第5話

 それから数日後。俺が武器屋で働いていると、トーマスさんが息を切らしてやってくる。


「どうしたんですか? そんなに息を切らして……」

「はぁ……はぁ……すみません。実はノア様にお願い事がありまして参りました」

「お願い事ですか……何でしょう?」

「実はクレイン王国の周辺で大量の魔物が集結していると、兵士から報告がありまして、戦える者を集めてくるようにと王様から指示があったので、ノア様にお力を貸して頂きたく参りました」


 さて、困ったぞ……厄介ごとに巻き込まれたくないから魔法と偽っているとはいえ、出来るなら隠しておきたいのだが……。


「俺、戦闘経験がないので弱いですよ」

「え? そうなのですか? ──ですが人喰い大樹を追い払った魔法がありますよね?」

「あれは色々と制限がありますし、全部の魔物に効くかどうか分かりません」

「全部じゃなくて良いのです。少しでも減らしてくれれば兵士だって助かります」


 なかなか粘る人だなぁ……。


「どうか……どうかお願いします! 礼は弾むと王様はおっしゃっておりました。だから……」


 トーマスさんはそう言って深々と頭を下げる──要は目立たなければ良いんだよな。陰でコソコソ、範囲を狭めたスキルを1回ぐらい使って、恩を売っとけば、今後の人生はウハウハになれるかもしれない。それに結果的に人助けにもなる訳だから、悪くない話だ。


「──分かりました。引き受けますので頭を上げて下さい」

「あ、ありがとうございます! では早速向かいましょう! 村の外に馬車を用意してあります!」


 ──こうして俺達はクレイン王国へと向かう。


「な……なんて事だ……」


 俺達が王国に着いた頃には既に戦闘は始まっており、火の海となっていた。トーマスさんが呆然と立ち尽くしている所へ、骸骨の魔物スケルトンが近づく。


 俺は周りに人が居ない事を確認すると、この王国からスケルトン全てを追放すると思いながら、右手をスケルトンの方へと突き出し「我が体内に流れる魔力よ。悪しきものをここから退却させる力となれ リペル!」と、偽りの詠唱とした。


「わ、わぁっ!」と、トーマスさんが叫ぶが、スケルトン達は攻撃をせず俺達に背を向け去っていく。


「ノア様、ありがとうございます!」

「はい。私はこれで周りの様子を見ながら魔物を退けていきます」

「分かりました。私は城が気になりますのでそちらに向かいます。ご武運を」


 ここでトーマスさんと別れ、俺はトーマスさんと逆の方へと進む。


「──よし、これで任務完了だ。あとはトーマスさんが生きていてくれれば、俺は王族に恩を売ったことになる」


 あとは……隠れられそうな場所を探すか──いや、隠れている所を告げ口されたら台無しだから、敵が居なさそうな場所を転々とするか。


 きっと魔物は城を落とすために集まっているはず。だったら城とは逆の方へと歩いて行くか──しばらく歩いていると、石で出来た大きな壁の前へと到着する。


「あ、あれ……これってもしかして……城壁!?」


 道を知らない俺は、無意識に城の方へと向かってしまい、どうやら裏側に到着してしまった様だ。


 キョロキョロと辺りを見渡していると、赤いマントに王冠を被ったスケルトンが目に入る。ちょ……ちょっと待てッ!! あれはアンデット系の魔物を統率している団長の一人、スケルトンキングではないかッ!!!!


 最上級の冒険者でさえ、いくつものパーティと組んで相手にする魔物が何故ここに!? いや、そんな事はどうでも良い。今は後ろを向いていて、俺に気付いていない。逃げるぞ!!


 俺が後ろを振り返ろうとした瞬間、スケルトンキングの方が先に後ろを向きやがる。


「ん? 人間臭いと思ったら、こんな近くに嫌がるじゃねぇか」

 

 チクショウ! 鼻が無いのに気付きやがった!!


「おかしいな。ここに来られない様に人間たちは俺の部下たちが相手にしているはずなのに……お前、なかなかやるな」


 いや、たまたまだよッ!! 


「見られたからには仕方がない。ここで殺してやる」と、スケルトンキングは言って、四本の手で剣を構える。


 ひぃぃぃぃ……このままでは死んでしまう。こうなればスキルを発動するしかない!!


 俺はスケルトンキングよ、王国から追放すると思いながら、念のため偽の詠唱をする。


「な、なんだと! こんな時に撤退命令だと!? クソ……命拾いしたな、お前」

 

 スケルトンキングは脳内で誰かに指令を受けた様で、そう言って剣を鞘にしまうと、直ぐにその場を離れていった。


「ふぅ……本当に命拾いをした……」

「お兄ちゃん、すごーい」

「はぁ!?」

 

 驚きのあまり直ぐに後ろを振り返ると、そこには小さい男の子がパチパチしながら立っていた。嘘だろ……さっき辺りを見渡した時には居なかったよな!?


 俺はとにかく、その男の子に近づき手を繋ぐと「ここは危ないから、お兄ちゃんと一緒にママを探そう」


 ──その後、無事にその子のママは見つかり、引き渡すことが出来た。幸い、スケルトンキングが居なくなった後、他の魔物達も撤退したようで、大した被害はないまま解決したみたいだ。


「ママァ」

「なに?」

「このお兄ちゃん、凄いんだよ! 魔法で冠を被った骸骨を追い払っちゃったの~」

「え?」

「え?」


 男の子の母親はスケルトンキングの存在を知っている様で、それを聞いてキョトンと目を丸くしている。俺もこの子から、そんな言葉が出るとは思わず、驚きを隠せず声を漏らしてしまった。


 周りに居た兵士達にもその会話が聞こえた様で、周りがざわつき始める。そりゃそうだ。あのスケルトンキングを追い払ったというんだから……。


「あ、誤解です。あいつは撤退命令が出たみたいで、勝手に帰っていっただけです」

「え、でもお兄ちゃん、魔法を出してたじゃない」

「あれは効かなかったの」

「えぇ~……」


 突然、兵士が近づいて来て、俺の腕を優しく鷲掴みにする。


「いずれにしても、時間稼ぎをしてくれたから、この国は助かったんだ。君は立派な英雄だよ。城に案内するから来てくれ」

「いやぁ~、だから大したことしてないですって」

「ハハハハハ。謙遜しなくて良いよ」


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