げる-②
「ターリ様」
今度は、忠実な部下たちの声を代表するかたちで、ドレーンが声を上げた。
ドレーンは最古参の部下の一人。縦にも横にも大きく、筋肉がはち切れんばかりに浮き出す見た目からして武闘派だが、口調は丁寧な魔族だ。
この俺が、ほとんど部下をまとめることをしないため、代わりにドレーンが部下達をまとめていると言っていい。
「その封印場所に、我々もお供させて頂くことはできませんか」
「それはならん。せっかくの機会だ。俺は一人になりたい。きみらは勝手に過ごしてくれ」
哀れ、飼い主から捨てられた子犬のごとく、部下達は落胆の様子を見せる。
「あなた様のご意志とあらば異は唱えません。しかし、ご指示だけは頂きたい。我らは、五〇〇年、あなた様がお戻りになるまで、どうすればいいのですか」
それでも気を取り直して、ドレーンがなおも言い寄ってくるが、これに対する回答も彼らを満足させないだろう。
「知らないね。好きにすればいいと言ってるだろう」
突き放したもの言いに、いよいよ彼らが絶望の表情を浮かべる。
だが、そういう主人を選んだのはきみたちだ。こればかりは諦めて欲しい。
「だが、そうだな、もし五〇〇年後、また俺に仕えたいというなら、人を喰べたり、殺してはならん、エルフは例外だが、それ以外は今日から直ちに殺生を禁ずる」
「どういう、ことでしょうか?」
「俺は不殺の誓いを立てた。なのに自分の部下が人を喰っていたら、意味がないだろう。これを守れないなら俺の部下を辞めてもらう」
この命令は忠実な部下たちも、即答で従えるものではない。
人間を喰べることは、魔族にとっての生存本能に近い欲求だ。
それをいきなり止めろと、目の前の無茶苦茶な主人は言っている。困惑して当然だ。
「家畜を育てるのもいいだろう。俺もやっている。方法はシーミアに訊くといい、彼女から教わった」
忠臣たちの目線が後ろに控えている小柄な魔族に向く。
突然話題に上がった当人は困ったように目を伏せた。
「わからんな」
言葉を失っている部下に代わって、クリシュナがまた発言する。
「なぜそこまで譲歩してやる必要があるのだ。特にひ弱な人間に。魔王として無敵に近い存在となり、勇者を難なく倒したお主が」
「そんなに大した譲歩じゃないだろう。俺たちは別に、人を食べなくても生きていけるんだ。牛や豚、鳥、動物の肉なら何でもいい」
「人肉の旨さには及ばん」
「知性もあり、徒党をくみ、魔法まで使う。こんなに手間の掛かる食材はない。人類の中でも、ただの人間によって多くの魔族が滅ぼされた。アルテロスは死に、ホライザーは再起不能。かの四大魔王でさえ、人間によってやられた。
きみたち全員に警告しておくぞ。人間との付き合い方を考えた方がいい。これからも魔族は人間によって殺されるぞ。他の魔物でも、エルフでも、ドワーフでも、獣人でもない。最も弱く、限られた寿命しかない人間に、だ」
この言葉は本心であり、今日一番俺が部下たちに伝えたかったことだが、反応は薄かった。
ピンとこない、といった感じだ。
程度の差こそあれ、魔族は人間を侮り、見下している。
仲間たちが次々と殺されようと、その認識を改めない。
警告は徒労に終わりそうだ。
「俺からは以上だ。それじゃあ、五〇〇年後にまた会おう」
はたして五○○年後にどれだけ生き残っているだろう、別れを言いながら、俺はそんなことを考えていた。
「ターリ様」今度はドレーン。
「どうした?」
「申し上げるべきか迷ったのですが、パルメが下に居ります」
途端にまわりから、クスリ、と笑う音がそこかしこから、もれた。
『パルメ』と訊き俺の顔に、思い切りうんざりした表情が浮かぶのを見たからだろう。
「それで?」
部下の言いたいことは分かっていたが、気づかないふりをして、続きを促した。
「一目会いたいと」
「嫌に決まってるだろ。だいたい誰だ、パルメをここに呼んだのは」
「はーい」
間延びした声で答えたのはホローネだ。
「ホローネ……」
「魔法で訊いちゃったんだもん。人間たちと話してるところ」
「諦めろ、ターリよ」
クリシュナが加勢する。
「あやつがお主に、どれほどお熱か知っておろうが。何も言わずにお主が消えたら、五〇〇年うるさくて敵わんわ」
「俺もうるさくて敵わないから、この百年、追放していたんだが」
反論してみるが、誰もこの件では俺に加勢しようとしない。
俺に忠実な部下は、誰よりも忠実であるパルメを敬愛してるし、俺を嫌ってる部下は俺が嫌な目に会っているのを心の底から楽しんでいる。
「……わかった。会おう。ただし、お前らは先に帰れ」
「せっかくだから、百年ぶりの感動の再会を見届けてから」
「帰れ」
瞬間移動を使って、全員外に飛ばした。
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