とある語り手による怪談考察について

椎名喜咲

とある語り手による怪談考察について

 カラーバス効果という心理現象を知っていますか?

 例えば、これまでまったく気にすることがなかった車種を購入したとしよう。そうすると、意外と周りでも使っている。ある車種を意識したことによって、日々の生活の中でも自然と目にするようになってしまう現象のことです。もっと分かりやすい喩えを例にしましょう。俗世的ではありますが、好きな子ができたときなんてまさにそうです。その子を好きになった瞬間、ちょっとした素振りや声、髪型に至るまで気にするようになってしまう……、まさにカラーバス効果と言えるでしょう。


 私はこのカラーバス効果と怪談がまさに同じ立ち位置にいるのではないかと考えております。理由を説明しましょう。

 前提として、怪談――ここでいう定義とは幽霊やオカルト、怪異を指しています――は存在するのか。これは存在するのかもしれませんししないかもしれません。しかし、ここで存在しないと決めてしまうと、そもそもの考察が成り立ちません。だから私は、あえてものとして話を進めようと思います。


 では、怪談は存在するとして、それはどこに存在しているのでしょうか? 事故があれば、そこに地縛霊がいる? それとも、曰く付きと呼ばれたパワースポットに集まるものなのでしょうか。これまで怪談と呼ばれるような話はいくつも出てきました。私はこの話を聞いて、とある仮説を考え付いたのです。


 これにはきっかけがあります。

 私の友人――、仮にKとしましょう。Kは大の怖がりです。それはもう男であるのに――というとジェンダー問題に発展しそうですが――臆病者なのです。ちょっとした宅飲みで怪談が出ようというのなら、彼はすぐに涙目を浮かべます。そんな彼がよく紡ぐ台詞があるのです。


 ――おいおい、やめてくれ。それだと夜にトイレに行けなくなっちゃうよ。


 この何気ない一言。もしかすると、この台詞やたとえ口にすることはなくても感じたことがある人はいるかもしれません。私はこの台詞に非常に関心を覚えたのです。

 というのも、語る怪談とトイレに行けないことに直接的な関係はありません。この語った内容がトイレの花子さんやこっくりさんといったものにせよ、これまで不通にできていたトイレができなくなることはまた別問題になるのです。

 さらにKの台詞を深掘りしましょう。


 このような感覚は実は珍しくありません。

 流れる風の音が何かの泣き声に聞こえた。ちょっとした物音に過剰に反応するようになった。シャワー室に誰かがいるように感じる。金縛りにあった……。こういった体験はよくある話なのです。

 これは共通点があります。


 怪談を聞いた後……、あるいは、ホラーに関するものに触れた後なのです。


 私はこれから、怪談というものにの正体を見出すことができます。

 一つは、脳が生み出した幻です。この怪談やホラーと出会うことによって、人は恐怖から幻を生み出してしまう。なかなかあり得そうな話です。

 そして、もう一つ。こちらが本命です。怪談というのは、身近にありふれているのではないか。常ににいるのではないか。私はそう考えたのです。例外はあるでしょうが、彼らは別に、害意をもって存在しているわけではない。私たちの方が近づいているのではないか。


 こう考えると、このカラーバス効果との関連性を結びつけることができそうです。


 私たちは怪談やホラーに触れることで『怪談』を意識する。そして、


 先行事例を紹介しましょう。

 これはとある山荘であった話です。季節は夏。蝉がよく鳴いていた時期でした。私とKは短期の集中アルバイトをすることになりました。アルバイトを依頼したのは山荘の管理人です。毎年定期的に山荘の掃除を行わせているそうです。

 時給が良かったのが決め手でした。私とKは応募し、見事アルバイトを勝ち取りました。管理人と会い、一泊二日の掃除を行うことになります。


 掃除といっても、そこまで難しい仕事でありません。これが個人情報の漏洩になりかねないので、場所は言えませんが、山荘は田舎の山奥にあります。家というのは人がいないと腐るものです。私たちは腐らないようにするための防腐剤なのでした。

 掃除を丸一日かけて終わりました。その後、管理人はバーベキューをしてくれました。熊のように大きな迫力をした管理人は見た目は怖そうでしたが、親しみやすい性格でした。私とKはすぐに話し、飲む仲間になりました。


 バーベキューも終わる頃、管理人がある話を聞かせてくれました。――そう、怪談です。その舞台は、この山荘でした。以下、管理人の話を参照します。



 ここは昔、とある資産家が別荘として使っていた場所なんだ。ほら、お前たちもここの居心地の良さを感じたろう? 空気は上手い。自然を体感するならもってこいの場所だった。

 その資産家は絵に描いたような夫婦だ。紳士的な夫と、その夫を支える美しい妻。この夫婦には一人の娘がいた。小さな、確か五歳だった。

 この娘がある年に亡くなった。

 亡くなった場所が、この山荘だった。亡くなった原因はな、毒茸だった。この辺には案外、そういった種類の茸が生えていてな。まあ、普通であればそんなことにはならない。けど、小さな子に毒茸の区別がつくと思うかい? 好奇心で口に運んでしまったんだろうな。この娘はぽっくりと亡くなった。以来、深夜になると、この山荘からは女の子の泣き声が聞こえてくるそうだ……。



 私はともかく、Kは震え上がっていました。管理人は確信犯だったに違いありません。私たちはこの山荘に泊まる予定だったのですから。

 そして、深夜のことです。

 私たちは一つの部屋で横になっていました。部屋には小さな窓とカーテンがあります。エアコンや扇風機はありませんので、窓が少し空いてました。夜風がちょうど気持ち良く、蝉の声が聞こえていました。そこで私は聞いたのです。


 でした。とても印象的な出来事です。よく覚えています。


 Kもそれを聞いたようでした。 

 暗い中、私はKの表情が真っ青になっていくのが手に取るように分かりました。女の子の泣き声はずっと聞こえています。私はここで、自分が抱いていた仮説を思い出します。


 管理人の怪談を聞いたことにより、私の脳が作り出しているのか、あるいは、怪談を聞いたことにより『怪談』が近づいてきたのか……。

 いくらでも想像はできます。風にカーテンが揺れた音かもしれません。蝉の声かもしれません。その声は説明をつけることもできるし、しないこともできる。


 分からないままでした。

 いつの間にか私は眠っていました。女の子の泣き声はありません。その日の午後に私たちはアルバイトを終え、その後二度と山荘には訪れておりません。


 この体験は一つの事例に過ぎません。

 この体験以上の何かを、体験している人はいるかもしれません。これを記す私もまた、怪談に近づいてるのでしょうか?


 一つ、考察しきれない点があります。

 この体験の翌年、Kは自殺しました。原因はよく分かっておりません。

 毎日、深夜になると、私の耳に女の子の泣き声が聞こえてきます。それは今日に至るまで、続いてきている現象です。これは私の脳が作り出しているのか、環境音なのか、あるいは……。

 これはカラーバス効果なのでしょうか?

 今日もまた、私は考察を続けています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある語り手による怪談考察について 椎名喜咲 @hakoyuto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ