吾輩は猫である。これは人、よく出来た奴隷である。

 吾輩は猫である。君と同じだ。

 あの大きな生き物は何か、だと?

 見たことがないのかね。ふむ、そうか。君はそんな辺鄙な所にいたのか。

 山、か。色々大変なんだろうな。

 街はいいぞ。アレが沢山いるからな。

 アレ――あの大きいのはヒトという。

 出来のいい奴隷種族だ。

 社会性の高い生き物で、アレ同士でも複雑な主従関係を結んで、こういう街を作って暮らす。

 基本的に出来はいいのだが、中には躾がなってないのがいて、我々に罵声を浴びせたり、石を投げたりする。

 多分、昔アレを使うのがヘタクソな猫に仕えていたのだろう。その点は同情すべきだし、我々も気を付けなければならない。

 アレは頭も良くて便利だが、体も大きい分、反乱を起こすと厄介だからな。

 君もよくよく扱い方を学ぶといい。

 ふむ、私の名前かい?

 アレは私のことをクロなりタマなりニャーなり、皆好きに呼ぶ。

 私のお気に入りはクロだ。私の高貴な黒毛を端的に表現する、美しい名だ。君も、私のことはクロと呼ぶといい。

 君の名は。

 ない? まだないのか。

 そうか、幼い内に家族とはぐれたのか。

 それで、身の回りには乱暴な猫しかいなくて、おまけにタヌキだの犬だの、そんな連中に追い回されてここまで来たのか。

 君も苦労が多いなあ。

 わかった。君は白と黒のマダラだから、ヒト流にブチと名付けよう。

 アレは、君が三色ならミケ、二色ならブチと呼ぶだろうからね。

 黒毛の血を引く者は、皆私の眷属けんぞくだ。私はこの街の黒猫の王であり、猫代表だからね。山の者でも同じ猫。黒毛の血を引く者を辛い目には遭わせないさ。

 しかし、街で暮らす以上は決め事を守らねばならないし、注意事項もいくつかある。それを君に教えてあげよう。

 あぁ、構わん構わん。そんな風に前脚をピンと張らなくてもいい。楽にしたまえ。

 丸まってもいいぞ。私も丸まる。

 ふぅ――さて、どこからいくかな。

 まずこの街のことだな。

 さっき言った通り、ここはヒトが作った街だ。

 主にヒトと、我々猫と、あとは犬とカラスが暮らしている。

 ネズミや虫もいるが、これは無視していい。

 私もたまにはネズミや小鳥も食うが、ヒトの扱い方を覚えれば、狩らずとも食べ物は手に入る。

 まあ、狩りはどちらかといえば嗜みだよ。

 いくらヒトを使役しているとはいえ、強さを失ってしまっては、それは猫とは言えないからね。

 その点……君は大丈夫そうだ。

 街には我々のような外とヒトの家を行き来する猫と、ヒトの家の中だけで暮らすイエ猫と、猫カフェというところで人に媚びを売る猫がいる。

 私はしばらく猫カフェで暮らしたことがあるのだがね、あそこは駄目だ。

 あそこの猫はね、ヒトを使ってやるという気概がないんだ。

 猫カフェで働くヒトがクソの始末やら普段の食事やら、まあ基本的な世話をするんだがね、そこにヒトの客が来るんだよ。

 コイツらは何をしに来るのかというと、店に金を払って我々を触りに来るんだな。そして、店が用意する我々のオヤツを買って、それと引き換えに我々を撫でようとするわけだ。

 最初はね、愉快だったよ。

 ヒトはそれなりの代償を払って店に入り、オヤツを手にしているんだ。だからその分我々を撫でてやろうと、必死になって媚びてくる。

 その様と言ったら、まあ一度ぐらいは見ておくのも悪くはない。ヒトを知る、という意味でね。

 ただねぇ、やはり猫の方もそれなりに数がいるから、食えるオヤツの量に偏りが出てくる。

 そうすると、逆にヒトに媚びを売る猫が出てくるんだよ。そうなると、それでオヤツをせしめている猫を羨ましがって、皆が媚を売り始める。

 ヒト如きにだ!

 そんなことだから、アレは本来は我々に触るために頭を垂れて店に来ていたはずなのに、いつしかオヤツを見せびらかしてデカい面をするようになってしまった。

 猫達もそれに慣れて、競って媚びだす始末だ。

 あんな場所にいたら猫として終わってしまうと思ってね、外に出ることにしたんだよ。 

 まあ、とにかく街の猫には色々いるんだ。

 次は犬だ。

 そう、君の嫌いな奴らだよ。

 しかしここで暮らす分にはね、あまり犬を恐れる必要はない。

 犬はヒトに忠実だ。

 信じられないかもしれないが、街の犬は奴隷種族であるヒトに仕えているんだ。

 群れで狩りをするような力は持っていない。

 そもそも、連中は何をするにもヒトの許しが必要だからな。群れてさえいなければケンカで我々が負けることもないし、ただのヒトの子分だ。

 あとはカラスだな。

 君もよく知ってるだろうが、これは厄介だ。

 直接戦うことはないが、奴らは体も大きいから、飢えた猫では勝ち目がない。

 それで、奴らがゴミを先に漁るから、飢えた浮浪猫は食事にありつけなくて、我々の縄張りを荒らしに来る。

 浮浪猫にも同情する点はあるのだが、しかしあまり荒っぽい行いが目立つと反猫を掲げるヒトが増えるからな、我々全体として好ましくない。

 ま、あとは少しずつ、自活しながら覚えるのがいいさ。私はこの神社によくいるから――

 なに?

 イエ猫についてもっと知りたい?

 まあ、いいだろう。ヒトの家に入る方法はいくつかあるんだが、まあ気に入った家があれば、勝手に上がり込むのが一番早い。

 だがこの時に気をつけることがある。

 一つは、単純にそのヒトが反乱分子かどうか。

 アレは体が大きいから、さすがに悪意を持って歯向かわれると敵わん。まずは観察することだ。

 もう一つは、家の格だ。

 長年アレを観察していて気が付いたのだがね、どうやらヒトは身分によって家の格が分かれていて、家に我々を迎えて仕えていいかは、それによって決まるようなんだ。

 うっかり我々への奉仕が許されない家に上がり込んで、叶わぬ夢を見させては可哀想だからね。

 なに、今度は猫カフェの話をもっと聞かせろ?

 なんだ君は。

 堕落した猫の話ばかり聞きたがるじゃないか。

 あ? ヒトの家や猫カフェの中でゴロゴロして暮らしたい、媚びを売るのも構わないだと?

 甘えた野郎だ! 君みたいのがヒトをつけあがらせるんだよ。アレはもっと、厳しく躾けてやらなきゃ駄目だ。不当に扱ってもいけないが、しかし厳しさも必要だ。

 なにぃ?

 甘えていればご飯が出るならそれでいい?

 ケッ、お前は所詮忌々しい、ヒトに媚びを売るしか能のない白猫の血だ!

 あっち行け!

 フーーーーッ!!!!

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現代じわ笑/じわ嫌短編集 鯖虎 @qimen07

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